毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
136 / 165
第7章 投獄されたお姫様 

(13)オーデコロン4711

しおりを挟む

「参ったな。ドイツ語が全然通じない」


  カナンデラは身ぶり手振りで冬物の肌着一式とドレスシャツを、自分とラルポアの二人分買った。戦勝国フランスフランで何でも買えた。ドイツは外貨を稼ぎたいのだ。

  ラルポアの為に「オーデコロン4711」を買う。オーデコロンは、フランス語で「ケルンの水」の意味だから、ドイツのケルンがオーデコロンの発祥の地だ。


「風呂を拒絶した美形男子に頭から浴びせてやる。楽しみだなぁ」


  カナンデラは急いでホテルを取り、烏の行水宜しくシャワーだけで着替えた。毎日きっちり一時間はバスタイムを楽しむお洒落男にしては珍しいこともある。




  アインシュタイン所長は小太りのぽっちゃりしたチャーミングな顔をしていた。ゲルトルデとラナンタータを交互に見て「生物の不思議ぃぃ」と微笑んで、二人を纏めてハグした。アルビノが二人揃うと確かに珍しい。

  アインシュタインの周りには各国の要人が集って小難しい物理学の話をしていたから、アインシュタインは良い逃げ場ができたとばかり、両手に花を待つようにアルビノ二人を抱えて料理の長いテーブルに向かう。


「実は、さっきから食べたかったのさ。お腹が空いているんだ。ははは」

「頭を使うとお腹が空くものです」

「え、そうなの。私は脳ミソ使わないけどお腹は空くよ」

「ははは、ちゃんと生きている証拠だ」


  ラナンタータに近づく若い将校に、ゲルトルデが何かを言った。将校は残念そうな目でラナンタータを見て立ち去る。ダンスの申し込みをゲルトルデが断ったのだ。

  またひとり、若い金満家と見える男が近づく。ドイツ語ならバレずに済むところだが、フランス語でもゲルトルデはさっきと同じように断った。


「この娘は少しおつむが弱いんだ。貧しい家庭の出だからダンスもろくにできずに脚を踏みまくるのだよ」

「え……ゲルトルデ、酷いっ。そりゃあ、天才アインシュタイン所長さんに比べたら猿の脳ミソかもしれないけどさ」

「ははは、アホだと言って断ったのがバレたか」

「私の悪評が異世界にまで広まる。マジで止めて。もっと高級な嘘をついて」


  アントローサと同じく、ウソに高級性を求める辺り、やはり親子だ。


「例えば、月からきた幻だとか、ヒトラーの親戚だとか……」

「ラナンタータ嬢、ヒトラーの親戚になりたいのか。大きな声では言えないが、明日金持ちになるかもしれない貧乏人の方がまだマシだぞ」


  アインシュタインは小声になった。


「あ奴はおつむが空っぽだ」

「あはははは、本当ならヤバい」


  ゲルトルデが真面目な顔をする。


「本当だ。恐ろしい予感がする。私の父親はシュテーデル家の入り婿だがユダヤ人だ。このベンヤミン家の当主と同じだ。ナチスはユダヤ人を性的マイノリティと同じく好ましくはみていない」

「このパーティーは何の為なの」

「これはカイザー・ヴィルヘルム研究所の研究成果を祝うパーティーだ。次世代の生活を支える新エネルギー開発の一端だよ」

「エネルギー……軍事利用とか……」

「ラナンタータ嬢は勘が鋭いね。ヒトラーに研究を奪われたら軍事利用は間違いない。私はここで仲間を探したいのだが、皆、フランスに負けて頭がおかしくなったらしい。ナチスはアメーバみたいに増殖する恐ろしい集団だ。ラナンタータ嬢も早くドイツを出た方が良い。まずはこの料理を食べてからだけどね」


  ラナンタータはドイツ料理に舌鼓を打ちながらアインシュタインの話を聞いた。特に、初めて食べる馬肉は口の中で蕩ける柔らかさで、口紅が落ちるほど食べた。イスラエル人は馬肉を食べないから、フランスやチェコスロバキア共和国からの訪問客に忖度しての料理らしい。


「アインシュタイン所長さんはドイツを出ないの」

「ふふ、ははは、全くだ。私こそドイツを脱出せねばならないな。ははは。これはやられた」


  この時の会話のせいかどうかわからないが、アインシュタインはやがてドイツを出ることになる。


「あの、もうひとつ質問しても良いですか。どうしてカイザー・ヴィルヘルム研究所のパーティーを民間人の館で……ここのご主人がユダヤ人なら、何故ホールにキリスト教の絵画が……」

「只の民間人ではない。ドイツの経済界に大きな影響力を持っている。ホールの雰囲気は、改宗したことを大々的に示したいのさ。私の父も同じだ。ユダヤ人だがキリスト教徒だ。はっはっは、昔ならサンヘドリンに殺される」

「まさか」

「冗談だよ。但し、ユダヤ人の神を裏切ってはならない。だからキリスト教徒っていうのは隠れ蓑みたいなものさ。そのくらい、今のドイツでユダヤ人が生きていくのは……おっと、ラナンタータ嬢には何でも喋ってしまいそうだ」

「うん。おつむが弱いからね、何を聞いても大丈夫だもん」

「ははは、根に持つ性分らしいな」


  ラナンタータは馬肉にかぶり付き、アインシュタインとゲルトルデは宇宙船開発の話を始めた。ドイツ語を全くわからないふりをして聞き耳をたてる。


驚いた……
宇宙船の話をしている
電子頭脳って何……
チャペックのロボットの
脳ミソのことかな……


* カレル・チャペック
ロボットという言葉を最初に小説発表したチェコの作家でナチスを批判していた。(Wikipedia調べ)


本当に作っているんだ電子頭脳……
それを小型化できれば
宇宙船が完成するのか
本当に本当の話なのか
それとも天才たちの夢の話なのか
私のおつむの問題かな
カナンデラのことを
馬鹿にはできないな



  そのカナンデラは「ケルンの水4711」をちょっぴり手首に付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...