毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
135 / 165
第7章 投獄されたお姫様 

(12)姫の行方

しおりを挟む

  アントローサは驚きを隠せなかった。ラナンタータから電話があり、それが国際電話だったと言うのだ。

「直ぐに切れてしまったのですよ」

  古参の家政婦長がこぼす。アントローサが子供の頃から家族ぐるみで仕えているこの家政婦長、先祖は異世界のフランス貴族の流れを汲む。

  幾星霜を経て執事の死後は代理を担うようになり、アントローサ家の周辺の不動産管理も任されている為に、日中はいないことも多い。電話を取ったのは奇跡みたいなものだ。

「お姫様ったら、親元から離れてみたいのであれば、良い物件もありますのに」

  ため息をつく。

「それでドイツでは何をしていると」

「それが、軍人さんのお屋敷でお世話になっていると……あの、こちらでございます」

  メモにはゲルトルデ・シュテーデルの名前と電話番号が記されている。

「今夜はパーティーだそうですよ。お姫様はドレスも借り物で、お出かけになるそうです。早口で捲し立てるものですから、こちらからは何も聞き返せませんでした」

  普段はお嬢様と言う処を、たまにお姫様と言ってしまう古臭さ。大切に思っているからこそだと周りに理解させる頑迷さがある。

「ラルポアも替わってくれれば良いものを……あら、つい愚痴ってしまいました。年ですかね」

  家政婦長にとってはラルポアは孫も同然だ。いろいろ言いたいこともあるのだろう。

「ははは、居場所さえわかれば心配はない。ラルポアが一緒なら、世界一周でもさせてやりたいものだ」

「そんな……旦那様は甘いのでございますよ。ラルポアは騎士としてはまだまだ未熟者です」

  古くからいるせいか、爵位返上する前の時代感覚が抜けない。アントローサは苦笑いした。

ラルポアがラナンタータを
射止めたことを知ったら
腰を抜かすほど驚いて
反対するかもしれない
何せ、年代物の
階級制度バリバリ
国宝級堅物だからな

  アントローサは笑いを堪えた。

  異世界の第一次世界大戦後、勝戦国フランスは狂乱の時代を迎え、敗戦国ドイツは恐慌に陥っている。

  それでも、若い二人が自由に飛び回れる時代の風を感じて、アントローサは胸の開ける思いに浸る。

今の若い者の行動力は
異世界までも易々と跨ぐのか
何の相談もなく動く
ラナンタータの我が儘だな

妻の我が儘に引き摺られるようでは
良い夫にはなれないぞ、ラルポア
ショーファーの立場から脱却して
良い夫を目指せ
じゃじゃ馬の手綱を任せられるのは
お前しかいない


  そのラルポアはショックを隠せない。ラナンタータが既に出掛けた後のシュテーデル邸の玄関口で、フットマンに尋ねた。

「パーティー会場は何処ですか」

  返事を聞いて、待たせていた馬車に再び乗り込む。

「頭っから龍花と一緒に出掛けると思い込んでいた。しまったな。しかし、ラナンタータが無事だと分かって、しかも、ゲルトルデに悪意はないらしいと分かった以上は、我々もパーティーに相応しい格好をしなければ」

  ラルポアの耳が尖る。

「どうするつもり」

「ショッピングだな、先ずは」

「そんな時間はない」  

「門前払いを喰らわされるぞ」

「門前でラナンタータに取り次いもらうだけだ。念のため、カナンはパーティー会場に入れるように準備してくれたら有り難い。僕はそのままでも」

「おお、俺様も悪魔ちゃんとは従兄妹だからな。何としても連れ帰らなければ皇帝アントローサに殺される」

「僕も八つ裂きだ」

  二人して顔を見合わせて笑う。余裕が生まれていた。


  パーティー会場は旧ベニヤミン邸。ドイツ語ではベンヤミンと発音するユダヤ人の大邸宅だ。

  第二次世界対戦で多くの文化遺産と共に爆撃され消滅することになるこの大邸宅は、多くのシャンデリアで煌々と真昼のように明るく、高い丸天井には教会にあるような宗教絵画が描かれて、聖堂のような見事なステンドグラスがぐるりと囲む。教会と異なるのは祭壇と信者の席が無いことだ。

「ラナンタータ、会場ではダンスを申し込まれても応じないで。離れちゃ駄目だよ」

「うん、気を付ける」

  ヴァルラケラピスは何処にいるかわからない。ヒエラルキーの高いカニバリズム信者とヒエラルキーの低いお金目的の人拐いが結託して、ラナンタータを狙ってくる。

  同じアルビノのゲルトルデにはそれがよくわかる。

「私は軍人だからな。ヴァルラケラピスがドイツ将校を食ったとなると奴らは叩き潰されるだろう。それを恐れているのだ」

ゲルトルデの妹さんが
身代わりになったのは
ゲルトルデが軍隊に入る前なんだ
憎いヴァルラケラピス

  流れる美しいフォルムのマイバッハ・ツェッペリンが、滑るようにベンヤミン邸の大きな階段前に停まる。

  美しく装ったゲルトルデが降りた。雪は止んでいる。雪の女王に扮した高貴な香りが雪を制したかのような神々しさだ。

  ゲルトルデはラナンタータの手を取った。車から降りたラナンタータに、フットマンが息を止めた。愛らしく装ったラナンタータには、普段の毒舌を知る者ですら傅きたくなるほどの幻想的な魅惑が溢れている。

  アルビノが二人ならぶとそれだけでもファンタジーの世界だ。

  この世の者とは思えない……まさか妖精が来たのか、とフットマンの脳髄はシロップ漬けになる。

  ゴージャスに装ったアルビノが二人揃って会場入りした途端に、どよめきが起きた。

「ゲルトルデ、待っていたよ。お嬢様も。なんて美しいんだ」

  リヒター・ツアイスが両手を広げてハグする。

「リヒター、猿芝居は良いから、早速、引き合わせて。ドイツ物理学会の会長さんに」

「今はカイザー・ヴィルヘルム研究所のアインシュタイン所長だ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...