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第四章 この感情を人は何と呼ぶのだろう

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 俺は一人ずつクラスメイト達の写真を撮った。杏珠の写真しかなかったスマートフォンの写真フォルダにクラスメイト達の写真が一枚、また一枚と保存されていく。
「ねえ、朝比奈君」
「えーっと……」
 驚いたのは、みんな喋ったことなんて数えるほどしかない俺の名前をきちんと覚えていることだった。
 俺が名前をわからずにいると、呆れたように笑われた。
「一学期が終わったのにまだ名前覚えてくれてないの?」
「……悪い」
「しょうがないなー。ねえ、大谷君。どうせ暇でしょ? 写真撮る朝比奈君の隣で名前言っていってあげてよ」
「は? 蒼志、クラスメイトの名前覚えてないの? 嘘だろ? 人に興味ないにも程があるだろ」
 呆れを通り越し、もはや感心するとでも言いたそうな表情を浮かべながらも、大谷は言われた通り俺の隣に立ちクラスメイト達の名前を言ってく。
「あいつは岩田。美術部だな。林檎を描かせたら右に出るものはいないらしいぞ」
「それって凄いのか?」
「知らん。次は木下。サッカー部のエース。イケメンすぎて各学年に彼女がいるとかいないとか」
「いないから!」
 名前だけでなく一言エピソードまで付け足す大谷に時に俺が、時に紹介されたクラスメイトがツッコミを入れていく。おかげで俺も少しはクラスメイトのことを知れた、気がする。
「どうだ? 全員覚えられたか?」
「……正直、覚えたところから忘れた気がする」
「まあ、一気には無理だよ。でも、二年はまだあと半年以上あるんだ。今日のことがきっかけで少しでもクラスに馴染めるといいよな」
 まるで俺がクラスから浮いていたかのような言葉に苦笑いを浮かべる。
 けれど、大谷の言うとおりなのかもしれない。こうやって人を知って知られて少しずつ関係はできあがっていくのだろう。……俺も、余命が残り半月を切っていなければ、もしかしたら二年が終わるまでには友達の一人や二人できていたかもしれない。
「まあ頑張れよ。日下部さんと俺以外にもちゃんと友達作れよな」
「は?」
「え?」
 聞き間違いかと思い、思わず聞き返した俺に大谷は驚いたような表情を見せた。
「……念のため聞くけど、俺たち友達、だよな?」
「……そうなの、か?」
 俺の言葉に近くにいた飯野が、そして徳本に沢本まで噴き出した。
「残念、大谷の片思いだって」
「嘘だろ!? なあ、蒼志! 冗談だろ!?」
「そういや、名前で呼んでるのも大谷だけだもんな。朝比奈は大谷って呼ぶし。もしかして下の名前すら知られてないんじゃあ?」
 からかうように、冗談っぽく言った飯野の言葉に俺は黙り込んでしまう。
「ふは。いいね、その反応。朝比奈ってノリいい奴だったんだな」
「いや、そうじゃなくて」
 俺は言い当てられたことに頭をかいた。
「ごめん、大谷。俺、大谷の名前知らないや」
「嘘……だろ……」
 今度こそ大谷は膝からその場に崩れ落ちた。笑っていたはずの飯野たちもさすがに大谷を気の毒そうに見た後、俺に向かって小さく首を振った。
「名前、覚えてやって……」
「……わかった」
 ここまで言われて覚えないわけにはいかないだろう。とりあえず大谷に名前を聞いて……と思ったところで、俺は一人写真が撮れていない人がいることを思い出した。
「よし、じゃあ聞け。俺の名前は――」
「ごめん、ちょっと職員室行ってくる」
「は?」
「担任の写真も撮ろうと思ってたの忘れてた」
「待てよ、俺の名前は――」
「明日聞く! じゃ、またな」
 片手を挙げると俺は鞄を肩に担ぎ教室をあとにした。後ろから大谷が何か言う声が聞こえた気がしたけれど、ひとまず置いておくことにした。
 一階にある職員室の前に立つとノックをしてドアを開ける。エアコンが効いているのか、開けた瞬間ひやりとした空気が心地いい。
 補習があるとはいえ夏休みということもあり、職員室の中は閑散としていた。担任は来ているだろうか。辺りを見回すと、奥の方にある机で昼ご飯を食べる担任の姿が見えた。
「失礼します」
 俺の声が聞こえたのか、担任が顔を上げ不思議そうにこちらを見た。頭を下げて担任の机のところに行くと、担任は箸を置き座ったまま俺を見上げた。
「朝比奈君? どうかした?」
「あの、先生にお願いがあって。写真を撮らせてほしいんです」
「写真? あ、部活で使うの?」
「……いえ、そうじゃなくて。その、杏珠――日下部さんの病室に貼ってあげたくて」
「日下部さんの?」
 俺は杏珠が学校のことを気にしていること、病室が一人で寂しそうなこと、それから修学旅行でみんなのことを撮る杏珠が楽しそうだったことを話した。
「俺にできることなんて殆どなくて、でも杏珠があの病室で一人でいても寂しくないようにしてやりたいんです」
 人のために何かをしたいなんて思うこと自体が烏滸がましいのかもしれない。それでも、杏珠のために何かしたかった。何かせずにはいられなかった。
「ふふ、いいわよ。ピースすればいい? あ、お弁当は写さないでね。恥ずかしいから」
 ピースサインを顔の横で作って微笑む担任を俺はスマートフォンで写す。これで俺を除いた三組全員の写真が揃った。……俺の写真もあった方がいいだろうか。いらない気もするが……。
 そんな俺の考えを読んだように担任は笑みを浮かべると、机の引き出しを開けて何かを取り出した。
「写真、ですか?」
「そ。あったあった。これあげるわ」
 写真の束から取り出したのは修学旅行中に杏珠が撮った俺の写真だった。
「……先生は、知ってたんですか?」
「何を?」
「杏珠の病気のこと」
「……まあね。担任だから」
 担任は悲しそうに微笑むと、先程の束の中から今度は杏珠の写真を取り出した。それは写真係として俺が撮ったものだった。
「なんで私のクラスの子が二人も、って思ったわ。一人だって悲しくて辛いのに二人もなんて……。でも、他の子達と同じようにあなたたち二人にも素敵な思い出をいっぱい作って欲しかった。だからって無理やり写真係にしたのは悪かったと思ってるわ。ごめんなさいね」
「……いえ、別に」
 結果的に、写真係は悪いものではなかった。担任から指名されることがなければきっとあんなふうにたくさんの人に関わることはなかっただろう。あの係がなければ、今日こうしてクラスメイト達の写真を撮ろうとも思わなかった。あの係があったからこそ、杏珠ともっと仲良くなれた気がする。だから。
「やってよかったって、今はそう思ってます」
「ならよかった」
 微笑む担任の目尻に、薄らと涙がにじんでいるのが見えた気がした。
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