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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(7)ブガッティ

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「死体が三つ。連続殺人事件か……」


カナンデラは組んだ膝の上で長い指を遊ばせた。ピアノを弾くような手つきにも見える。


この古い館には、凡そ百年程前の1800年代初頭に四人の旅人によって成敗されたとされる領主の幽霊が出るという噂がある。勿論、全くの出鱈目だが、その領主の姉はこの国の女王となり、最後の国王を生んだ。その血縁で大公領だったこともあるザカリー領の末裔が、ハウンゼントになる。


カナンデラは父親繋がりの傍流の関係だが、ハウンゼントにとって親戚は従兄弟のカナンデラだけだ。


奥手のハウンゼントに子孫ができなければ
シャンタン坊やを孕ませてでも
養子を与えなければならないかと
思っていたが
まあ、それは冗談誤魔化じょうだんごかしだが
子孫繁栄には無縁の
己が道を行く詐欺師か俺様は

結婚祝いついでに何とか
事件を解決してやりたい


去年の秋にフォレステンの家で見つかったのは、長らく行方不明だった旦那。森の中で奥さんが首を吊って、旦那を殺して自殺したということに落ち着いたという。


しかし、その後で似たようなブガッテイがマイアッテン未亡人の館に来た。マイアッテン未亡人は村一番の金満家だ。まだ女盛りの豊満な肉体を黒い喪服に包んで、美人なのに化粧もせずに村の活性化に取り組んでいる。


「しかし、そのブガッティはマイアッテン未亡人には会わずに、近くの村から雇った女中がいなくなり、街に向かう街道で車に撥ね飛ばされたらしい老人の死体が発見された、と言うことか。ブガッテイに因るものらしい轢き逃げ殺人事件は捜査中。で、問題は、轢き逃げされた老人がフォレステのじいさんだと言う点だな。フォレステ家の三人が同じ日に亡くなるなんてことが……」


これまで村と繋がりのあったバイヤーにブガッテイを持っている者は無く、アリバイも全て白だった。


普段はこそ泥相手くらいしか働きのない地域の警察は「フォレステン家に恨みを抱く者」を探して、ここぞとばかりに大挙して村のあちらこちらをそれこそ虫眼鏡で見るかのように探し回ったが、大雨の後で荷馬車のわだちもつきやすく、ブガッティが走ったタイヤの痕跡すら見つからない。第一発見者のアリカネラは、肩身が狭い処の話ではなくなった。


『奥さんが犯人なのではないですか。第一発見者と云うのは怪しい』


取り調べを受けて警察官に言われた言葉はアリカネラを傷つけるのに十分だった。アリカネラは去年の秋辺りから体調を崩し、鬱の気に悩まされている。


ハウンゼントはザカリアン訛りで話し始めた。


兄貴も知っているだろうラザー・タンビァ・セム。この村は作物が豊かに実る豊穣の土地だ。大戦の反動か、ワインもチーズも作れば売れる。以前は馬車で、一番近い町や、高く買い取ってくれる異世界まで行ったものだが、今は向こうから来てくれる。人手が必要な村だからアパルトマン計画もある。僕はプチホテルをやりたい。この館を寝かせておくのは惜しいからね。人を雇ってレストランを開き、概ねは母とアンナベラに任せて、僕はパンを焼いたら、後は洗濯をするつもりさ。勿論、掃除もね」


ハウンゼントは街の学校を出てアントローサ警視総監の薦めで警察に勤める予定だったが、何を思ったのか警察エリートの道を捨ててパン屋の下働きに入り、今では村一番の葡萄パンの名人だ。


マイアッテン未亡人の館に昼と夕方の二度、掌サイズのパンを二十人分、計四十個のパンを納入する。


母親アリカネラの使用人も三十人は下らない。昔からのギルドに広大な牧場や葡萄園を任せ、ワインやチーズを作ってきた。


アリカネラは趣味でジャムを作る。貴族時代には製造は許されなかったが、アリカネラのジャムを使ったジャムパンも好評らしい。


ギルドに出す大きなパンや家のパンを合わせればハウンゼントは毎日、様々な種類の大きめのパンを一人で三百個以上も作っていることになる。肩幅の広い筋肉質のハウンゼントの体型は、パン屋が如何に力仕事であるかを物語る。


「パンか。生活に欠かせないヤツだな。ホテル客にも焼きたてパンが出るのだな。素敵な計画だ。しかし、困ったな。バイヤーが全員白だと云うのなら、女中は何処に消えた」

「村人の中には、マイアッテン未亡人の女中も何処かで殺されているのではないか、と心配する者もいる。マァイアッテン未亡人はこの村からだけではなく近隣の村や町からも女中や作男を雇い入れていて、まあ、それはどこでも同じだよ。この村の広大な土地の収穫期は流れ者でも雇い入れなきゃあならないくらいだもの。収穫期には、納屋の二階はどこでも余所者所帯だ。うちはほら、領主時代の名残で兵士寮とか使用人部屋がたくさんあるから、うちで働く人は喜んでくれるけどね」

「まてまて、流れ者の話だけど、去年の秋も流れ者がいたんだろう」

「どこでもだいたい毎年同じ人を雇っているよ。不振な人物はひとりもいなかった。だから、フオレステ家に停めてあったブガッテイのバイヤーが分かれば、轢き逃げ殺人も解決するのではないかと皆が思っていたんだ」

「雇い人たちに疑いを掛けたら神様が怒るわ、ハウンゼント。お前のパンを喜んでくれる人たちなのよ」
 

アリカネラが首を振る。


「伯母さん、聞きにくいことを聞くけど、形だけだから、良いかい。伯母さんといなくなった女中は知り合いだよね。どんな人だった。名前は」

「知り合いって、話したこともないわ。顔見知りよ。名前は……わからないわマ・タンビア・ネノ。マイアッテン未亡人の処の使用人は見たら分かるわ。毎年同じ顔。その女中だけど、目の下に小さな黒子があるのよ。目の際に。肉感的な色っぽい娘だったわ」

「僕も一度見たけれど、覚え易い顔だ」

「ふうん。覚え易い顔ね……」


殺人事件は去年の秋、女中が行方不明
犯人が女中だとしたら何が狙いだったのだろう

フオレステ家の当主は長い間行方不明だった
帰って来た其の日に殺された
タクシー……
フランス製のルノーが街を走り回る時代だ
おそらくルノーで帰って来たのだろう

待てよ、ブガッティなら……

女中は運転できるのか

そのブガッティは誰が運転して来た
フオレステ家の当主か……

女中が当主を殺してブガッティで逃げた

俺の推理が正しければおそらく犯人は女中だ

ブガッティと当主が繋がれば……

警察が気づく前に解決だな
金一封はまたしても
このカナンデラ・ザカリー様のモノだ
わははは

シャンタン坊や、楽しみだなぁ
ここがプチホテル開業したら
誘っちゃおうっと 










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