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第三十四話 展望

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 案の定と言うべきか、そこからのジェルヴェの追い込みはまさに電光石火であった。

 最早リューシェ様も観念していたのか、学年末パーティを二人で抜け出し、星空の下で長らくの両片思いを成就させたのである。

「勝ち目のない戦いにはうってでないよ。僕はこの通り、勝ち目があれば絶対に勝つからね」

 言うに事欠いていけしゃあしゃあとそんなセリフを吐いてみせるジェルヴェに、私は疼く拳を抑えるので必死だった。最初から分かってて吹き飛ばされてやがったのだ。本当に可愛げのない男である。

「クインビー、サマーホリデーは王室ウチでインターンね、よろしく」

「はい?」

「え? リューの専属侍女になってもらうつもりでいたけど、都合悪い?」

「ん……?」

「正直王太子妃が大陸出身で、しかも大財閥のご令嬢ってなると、連邦にも敵が多いわけ。乳母を任せられる人も限られるんだよね」

「気が早すぎませんか!?」

「ここまで来てこの僕が仕損じるとでも?」

「アッハイ」

 今時乳母なんて役割が必要なのか疑問に思ったが、リュシアンに確認したところ、毒物がどこから混入するか分からないから、結局母乳が一番手っ取り早いのだそうだ。かく言うリュシアンもジェルヴェの乳兄弟らしい。ロイヤルファミリーは大変である。

「今は妊娠しなくても母乳が出るように身体を改造することができるだろうから便利よね。魔導ってすごいわ」

「要カウンセリングと報告しておくな」

「どうして」

 人体改造が駄目なら精子提供? だとすれば生まれてくる子に申し訳が立たない。リューシェ様のために尽くしたいと思うのは私の願望でしかないから、それに子供を巻き込むことになるのはいけない。倫理的配慮をするなら、やはり人体改造が一番丸いのでは。

 とにかく、呪縛から逃れたことで、自ずとプリエンから出奔と言うことになり、帰る場所が無かった私にとって、王宮での住み込みインターンは非常に好都合なオファーだった。

 出自が出自なので、職場での健全な人間関係構築は絶望的だろうと腹をくくって飛び込んだ王宮勤めは、概ね想定の域を出ないしごかれっぷりと言った次第で、息をするだけで自尊心をすり下ろされるプリエンに比べたら余程天国だった。

 何より、度々「先輩!」とニコニコ顔で話しかけてくるベランジェが抑止力になったというのが大きかった。王宮内で畏敬を集める兄に対して、この第二王子は王宮内の多くからその人柄をこよなく愛されていた。そんな彼が気をかけてくれたので、表立って冷遇を受けることが殆どなかったのだ。有難い話である。

「そうですか……ノースにはもう帰らないのですね」

「はい。レナンドル殿下を婚約者のしがらみから解放することが叶いました。それだけは、ひとまず安心しています」

「それでよかったのですか。僕はてっきり、お二人は相思相愛なのだとばかり」

「まさか……! 私は、あの方にとって、眼中にも入らない、路傍の石でありたいのです」

「レナンドル先輩は、恋愛対象では、ない?」

「そのような考慮に入れることすら烏滸がましいと思っております」

「……なら、僕も頑張ってみようかな」

「頑張る、でございますか」

「はい! 万に一つでもチャンスがあるなら、諦めずに手を伸ばしてみようかと」

「左様で……よく分かりませんが、僭越ながら、私に出来る事があればお手伝いいたします。なんなりとお申し付けくださいませ」

「嬉しいです。ありがとうございます」

 邪神すらも浄化してしまいそうな天使の笑顔で、ベランジェは容赦なく風刃のラッシュを仕掛けてくる。何を隠そうこの会話、魔法戦闘の訓練中に交わしているのである。

 向上心豊かなベランジェは、サマーホリデー中も、暇さえあれば鍛錬を付けてほしいと言ってくれるので、私は喜んで協力させてもらっている次第だ。

 何せ、心を開いてもらえればもらえるほど、彼の本心や動向を探りやすくなる。出来る事なら絶対に彼の裏切りを阻止したい。そのためにはまず、私の言葉を聞き入れてもらえるようにならなければ。

 そんなこんなで真摯に与えられる仕事に向き合った2カ月弱、有難いことに侍女頭を筆頭としたベテランの方々から能力や勤務態度を評価してもらえて、なんやかんやそれなりの人脈を築くことができた。

 今後、王太子妃となったリューシェ様の専属侍女となるかは分からないが、少なくともその展望が現実となったとき、王宮内は彼女にとって敵だらけとなるだろう。その時に少なくとも敵にはならないだろう人がいるのはありがたいことである。

 さて、私がインターンに励んでいる間に、レナンドルはニンフィールド魔法研究所で私が預けたプリエンの魔鉱石の解析を進め、その危険性を論文で提唱するまでに至った。

 王太子として公務に励み、その若さに見合わぬ実績を積むジェルヴェの提言もあって、連邦王国において赤い魔鉱石の使用と流通を禁じる規制法の制定と摘発体制を急ピッチで整備しているのだと言う。来年には規制法が施行される見込みだとか。

 学園では、試験的に赤い魔鉱石の魔力反応を感知し、無効化する結界を試験運用することが決まっている。教育・研究自治が認められている学園だからこそできる事だ。これで主にルブルム寮の連中の実技試験の成績はがた落ちだろう。当然の報いである。

 最高の滑り出しで始まりそうな最終学年。入学式を2日後に控えた日、寮に戻って2カ月弱ぶりに顔を合わせたレナンドルは、どこか晴れやかな顔をしていた。

 何か、決意を秘めたような瞳に射抜かれる。西の海のように澄み渡った青緑だった。

「両親とは最後まで分かり合えなかったよ。今日から私もブランシュではなくなった。ただのレナンドルだ」

「ええ。実に喜ばしい門出かと存じます」

「……ずっと考えていた。何者でもなくなった私は、君にとって、どんな人間としてあるべきだろうか。是非、君の見解を聞かせてほしい」

「お、お気に召すようになさるとよろしいかと……」

「改めて、君と親交を深めたいと思っても、許されるだろうか。どうしても、あの夜、君にしてしまったことが頭から離れない。自分の願望のために、君に不快な思いを強いたのだとしたら、私は金輪際、君に近づくべきではないのでは、と……短絡的な怒りに駆られさえしなければ、もっと別の方法を模索できただろうに、私はそうしなかった。どこまでも、自分の欲望の為だった」

 はじめ、私は彼が何のことを話しているのか全く分からなかった。負い目を背負う必要があるようなことを、彼からされた覚えはない。むしろ、彼は、プリエンの支配から逃れたいと縋った私を、ただちに救ってくれたじゃないか。

「何を仰いますか、あれは……! そう、医療行為、医療行為です。人口呼吸のようなものです。ノーカンです! 貴方の口唇は変わらず潔白です! 貴方が責任を感じるべきことなど一つとしてありません!」

「嫌では、なかったか? あの日の君は、何かに耐えているような顔をしている気がした」

「嫌に思うことなどあるものですか! あの時の私は、ただ、自分の不甲斐なさに恥じ入るばかりだったのです」

 そう、ノースのあらゆるしがらみから貴方が解き放たれることを希望にしていたのに、私のせいで、貴方が知る必要のなかった醜悪に、足をとらせてしまったのだから。

 それに、あの粘膜接触のことはノーカンとして扱ってもらわなければ、私の精神衛生に著しく悪い。イカレ倒錯者の慰み者に甘んじていた私が、あろうことかレナンドルの唇を穢したなんて、憤死レベルで耐え難い事態だ。誰が何と言おうとあれは医療行為なのである。それ以外の解釈は認めない。

「こんなにも長く、傍にいたのに、君のことについて知らないことが多すぎる。君のことをもっと知っていきたい」

「私は、もっと、他に目を向けてほしいと思います。貴方に頂いた人生ですから、せっかくなら、貴方が幸せになるところを見届けたいのです」

「それが、君の幸せなのか?」

「はい。貴方や、リューシェ様が、幸せに人生を全うするところをこの目で見ることが出来たなら、これ以上に幸せなことはないと思います」

「わかった。それなら、とびきりの特等席を用意しよう」

 いたく嬉しそうな、麗しい破願。「二階席……なんならライビュとか、それくらい遠くから見ていたいです」とは言い出せない雰囲気で、私は呆然とするほかなかったのだった。
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