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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ
(10)オシッコしたい
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シャンタン妄想で鼻の下を伸ばしながらムール貝をパクついていたカナンデラだが、ふと気になる視線に気づく。
「ラルポア、何と言ったかな、人肉好きのカルトは」
「ヴァルラケラピス。どうして」
「後ろを見るな。トイレに立ってチャイナドレスの女のテーブルを確認してくれ」
「丁度、用足しに行きたかったんだ」
ラルポアは自然を装って席を離れた。
「私を狙っているのか」
ナプキンで口元を隠しながらラナンタータが訊く。
「多分な」
「出よう」
「いや、却って此処が安全さ。まさかドンパチしてまでって考えはないだろう。一般人の目撃者を大勢殺さなくてはならないからな」
カナンデラは笑い話を始めた。
「退屈凌ぎに話をしよう。この星に異変が起きて、男二人と女一人が生き残った。男の一人が夫になり、女は妊娠した。生まれたのが女なら良かったが、男の子だった。次の子も男だった。夫はもう一人の男に言った。次はお前が夫になって子供を作れ。もし、女が生まれたら俺たちの子供同士を結婚させるんだ。男ばかり生まれたら戦争になる。相手は答えた。俺はお前の女房には興味がないんだ。お前の方が良い……」
「ははは。星が滅びようが関係無いってか。しかし、それなら何故その男は生き延びたのだろうね」
「ンだね。明らかに子孫繁栄の為では無いよな。神のみ心は我々には」
「神様が人間に与えた『選択の自由権』は、人類が自らを滅びに向かわせることも可能……という恐るべきものなのだってことだよね」
「偉い偉い。恐るべき大戦があったから、ラナンタータが人類の行く道を危ぶむのもわかる。折角神様から与えられた選択権なのだから人間は責任を持たなきゃあならない、ってラナンタータは思う訳ね。いやあ、本当に偉い偉い」
この異世界でも十三年前に第一次世界大戦がはじまった。その戦争は四年続いた。ラナンタータは六才だった。戦争参加国ではなかったが、参加するか否かで紛争が起きて、戦争移民受け入れや物資の供給等の支援国ではあったから、全く影響がなかった訳ではない。
戦後バブルの好景気によって世界中が沸き、狂乱の時代と呼ばれる1920年代。女性のファッションは身体だけでなく意識をも解放しつつあり、女性の参政権獲得へ繋がる。
子供だったラナンタータには、戦争とは諸刃の刃と同じものに感じられた。相手も自分も傷つく戦争を続けることに、人類の未来はない。ラナンタータは「選択の自由を間違えるな」と人類という大きな括りの人海に向かって願う。
まさか今から十二年後に、このアナザーワールドでも、もうひとつの時間線と同じく第二次世界大戦が起こるなどと、この時、誰が想像しただろうか。
「ヴァルラケラピスは何も学んでないようだが」
賑わいの中でカナンデラが険しい目になった。
チャイナドレスの女の席から男たちが立ち上がり、トイレの通路へ向かう。
「ヤバいな。ラルポアがカマを掘られちゃう」
真剣な表情で囁く。
「助けに行こう」
ラナンタータは素早い。カナンデラは、立ち上ってから「おっと」と、食いかけの皿からムール貝の身を咥えた。
色とりどりのファッションに身を包んだ男女が飲食を楽しむ店内の、ホールスタッフの邪魔になりながらトイレ通路に向かう。
店内から小さな入り口に入ると、床タイルの色が変わった。その通路の奥から激しい音が響く。連続してバキッ、ドカッと聞こえた。
「「ラルポア」」
ラナンタータとカナンデラはハモりながら男性トイレに走り込んだ。
チャイナドレスのテーブルにいた男の一人が床に倒れている。もう一人は洗面台に顔を押し付けられて、ラルポアに腕を捻り上げられていた。呻き声が漏れる。
「ン、どうした」
ラルポアがラナンタータとカナンデラを見た。拍子抜けするほどの爽やかな顔だ。
「いや、何でもない。ね、ラナンタータ」
「うん、何でもない。カナンデラがオシッコしたいって……」
「なぁんだ。心配して来てくれたのかとちょっと嬉しかったけどな」
「カナンデラ、漏らす前にどうぞ」
「オ、オラ、オシッコ引っ込んだで、もう」
カナンデラは屈み込んで、倒れている男の頬を叩いた。完全に気を失っている。ラルポアに押さえ付けられている男に向かった。
「お前、何でこいつを狙った。人質にでもしようと思ったか」
「うぅ……知らん。いきなりやられたんだ」
「嘘ぉつけ。殴りかかってきたのはそっちじゃないか。まぁ、待ってたけどね」
ラルポアが男のポケットチーフで両手を器用に縛る。カナンデラは胸からサイレンサー付のスミス&ウエッソンを出した。シャンタンから奪い取った拳銃だ。男の唇をサイレンサーの銃口でなぞる。されからその銃口を男の股間に押し付けた。擦り擦りする。
「な、何をする。や、止めろ……止め……」
叫びかけた男の口をラルポアの手が塞ぐ。
「ラルポア、何と言ったかな、人肉好きのカルトは」
「ヴァルラケラピス。どうして」
「後ろを見るな。トイレに立ってチャイナドレスの女のテーブルを確認してくれ」
「丁度、用足しに行きたかったんだ」
ラルポアは自然を装って席を離れた。
「私を狙っているのか」
ナプキンで口元を隠しながらラナンタータが訊く。
「多分な」
「出よう」
「いや、却って此処が安全さ。まさかドンパチしてまでって考えはないだろう。一般人の目撃者を大勢殺さなくてはならないからな」
カナンデラは笑い話を始めた。
「退屈凌ぎに話をしよう。この星に異変が起きて、男二人と女一人が生き残った。男の一人が夫になり、女は妊娠した。生まれたのが女なら良かったが、男の子だった。次の子も男だった。夫はもう一人の男に言った。次はお前が夫になって子供を作れ。もし、女が生まれたら俺たちの子供同士を結婚させるんだ。男ばかり生まれたら戦争になる。相手は答えた。俺はお前の女房には興味がないんだ。お前の方が良い……」
「ははは。星が滅びようが関係無いってか。しかし、それなら何故その男は生き延びたのだろうね」
「ンだね。明らかに子孫繁栄の為では無いよな。神のみ心は我々には」
「神様が人間に与えた『選択の自由権』は、人類が自らを滅びに向かわせることも可能……という恐るべきものなのだってことだよね」
「偉い偉い。恐るべき大戦があったから、ラナンタータが人類の行く道を危ぶむのもわかる。折角神様から与えられた選択権なのだから人間は責任を持たなきゃあならない、ってラナンタータは思う訳ね。いやあ、本当に偉い偉い」
この異世界でも十三年前に第一次世界大戦がはじまった。その戦争は四年続いた。ラナンタータは六才だった。戦争参加国ではなかったが、参加するか否かで紛争が起きて、戦争移民受け入れや物資の供給等の支援国ではあったから、全く影響がなかった訳ではない。
戦後バブルの好景気によって世界中が沸き、狂乱の時代と呼ばれる1920年代。女性のファッションは身体だけでなく意識をも解放しつつあり、女性の参政権獲得へ繋がる。
子供だったラナンタータには、戦争とは諸刃の刃と同じものに感じられた。相手も自分も傷つく戦争を続けることに、人類の未来はない。ラナンタータは「選択の自由を間違えるな」と人類という大きな括りの人海に向かって願う。
まさか今から十二年後に、このアナザーワールドでも、もうひとつの時間線と同じく第二次世界大戦が起こるなどと、この時、誰が想像しただろうか。
「ヴァルラケラピスは何も学んでないようだが」
賑わいの中でカナンデラが険しい目になった。
チャイナドレスの女の席から男たちが立ち上がり、トイレの通路へ向かう。
「ヤバいな。ラルポアがカマを掘られちゃう」
真剣な表情で囁く。
「助けに行こう」
ラナンタータは素早い。カナンデラは、立ち上ってから「おっと」と、食いかけの皿からムール貝の身を咥えた。
色とりどりのファッションに身を包んだ男女が飲食を楽しむ店内の、ホールスタッフの邪魔になりながらトイレ通路に向かう。
店内から小さな入り口に入ると、床タイルの色が変わった。その通路の奥から激しい音が響く。連続してバキッ、ドカッと聞こえた。
「「ラルポア」」
ラナンタータとカナンデラはハモりながら男性トイレに走り込んだ。
チャイナドレスのテーブルにいた男の一人が床に倒れている。もう一人は洗面台に顔を押し付けられて、ラルポアに腕を捻り上げられていた。呻き声が漏れる。
「ン、どうした」
ラルポアがラナンタータとカナンデラを見た。拍子抜けするほどの爽やかな顔だ。
「いや、何でもない。ね、ラナンタータ」
「うん、何でもない。カナンデラがオシッコしたいって……」
「なぁんだ。心配して来てくれたのかとちょっと嬉しかったけどな」
「カナンデラ、漏らす前にどうぞ」
「オ、オラ、オシッコ引っ込んだで、もう」
カナンデラは屈み込んで、倒れている男の頬を叩いた。完全に気を失っている。ラルポアに押さえ付けられている男に向かった。
「お前、何でこいつを狙った。人質にでもしようと思ったか」
「うぅ……知らん。いきなりやられたんだ」
「嘘ぉつけ。殴りかかってきたのはそっちじゃないか。まぁ、待ってたけどね」
ラルポアが男のポケットチーフで両手を器用に縛る。カナンデラは胸からサイレンサー付のスミス&ウエッソンを出した。シャンタンから奪い取った拳銃だ。男の唇をサイレンサーの銃口でなぞる。されからその銃口を男の股間に押し付けた。擦り擦りする。
「な、何をする。や、止めろ……止め……」
叫びかけた男の口をラルポアの手が塞ぐ。
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