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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!

第四十七話

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「ディザリオレラぁ!? あそこにはこの国の人口の半分にも及ぶ数の魔獣が巣食っているんだよ、いくらあの女でも、そんな群生地に足を踏み入れれば、ひとたまりもなく捕食されておしまいじゃないか、流石に!」

「そうならそれでいい。でも、あの人の執念なら、どんなに迂遠な手を使っても、ことを成し遂げるだろう。アンタも言ってただろ、あの母親ひとはきっと、いまも国家転覆の機会をうかがっているに違いないって。もし、この5年間、少しずつ、魔獣たちを支配下におさめていったのだとしたら? あの母親ひとが魔獣の軍勢を率いて襲撃を画策したなら、間違いなく、この国は想像もつかないほどの被害を受けることになる……!」

 バチンと一閃、スパーク音が鳴り、俺とミュルダールが咄嗟にそちらを振り向くと、そこには、剣呑な光を紫眼に宿したジルラッドが立っていた。

「話は聞いていました。誰よりもあの女の思考回路を理解している兄上がそうおっしゃるのです。調査に踏み出す理由としては十分でしょう」

 あまりに話が早すぎる。その早さときたら、俺たちの方が置き去りにされてしまうほどで、俺とミュルダールは数秒ほど顔を見合わせた後、やや冷や汗をかきながら再びジルラッドを見た。

「いやいやいや、待ちたまえよ、殿下。そもそも君、今は枢機卿との会談中じゃなかったかな?」

「化石のような脳みそをした老害との長話よりも、こちらの話の方が重要だと判断したまでだが」

「それはそうだがね、だからって、君、あの忌み地にどうやって調査隊を派遣しようというんだい? 生きて帰ってこれる保証など全くない調査だ、誰に命じたって、辞表が返ってきておしまいだよ」

「……? なぜ、誰ぞ派遣する前提で話している? 私が行くに決まっているだろう」

「「なんて!?」」

 めちゃくちゃ危険であることが担保されている場所に、王太子自ら出向くだなんて。器が大きいことで有名な、さしものウルラッド陛下でも、間違いなく首を横に振るだろう。

 まさか、ジルラッドがこんなにも気が早いものとは思ってもみなかった。まあでも、この子だって、あの母親に散々虐げられて育ったからなぁ、積もる恨みも人一倍ということか。

「……ジル、元々そのつもりだったけど、君が行くなら尚更、俺も行くぞ」

 おもむろに立ち上がりつつ、俺は真っ直ぐにジルラッドを見据えた。

 ジルラッドはやる(殺る)気に満ち溢れた瞳から一転、虚を突かれたように目を見開く。なんでや、俺も行くに決まってるじゃんか。

 まあ、本当はミュル叔父を引きずって二人で行こうと思ってたんだけど。

 正直、あの母親ひとのことで、これ以上ジルラッドの手を煩わせたくないって思っていることに、今も変わりはないんだよな。ジルラッドがどんなに最強でも、兄貴としては、可愛い弟に危ない目に遭って欲しくないし。

 え? ミュル叔父はどうなんだって? どんな目に遭わせても、俺が死なせないから大丈夫っしょ! まかセロリ!

「それはダメ、駄目です! 兄上を魔獣の巣窟などに連れて行くわけにはいきません。どうか、何も心配召されず、ここで待っていてくださいませんか」

「いいや、俺は宝箱に仕舞われているだけの男じゃない。殴る蹴るなどの暴行も出来ないことは無い聖者ヒーラーだということを王宮の人たちに証明してやるのさ!」

 どれ、見てみなさいこの力こぶを! カッチカチ、ではないけど! 光魔法を応用して筋繊維を脱法超回復バルクアップしてやりつつ、拳を叩きこめば、セイントパワーか何かしらで魔獣も吹き飛ぶんじゃないかな! パワー! ヤー!

 うん、イメトレ(だけ)は完璧。大丈夫、大丈夫……多分。心の中のき〇にくんも笑顔で頷いていますしおすし。

「兄上……そうやって、兄上はすぐ無理をなさるから、僕は生きた心地がしないんです……」

「そんな言われても、ジルに全部丸投げだけは嫌だもんね。それに、君の傍にいるのが世界で一番安全だろ? 俺もジルが怪我したらすぐに治癒できる方が安心だし、死んでも足手まといにはならないからさ」

 ジルに言ったら怒るだろうけど、絶対に死なない肉壁兼肉枷なら任せてほしい。何なら、目玉おやじサイズまで縮んでポータブルヒーラーにだってなれるんだぜ? ポ〇モンならぬポケ兄、どう、便利じゃね?

 しかし、なおも渋面のジルラッドは、足手まといなんていくらでもなってくれていいから、死ぬことだけはやめてくれ、と言った。まるで置いていかれた仔犬のような顔をして、俺をここに置いて危険な場所に行こうとするのだから、不思議なことである。

「兄上が望んでくださるなら、傷一つ負わず帰還してみせます。だから……」

「多分ガチで出来るんだろうからすげえよな……でも、それでも、俺は行くよ。俺の母親のことだから……俺が、落とし前つける」

 それは、それだけは、譲れない。きっと、主人公さいきょうのジルラッドなら、あの母親ひとや、幾万幾百万の魔獣を相手にしても、傷一つ負わず、俺の下に帰ってきてくれるのだろう。でも、それで清算できるのは、ジルラッドとあの母親ひととの確執だけであって、俺とあの母親ひとの因縁は、俺の中にずっと残り続けるだろう。

 他でもない、俺自身が、あの母親ひとへの恐れを乗り越えないといけないのだ。そうでなければ、おれはきっと、ジルラッドが俺に齎してくれる幸せを、抱えきれずに取りこぼしてしまうだろうから。

「……それなら、僕は、片時も貴方の傍を離れず、お守りしたい。お許しくださいますか」

「ああ、分かった。絶対に傍を離れないって約束する。俺も君の力になろう」

「兄上が傍にいてくださるのです。それだけで、僕は、何者にも負けない剣士になれましょう」

 どこか恍惚めいた瞳を細め、ジルラッドは凛々しく微笑んだ。まるで、この時をずっと待ち詫びていたと言われているようで、何とも面映ゆいことだった。
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