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王子の所以
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ゲストには、誰が見ても美しい花たちをご案内しよう。
エントランスから一度外へ出て、南西側の庭園へと回り込む。
石垣に沿ってあるくと、背の低い植栽が出迎えてくれる。
だんだんと高さが増していく植物を見ながら、芝生に踏み入れる。
「ふかふかだね」
「薔薇が見たいわ、薔薇が」
「ちょうど季節ですよ」
シャクナゲとブルーベルの道を進むと、母の薔薇園があった。
「母の希望で、ここはいろんな種類の薔薇があります」
区画に合わせて様々な色の薔薇が咲いている。
ジャックの父が特に気を遣っている場所だった。
つたを這わせたアーチに、満開の薔薇が咲いている。
美しいものを見上げるとき、人は無言になるものだ。
僕たちは黙ってアーチの道をくぐった。
「素敵です。とても。ああ、何度でも往復したいくらい」
一番感激していたのは、意外にもルイーザ嬢だった。
アリッサがにこにことルイーザ嬢を見つめている。
「ここはエレノア様の自慢のお庭なんです!」
「アリッサ様のお庭もあるのですか?」
「私のお庭はお母さまと同じお庭ですよ。御覧になりますか?」
姉に腕をつかまれたままのコリン・ノースは、どこか所在なさげだった。
気を遣ってか、姉が尋ねかけている。
「コリン嬢はお庭はお気に召さないかな」
「え? いえ、素敵だと思います」
「ノーザリアではどんな花が好まれるんです?」
「あー……どうでしょう。あまり興味がなくて」
コリン・ノースは目を泳がせた。
アンドレアお姉さまが快活に笑った。
「おや。花に興味のないお嬢様がいるなんて。あなたは特別な人ですね」
「いえ、私が特別なわけではなくて……花はお腹に溜まりませんから」
姉が笑顔のまま固まる。さすがに笑い飛ばせなかったらしい。
「我が家では、庭のような場所はほとんど耕してしまっていて。野菜を育てています」
馬鹿にしているわけではないらしい。真面目な顔で言うものだから、腹をたてるわけにもいかなかった。
ノーザリア地方、ノース辺境伯家。婚約発表パーティーにも、コリン・ノース以外の出席はなかった。
コリン・ノースがおかしなやつなのは、辺境伯家に問題があるのかもしれない。
僕の頭の中に、新しい可能性が芽生えていた。
「うーん、コリン嬢……花を見る気分じゃない?」
「あっ! お母さま! 私、体を動かしたいです!」
苦笑いするアンドレアに、アリッサが声をあげた。
「ね、テニスなんかはいかがですか? 気分転換にもなると思います!」
「テニス……」
コリン・ノースの顔をうかがうと、なにか言いたそうに口をもごもご動かしていた。
「私、テニスはしたことがなくて……」
「いいよ。私が教えましょう! 基本は簡単ですから」
「コリン様、やりましょう!」
アリッサがにこにことコリンの手を取る。
それでコリン・ノースはやっと頷いた。
「……わかりました」
「ルイーザ嬢はどうしますか? 一緒にテニス、する?」
姉に振られて、ルイーザ嬢はびくっと肩を震わせた。
「私は……」
ルイーザ嬢が僕の目を見てくる。なにかを訴えかけられている気がする。
ぱくぱくと動く口を凝視する。僕は彼女の意図を読み取らなくてはならない!
「……やめておきます! 僕とルイーザ嬢は、もうちょっと庭を見ようかな」
こくこく。ルイーザ嬢の顔が上下に揺れる。
僕の言葉を受けて、アンドレアお姉さまはパチンと片目を閉じた。
「どうぞごゆっくり! ふたりの時間を過ごしなさいね」
「きゃー! 叔父様さま、どんなお話をしたか、あとでこっそりお聞かせくださいませ!」
「というわけだから、聞かせられる話だけしておいてよ」
姉とアリッサは、そんなふうにやかましく、コリン・ノースをつれて中庭へと向かっていった。
ふう、と安堵の息をルイーザ嬢がついている。
「もしかして運動が苦手なんですか?」
「いいえ! 人並みにはできますわよ。ただ……」
ルイーザ嬢が僕をにらんだ。
「運動する女性を眺めるなんて、はしたないことですよ」
「あっ、そうか」
アンドレアお姉さまのおかげで感覚が麻痺しがちだ。僕とお姉さまは、幼いころから城の周りを駆けずり回って遊んでいた。それこそ、テニスも。
言われてみれば、嫁入り前の女性と一緒に運動するなんて、よくないことかもしれない。
それも、兄の婚約者ならなおさら。
理由を直接言わなかったのは、考えがいたらない僕やコリン・ノースを気遣ってくれたのだろう。
できた人だなあ。僕はしみじみ思った。
でも、少し残念でもあった。
ルイーザ嬢が僕と一緒に庭に残った理由。
「僕と一緒にいたいのかもって思っちゃいました」
「……勘違いでしたわね」
ルイーザ嬢は、ふいと僕から顔をそむけて歩き出した。
薔薇のアーチの下をずんずんと進んでいく。
髪の隙間から覗いた耳が、薔薇を透かした光で赤く染まっていた。
――理由はともかく。
僕たちはいま、庭にふたりきりだった。
エントランスから一度外へ出て、南西側の庭園へと回り込む。
石垣に沿ってあるくと、背の低い植栽が出迎えてくれる。
だんだんと高さが増していく植物を見ながら、芝生に踏み入れる。
「ふかふかだね」
「薔薇が見たいわ、薔薇が」
「ちょうど季節ですよ」
シャクナゲとブルーベルの道を進むと、母の薔薇園があった。
「母の希望で、ここはいろんな種類の薔薇があります」
区画に合わせて様々な色の薔薇が咲いている。
ジャックの父が特に気を遣っている場所だった。
つたを這わせたアーチに、満開の薔薇が咲いている。
美しいものを見上げるとき、人は無言になるものだ。
僕たちは黙ってアーチの道をくぐった。
「素敵です。とても。ああ、何度でも往復したいくらい」
一番感激していたのは、意外にもルイーザ嬢だった。
アリッサがにこにことルイーザ嬢を見つめている。
「ここはエレノア様の自慢のお庭なんです!」
「アリッサ様のお庭もあるのですか?」
「私のお庭はお母さまと同じお庭ですよ。御覧になりますか?」
姉に腕をつかまれたままのコリン・ノースは、どこか所在なさげだった。
気を遣ってか、姉が尋ねかけている。
「コリン嬢はお庭はお気に召さないかな」
「え? いえ、素敵だと思います」
「ノーザリアではどんな花が好まれるんです?」
「あー……どうでしょう。あまり興味がなくて」
コリン・ノースは目を泳がせた。
アンドレアお姉さまが快活に笑った。
「おや。花に興味のないお嬢様がいるなんて。あなたは特別な人ですね」
「いえ、私が特別なわけではなくて……花はお腹に溜まりませんから」
姉が笑顔のまま固まる。さすがに笑い飛ばせなかったらしい。
「我が家では、庭のような場所はほとんど耕してしまっていて。野菜を育てています」
馬鹿にしているわけではないらしい。真面目な顔で言うものだから、腹をたてるわけにもいかなかった。
ノーザリア地方、ノース辺境伯家。婚約発表パーティーにも、コリン・ノース以外の出席はなかった。
コリン・ノースがおかしなやつなのは、辺境伯家に問題があるのかもしれない。
僕の頭の中に、新しい可能性が芽生えていた。
「うーん、コリン嬢……花を見る気分じゃない?」
「あっ! お母さま! 私、体を動かしたいです!」
苦笑いするアンドレアに、アリッサが声をあげた。
「ね、テニスなんかはいかがですか? 気分転換にもなると思います!」
「テニス……」
コリン・ノースの顔をうかがうと、なにか言いたそうに口をもごもご動かしていた。
「私、テニスはしたことがなくて……」
「いいよ。私が教えましょう! 基本は簡単ですから」
「コリン様、やりましょう!」
アリッサがにこにことコリンの手を取る。
それでコリン・ノースはやっと頷いた。
「……わかりました」
「ルイーザ嬢はどうしますか? 一緒にテニス、する?」
姉に振られて、ルイーザ嬢はびくっと肩を震わせた。
「私は……」
ルイーザ嬢が僕の目を見てくる。なにかを訴えかけられている気がする。
ぱくぱくと動く口を凝視する。僕は彼女の意図を読み取らなくてはならない!
「……やめておきます! 僕とルイーザ嬢は、もうちょっと庭を見ようかな」
こくこく。ルイーザ嬢の顔が上下に揺れる。
僕の言葉を受けて、アンドレアお姉さまはパチンと片目を閉じた。
「どうぞごゆっくり! ふたりの時間を過ごしなさいね」
「きゃー! 叔父様さま、どんなお話をしたか、あとでこっそりお聞かせくださいませ!」
「というわけだから、聞かせられる話だけしておいてよ」
姉とアリッサは、そんなふうにやかましく、コリン・ノースをつれて中庭へと向かっていった。
ふう、と安堵の息をルイーザ嬢がついている。
「もしかして運動が苦手なんですか?」
「いいえ! 人並みにはできますわよ。ただ……」
ルイーザ嬢が僕をにらんだ。
「運動する女性を眺めるなんて、はしたないことですよ」
「あっ、そうか」
アンドレアお姉さまのおかげで感覚が麻痺しがちだ。僕とお姉さまは、幼いころから城の周りを駆けずり回って遊んでいた。それこそ、テニスも。
言われてみれば、嫁入り前の女性と一緒に運動するなんて、よくないことかもしれない。
それも、兄の婚約者ならなおさら。
理由を直接言わなかったのは、考えがいたらない僕やコリン・ノースを気遣ってくれたのだろう。
できた人だなあ。僕はしみじみ思った。
でも、少し残念でもあった。
ルイーザ嬢が僕と一緒に庭に残った理由。
「僕と一緒にいたいのかもって思っちゃいました」
「……勘違いでしたわね」
ルイーザ嬢は、ふいと僕から顔をそむけて歩き出した。
薔薇のアーチの下をずんずんと進んでいく。
髪の隙間から覗いた耳が、薔薇を透かした光で赤く染まっていた。
――理由はともかく。
僕たちはいま、庭にふたりきりだった。
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