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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!

第四十八話

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「じゃあ、そういうことだから。ミュル叔父も用意よろしく」

「え、これ僕も道連れなの? 僕なんならまだ殿下がディザリオレラに赴くことに反対してる立場だけど」

 なんだよ、まだそのレベルなの? そんなんじゃ乗り遅れるぜ、このビッグウェーブに!

 ジルラッドも同じ感想のようで、呆れかえったように大きくため息を吐き、腰に佩いた剣の柄を手のひらで押さえ、パチパチとスパークを迸らせる。

「ニレス師よ、貴様、この弟子を誰と思って、魔獣如きに後れを取るような取るに足らぬ魔術師として育てたのか? もしそうであるというなら、分かっているだろうな」

「その物言いは卑怯だろう!! この僕が手塩をかけて育てた弟子で、他でもない、君だぞ!?」

「分かっているのではないか。ならば、何を恐れることがある? よもや、今更惜しむ命があると言うのか? それなら、今すぐにでも私が引導を渡してやろう」

「何にせよスグ殺そうとするのやめてくれない? 僕が可哀そうだとは思わないのか」

「「いや……全然」」

「ワ……四面楚歌ァ……」

 ミュル叔父が頭を抱える中、ジルラッドは「ようやく兄上とハモった!!」なんてことではしゃいで、キラキラが溢れる顔で俺を見る。うん、今日も俺の弟がかわいい。

「ハァ……まあ、君主の我儘に付き従うのも配下の務めか……空振りだったらどうしてくれよう、この甥っ子」

「書き下ろしジルラッドブロマイドで手を打とう」

「乗った」

「ワァ……オタクってチョロいなァ」

 コイツ、俺のことは散々憎んで殺そうとしたくせに、俺が描いたジルラッドの肖像は欲しがるんだよな。もしかして、聖人としての禊をさっさと受けさせずに、ジルラッドの肖像を描かせようとしたのも、ただの私利私欲だったのか?

「だって、幻の巨匠セイントの新作だよ!? しかも、成人した殿下を描いた肖像はこの世に出回ってない……! ただでさえ、どっかの誰かさんが複製と流通を制限してるばっかりに、君の作品、すっかりプレミアがついてるんだぞ!?」

「当然だろう。兄上の作品をそう容易く余人の目に触れさせてなるものか。父上に言われて仕方なく何作か貸し出した時も断腸の思いだったというのに、許可なく立太子記念紙幣に肖像として使うだけにとどまらず、貴族向けに複製を頒布するなど……おのれグンナー・ヨハンソン、私が即位した暁には必ず、地方に飛ばしてすりつぶしてやるからな、あのすれっからしの若狸……!」

 しれっと俺の作品がいくつか世間に出回っているような言い草ですけど、マジですか? いやまあいいんだけどね!? ジルラッドにあげたもんだから、好きに扱ってもらっても……。評価されるのもまあ、嬉しいっちゃ嬉しい、し。

「ごめんミュル叔父、やっぱなし。恥ずかしくなってきた」

「頼む……! せめてあの未完作を完成させるだけでいい! 描いてくれたら、死地でも地獄でもどこでも行くから!!」

「複製と流通禁止。無断転載お断り!」

布教なんてそんなことするもんか! 独占するに決まってらぁ!」

「流石は同担拒否オタク……いいだろう、決まりだ」

 交渉成立、俺とミュル叔父はがっしりと握手した。1秒にも満たぬ瞬間で、ジルラッドが俺の手からミュル叔父の手をはたき落とし、俺の手を奪取してグルルとミュル叔父を威嚇。

 さしもの同担拒否オタクもあきれ顔だ。そんな、「おたくの教育どうなってんの?」みたいなジト目を俺に向けられても困るが。どっちかって言えばこの子に教育した覚えがあるのはアンタのほうだろ。

 +++

 さて、そんなこんなで、さっそく翌日にはディザリオレラへ発った俺たちだったが。

「「「……」」」

 人目を忍んで王宮から脱出し、ミュルダールのツテで、魔術組合の本部の転移ポータルを使わせてもらい、忌み地の封印陣の維持・管理メンテナンスを担う少数人口の地方都市「シェリジーヌ」へと直行。

 したはずだった。

 しかし、転移中の、やけにザラザラとした手触りに違和感を覚えた矢先、まるで吐き出されるように到着した……否、先は、組合の支部局などとはとても思えない、荒廃した石窟の暗闇の中で。

 明滅しながら、壊れかかったカラクリのようにぎこちなく回転し続ける魔法陣の、ほの白んだ光に足元を照らされつつ、困惑のあまり、俺たち三人は無言で顔を見合わせるしかなかったのである。

 ふと、擦り切れてしまったパルックのようだった魔法陣の光が、まるで力尽きるように消えた。石窟の中の唯一の光源が無くなり、重苦しい暗闇が空間に充満する。

 ミュルダールが咄嗟に魔杖を顕現させ、光源を作ろうと魔力を漲らせたが、その前に、再び小さな光の集合が魔法陣から浮き上がった。

 暫く不定形のまま蠢いていたソレは、やがて一話の小さな鳥の形になり、チュイチィイと鳴きながら、立ち尽くす俺たち三人の周りを旋回する。

 よくよく目を凝らすと、尾の部分が二股に分かれていた。分かるのは光の輪郭だけで、ディテールまで見えるわけではないが、あの特徴的な尾は、燕だろうか。

 取り留めもなく、そんなことを考えながら、凝視していた俺に気付いたのだろうか、その鳥はおもむろに俺の眼前で滞空し始め、羽を慌ただしくバタバタはためかせた。

 俺は咄嗟に両の掌を差し出す。すると鳥はチョンと俺の指先に着地し、ジュイジュイと鳴いた。心なしか、俺たちに何か伝えたいことがあるような、切迫した鳴き声に聞こえてならなかった。

「こんな場所に、聖獣をかたどったエーテル体とは……転移術式に介入したのも、コイツの仕業か。にしては魔力の気配が微弱な気もするけどね」

 思案と苛立ちを声色に滲ませるミュルダール。魔法陣から出現した魔力光の集合体であるという時点で、状況証拠としては十分だろうが……確かに、魔術組合の転移術式に介入できるほどの力をこの鳥が持っているとは思えない。

 それに、この鳥に、俺たちへの害意があるとはどうしても思えないのだ。無邪気に邪気を振り撒く妖精とも違う……どちらかと言えば、精霊と言う方がしっくりくるのである。

「術式に介入したからこそ、これほどまでに消耗したとすれば、得心がいく。組合謹製の術式だ。どんなに大きな力を持った精霊と言えど、介入などすれば、払わされる代償は大きい。しかし、そうなると、そこまでしてでも、私たちをここに呼び寄せねばならなかった目的が、この鳥にあるということになるが……」

 まるで、俺の直感的な感想を代弁してくれたように、ジルラッドが淡々と呟く。「その通りだ」とでも言うように、鳥も俺の手のひらで飛び跳ねながらチピピと囀った。

「そもそも、ここはどこなんだろうねぇ。文明の気配は、この消えかかった魔法陣だけ。よくぞこんな化石みたいな古臭い陣で僕たち三人を五体満足に呼び寄せることが出来たものだよ」

 やや大げさに身震いしてみせるミュルダールに、鳥はチチチと鳴きながら、すまなそうに身を竦ませる。なんとも情感豊かなことだ。

 この鳥の正体は分からないが、少なくとも、俺たちの喋っている内容を理解しているように思うのだが、果たして。

「なあ、トリ=サン。とりあえず、ここから外に出てこの場所の手掛かりについて探りたいところなんだが、案内してもらうことって出来るか?」

「うわ。いい年した甥が鳥に話しかけ始めた。生き恥ポイント加点」

 いい年していちいち茶々を入れるな若作り三十路男。喧嘩即売会は今度だ今度、俺はもうアンタからはいちいち買わんがな!

 さておき、俺の言葉にしばしフリーズしていた鳥だったが、暫くして、チュイ、と一つ鳴き、二股の燕尾から軌跡のような光の残滓を零しつつ、飛び立っていった。恐らくその光の後をついてこいということだろう。

 俺たち三人は、ひとつ顔を見合わせて、何も言うことなく頷き、ジルラッドを先頭に歩き出したのだった、
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