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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(6)目撃証言

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おいおい、此の車は
スペインの王妃様が心から愛する
国王アルフォンソ十三世に贈った
祝福された車だぞ
愛の車だ
僕の車ではないが


ラルポアはイスパノ・スイザの名車アルフォンソ十三世に雨避けの防水シートを被せるのに忙しく、ラナンタータの行方を確認していなかった。


カスタムしたとは言え、折り畳み式屋根の幌だけでは此の横殴りの雨はやり過ごせそうにない。後部座席のバッグに三人分の着替えも入っている。濡らせば跳び蹴りはないにしても二人から村八分だ。黙しても語るラナンタータの態度の雄弁さは身に染みる。


今日は胸元を嗅ぎに来たが、コロンのハンカチーフが欲しかったらしい。


あげても良かったのに……
だが、参ったな
此の雨……今は動かせない
ラナンタータの絵の具頭は
大丈夫だろうか
マントを脱がなければ
直ぐに濡れることはないか
カナンデラが一緒なら心配ない



カナンデラはハウンゼントの館で、フランスの老舗マリアージュフレールの紅茶をご馳走になっていた。


古い館は築百年を越す。目立った老朽化がないのは不思議だ。内部は古臭いデザインの壁紙も虫食い等ないようだし、バルコニーもしっかりしている。メンテナンスに金をかけたのだろうか。新郎新婦のプチ・ホテルへの意気込みが伺えて嬉しくなった。


お茶も芳ばしい。異世界フランス贔屓ひいきの村民性か、村中でフランス文化を崇めてフランスからの輸入品を味わうことができる。


窓の外が暗くなり、雨に気づいてラナンタータの絵の具頭が心配になったが、それよりも目の前で語られた殺人事件に興味を引かれ、席を立つことを躊躇ためらった。


古いが其れなりの家具調度品はアンティーク価値が高い。フレンチロココ調のベルベットの花柄が優しい3人掛けのソファーは、ベルサイユ宮殿をこよなく愛するカナンデラの美的センスを其の女性らしい流線型でくすぐる。カナンデラはシャンタンを誘おうなどとエロい妄想に走りかけた。


あぁ、俺様のハートが疼いちゃう
シャンタンとの初夜は此処がいいな


「カナンデラ兄貴、まだ犯人は捕まっていない。それどころか今夜は4人の旅人を迎え入れるなという警告文が届いた。俺たちが狙われているかもしれない」


世が世ならザカリー領主の貴族ハウンゼントだ。日焼けした顔に碧色の明るい目が翳った。


「待て、ハウンゼント。最初の死体発見者は誰だ」

「母さんだ」


カナンデラの脳裏からシャンタン妄想が吹き飛ぶ。


ハウンゼントの母親アリカネラは顔を斜めにして頷いた。ハウンゼントと同じ碧色の目が不安気に曇る。髪をポンパドールに結い上げた薄化粧。淡いオレンジ系の口紅。昔なら領主夫人であるアリカネラの、刺繍で埋め尽くした民族衣装の豪華さは群を抜く。衣装の地色が黒なのはこの村の特色だ。


「アリカネラ伯母さん、何故、伯母さんが発見することになったんですか」


アリカネラは暗くなった部屋のテーブルにキャンドルスタンドを立てて、マッチを擦った。ほやあと明るくなった部屋の床に三人の影が落ちる。


「あの日はね、とても奇妙なことがあったの。
私はマイアッテン未亡人のバイオリンの集いを楽しんでの帰り道だったわ。フオレステ家の前を通りがかったの。この村にも自動車が来ることは珍しくなくなったわね。世界大戦中から、ワインやチーズを求めて、 異世界のフランスからもバイヤーが買い付けに来るのよ。ギルドを作って正解ね」


オウランドゥーラ橋を越えて霧の森を数日間さ迷ってやっと辿り着く異世界。そこは、フランスという華やかな芸術文化の国。


「でも、ギルドに出す商品の他にもザカリー家伝来の品もあるのよ。だから、フォレステ家にブガッテイが止まっていたのも、そういう商品を狙う何処かのバイヤーだと思っていたの。珍しい車だけど、ブガッテイは異世界車だし、見た目で分かりやすい車よね。それで、何も気にしないでいたからナンバーも覚えていないわ。うちにもそのうち来るだろうくらいにしか思っていなかったの」

「で、来たんですか」

「いいえ。おかしいでしょう。なにかを買い付けるのなら、うちを素通りするはずはないわよね」

「いや、伯母さん。こんなお城に堂々と訪ねてこれるバイヤーとかいるんですか」

「元貴族のバイヤーなら、来るわよね。でも私、いろいろ家事に取り組んでいるうちに忘れていたものだから、フオレステ家に行ってみてブガッテイが消えていることを知ってがっかりしたのよ。
うちにも旨いチーズがある、ジャムもある。ギルドの為に裏のチーズの倉庫を改装したのよ。地下のワインセラーも改装したいのだけど、ハウンゼントがそこは良いと言ってね。あ、そうそう。それで、フォレステ夫人を訪ねたの。次にバイヤーが来たらザカリー家伝来のチーズのことも宣伝してほしいと思って。そしたらドアが少し開いていて、何度も呼び掛けたのだけれど……」

「入ったんですね」

「いいえ、私は馬から降りたくなくて、お行儀が悪いけど、通り道からフォレステ家の方を見たのよ。そしたら、あの家はうちと違って入り口が門から近いから、ドアが開いていて、フォレステ家のご主人が倒れているのが見えたの。馬上からだから、最初は見間違いかと思ったわ。何年も留守にしていた人が、頭から血を……ああ」









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