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第二十四話 正当

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 私は精々窒息くらいで身体にそこまでダメージが無かったため、ものの数時間ほどで全快した。

 問題はリューシェ様だ。彼女は未だに目を覚まさない。

「皮膚の下で背中の筋肉が激しく断裂し、腎臓の片方まで破裂していたそうだ。酷い状態だった。防御魔法で威力を8割がた削いでなお、この容体……直撃していれば、臓器すべて……いや、全身が破裂して即死だっただろう」

 悲痛に顔をゆがめたレナンドルが、強い怒りを宿した声で、しかして淡々と述べた。

 ああ、そんな状態で、彼女は。

 何て惨たらしい、魔法の素質を覚醒させた人間の生命力を抽出することによって錬成される赤い魔鉱石だからこそ引き起こされたこと。

 あの魔鉱石は、自然採掘の魔鉱石と違い、攻撃魔法に極めて特化した、強い力を持つ。

 通常の魔鉱石と比べて格段の魔力制御を可能にし、本来の3倍の威力を引き出すことが出来るのだ。

 そして、その真骨頂は。例えみそっかすの魔力でも、少し注ぐだけで、いとも容易く、人の命を踏みにじる魔法の引き金を引けるということ。

 それも、現行の魔法理論では防ぐことが出来ない、まさに無法。

 しかし、とある条件下でなければ、魔鉱石の本来の力を引き出した時、使用者は著しい代償を得る事になる。

 無垢な子どもたちの命を踏みにじる、凄惨な方法で錬成されたものだ。

 使用者はその強い力の虜となるが、子どもたちの強い悲しみと怒りに晒され、引き金を引けば引くほど、狂気に飲まれていく。

 やがて、人格が食いつぶされていって、最後には、手当たり次第に人を襲ってその血を啜る吸血鬼のようになってしまうのだ。

 プリエンはそんな正気を失った凶暴な魔法使いの制御方法すら編み出して、陣営の軍勢とし、原作でも猛威をふるったのだが……それはともかく。

 赤い魔鉱石の力に触れれば触れるほど、その瞳孔は赤く染まっていく。

 それこそ、私の目と、同じような。

 だからこそ、シルヴェスタ・プリエンは、赤き瞳の叛逆者と呼ばれるのである。

 自らも同じ怒りを抱えるからこそ、赤い魔鉱石とどこまでも強く同調し、狂気にのまれることが無かった……否、狂気と狂気が掛け合わさることで、いっそ、正気を保つことが出来た、例外のうちの一つだったのだ。

「クインビー、プリエンだからどうとか関係ない。君は彼女の命をすんでのところで救ったんだ。君にしか出来ないことだったし、君は彼女のために一切躊躇わなかった……僕はそのことを一生忘れないよ」

 ああ、恋は盲目だ。ジェルヴェだけは私を許さないでいてくれると思っていたのに。

 まるで、私のことまで、大事な人間だと、そんな眼差しで見ないで欲しい。

 すべてを知ってなお、何も打ち明けることが出来ないでいて、それでも、貴方たちの傍にいたいなどと思ってしまうような、浅ましい女を。

 +++

「馬鹿にしないで……っ!! 私が貴方からそんな施しを受けて喜ぶとでも思って!? どんな事情があったからって、準決勝に進めなかった私が、貴方に挑む道理なんてない! 私は貴方の情けなんて貰っても嬉しくないわ! だいたい、こんなことで私が勝って主席になったとしても、周囲に示しがつかないでしょう! 分かったら今すぐ決勝の取り直しなんて撤回しなさい!!」

 翌日目を覚まして早々、リューシェ様は、悔し涙でシーツを濡らしながら、ジェルヴェに掴みかかってそう叫んだ。

 ジェルヴェとレナンドルは彼女のあんまりな剣幕にすっかり戸惑ってしまっている。さてはリューシェ様の心意気を侮っていたな、こいつらめ。

 そう、私たちが昏睡している間にも、トーナメントは進行した。

 準決勝でリューシェ様と対戦するはずだった相手は不戦勝で勝ち上がり、ジェルヴェがその相手を鮮やかに瞬殺して、見事主席の座を勝ち取ったのである。

 しかし、他でもない彼自身が、その結果に納得しなかった。

 リューシェ様は敗退したのではなく、勝ったうえで、不当に無力化され、準決勝への参加ができなくなってしまったのだから。

 準決勝の勝ち上がりも不当であると思わずにはいられなかった。

 何せ、彼女が甚大な傷害を加えられてなお、ルブルム生はその結果を恥じるどころか、当然と言ったような顔で決勝戦のフィールドを踏んだのだ。

 しかし、彼女は鎌倉武士よりも潔い。

 故に、ジェルヴェがトーナメント運営に掛け合って、ジェルヴェとリューシェ様による決勝の仕切り直しを取り付けて来ても、ライバルの施しを受けるのは恥だと言ったように怒り狂うのである。

 彼女は、他でもない、ジェルヴェから、可哀想な人間のように扱われると我慢ならなくなる。

 ジェルヴェにとっては好きでたまらない相手を尊重したいだけなのだろう。

 しかし、彼女にとってはそれが、対等な人間として認められていない扱いのように感じて仕方がないのである。

 大陸生まれという、差別を受ける側に立つ人間への憐憫に違いない、と。

「リュー様、お身体に障りますから……」

「そうだ、リュー、落ち着いてくれ……ジェルヴェだって、身内可愛さでこんなことをしたわけじゃない。この結果が不当だと思ったから、運営に働きかけて、運営も特例を認めた……ただそれだけの話だよ」

「ええ、もし私が準決勝を勝ち抜いていたのだったら、有難く受けたでしょうね。でも、どんな事情があっても、ルールに則って準決勝を勝ち上がって、貴方に挑んだ人がいる。その結果をも無かったことにするなんて、それこそ正当性が全くないわ」

 病室内がシン……と静まり返る。ああ、歯がゆい。きっと、ルブルムの連中は、準々決勝の相手は、だからこそ、彼女を準決勝に進ませまいとあんな暴挙に出たのだから。

 しかし、彼女とて、それが分からないわけではない。むしろ、重々承知で、なおも結果を受け入れようとしているのだ。この中で一番悔しいのはリューシェ様に違いない。

 だからこそ、彼女の言葉には悲哀を感じるほどの重みがあった。

「ジェルヴェ、貴方が私のために発言力を振りかざして何かをすればするほど、大陸とノースの溝は深まるの。分かりあう道がどんどん遠ざかるのよ。貴方の力を借りて主席になったって、意味が無いの。ルブルムの人たちは勿論、他でもない、私自身が、納得できないのだもの」

「リューシェ、あんな奴らと分かり合えるなんて本気で思うのかい。君を惨たらしく傷つけて笑っていた、救いようのない連中だ。あんな奴ら、君がどんなに正当に主席の座を手に入れても、一切変わりやしないよ……」

「ねえ、ジェルヴェ。貴方にとってのノースは、少し前まで、ニンフィールドにとっての大陸だったわ。綺麗ごとかもしれない。分かってる、それでも……ノースは、私の大事な二人の故郷よ。だから、分かり合って、手を取り合う可能性だけは、諦めたくないの」

 ああ、ノースに息づく当事者である私たちですら諦めかけていることを、彼女は。

 あんなに惨たらしく傷つけられて、あんなに名誉を貶められて……それでも、なお。

 レナンドルが、俯いた私の背中をゆっくりと撫でてくれた。まるで、大丈夫だと……そう、勇気づけるような、そんな手のひらだった。

「リューシェ、君は、見ていて危なっかしいよ。だから、目が離せないし、手を出さずにはいられない……許してくれ、どうか分かって。僕は、君が謂れなき悪意に傷つけられることこそ、何よりも耐えがたいんだ」

「私は、覚悟の上でここに来た。そのおかげで、貴方たちに出会えたわ……ごめんなさい、ジェルヴェ。貴方は気遣ってくれているだけなのに、きつく当たってしまった」

 リューシェ様はしおしおと肩を落とし、ジェルヴェの胸倉から手を離して項垂れた。さっきの剣幕には、くやしさゆえの八つ当たりも含まれていたからだろう。

 ジェルヴェが一つあからさまな咳払いをした。なるほど、私たちはお邪魔虫か。私が目覚めた後のレナンドルとのやり取りはしっかり傍で見てたくせに。ナチュラルボーン傍若無人プリンスが。

 しかしまあ、無粋なことはするまい。私たちは訳知り顔でさりげなく病室を出た。誰かさんと違って私たちは空気が読めるのだ。ここまできて下手こいたら許さんからな。

「来年はダブルデートできるといいな」

「さ、三角関係でおデートなさるのですか……!? いやまあでも、お三方なら、成立する、のか……そうなるとジェルヴェ殿下が両手に百合と牡丹と言う構図に……? なんてこと、前世でどんな徳を積めばそんな贅沢なことが……っ」

「ああ……誰か助けてくれ」

 レナンドルは苦虫を百匹噛み潰したようないっそ草臥れた顔で額にパチンと手を当て、天を仰いだ。

 なんだなんだ、誰だ私のかけがえのない推しをこんなにも困らせるやつは。

 任せてくれ、そんな不届者はこの私が吹き飛ばしてくれようぞ。

 しかし、そんな気合も虚しく、レナンドルは何故か私の頬を両側から引っ張りながらため息をつくだけだった。
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