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377 菩提樹
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「教会が見えてきた……!」
「坊ちゃま! もうすぐですからね……!」
年老いた女性に手を引かれ、杖を突きながら覚束ない足取りで歩く青年。その二人を守るように、年老いた男性が剣を持って先を進む。
普段と変わらぬ慣れた暗闇の視界。だが、同じなのはこの暗闇だけだ。いつもと違う焦げ臭い匂いに、嗅いだ事のない鼻をツンと突く不快な匂い。パチパチと何かが燃える音と肌にひりつく熱気。何人もの疲労した息遣いが聞こえては、簡単に自分たちを追い越していく。
「……ナンシー、ルーバン、もういいよ。私を置いていって……」
占いで視えた幸せな未来。それを実現する為に少しの期間だけ王都に滞在する予定だったのに、こんな事になるなんて……。
「何て馬鹿な事を……!!」
「いくら坊ちゃまでも許しませんよ!!」
普段の二人からは想像もつかない激しい口調に、思わず肩がびくりと跳ねる。
「でも……」
「そんな事より、あなた! 早く教会に向かいましょう!」
「大丈夫……! 私たちが守りますからね……!」
そう言いながら、ナンシーは先程よりも強く自分の手を握り締める。まるで絶対に離さないと訴えているようだった。
生まれつき目の見えない自分を疎ましく思っていた実の両親。そんな時に雇ったばかりの使用人夫婦に、目の見えない自分の世話を命じた。
そんな面倒を押し付けられたのにも拘らず、使用人夫婦のナンシーとルーバンは自分を普通の子と同じように、まるで二人の本当の子のように接してくれた。
もう自分ではハッキリと覚えていないけれど、いつからか触れた人間の少し先の未来が分かるようになっていった。それが使用人たちの間で評判になり、それを知った両親と親しかった貴族にも伝わっていくようになる。
良い事も悪い事も、幼かった自分は包み隠さず話していた。それを危惧したのか、二人は「あくまでも占いに過ぎない」と、「全て自身で判断する事」「責任は負えない」という事を念を押して伝えていた。自分たちよりも身分の高い貴族相手にだ。
時には自分の思った結果ではないと憤った相手に、代わりに殴られもした。脅されるような事もあった。
だけども変わらず、いつだって毅然とした態度で二人は傍にいてくれた。
きっと幼い自分を思いやっての事だろう。両親に代わって、ずっと守ってくれていた。
色も形も、二人の顔さえも分からないのに、頭に浮かんできた二人の幸せそうに笑う顔。年月を重ねるごとに増えていく手の皺に、急がねばと必死だった。
それを実現させる為だけに無理を言って土地を買い始めた。
誰にも邪魔させたくない。自分の大切な場所。
二人に恩返しをする為に。
やるせない感情のまま手を引かれ教会に向かっていると、前方で悲鳴が上がる。そして魔物と思われる咆哮と共に血の匂いが漂ってきた。
「二人とも……! 静かに……!」
ルーバンが小声で僕の肩を抱いて、体ごと歩む方向を変えさせる。
「坊ちゃま、このまま真っ直ぐ進んだところに大きなリンデンの樹があります。そこにナンシーと共に隠れてください」
「行きましょう、坊ちゃま」
そう囁くとルーバンの手が離れ、代わりにナンシーの手が己の肩を抱いてそのまま歩み始める。
「ルーバン、ルーバンは……?」
「坊ちゃま、行きますよ」
「ナンシー! ルーバンの声がしない……!」
自分の声が聞こえていないかのように、肩を抱きどんどん前に進んで行く。堪らず振り返り、そこに居るであろう彼に向かって名前を呼ぶ。
「早く行きなさい!!」
ルーバンの叫ぶ声と共に、近くで魔物の唸る声が聞こえた。それと同時に広がる血の匂い。
「ルーバン……ッ! イヤだ! 戻ってきて……!」
「坊ちゃまッ……!!」
ナンシーの手を振り切り、杖を投げ出しルーバンの声がする方へと駆け寄る。
目の見えない自分が行ったところで魔物の餌になるだけだ。だけどそんな事考えたところで意味がない。
「坊ちゃまッ!!」
後ろでナンシーの悲鳴が聞こえる。
そして目の前にいるであろう、色濃く感じる死の気配。
分かっていた筈なのに、見えない目をぎゅっと瞑る。
それと同時に、なぜか自分の周囲にひんやりと凍てつく様な冷気を感じた。
「……ふぅ。間に合いましたぁ……」
その声に不思議と安心し、意識が遠くなっていくのを感じた。
◇◆◇◆◇
今回はテオドール視点です。
・テオドール:占い(?)が出来る盲目の青年で貴族の生まれ
・ナンシー:使用人兼テオドールの乳母
・ルーバン:ナンシーの夫で使用人
「坊ちゃま! もうすぐですからね……!」
年老いた女性に手を引かれ、杖を突きながら覚束ない足取りで歩く青年。その二人を守るように、年老いた男性が剣を持って先を進む。
普段と変わらぬ慣れた暗闇の視界。だが、同じなのはこの暗闇だけだ。いつもと違う焦げ臭い匂いに、嗅いだ事のない鼻をツンと突く不快な匂い。パチパチと何かが燃える音と肌にひりつく熱気。何人もの疲労した息遣いが聞こえては、簡単に自分たちを追い越していく。
「……ナンシー、ルーバン、もういいよ。私を置いていって……」
占いで視えた幸せな未来。それを実現する為に少しの期間だけ王都に滞在する予定だったのに、こんな事になるなんて……。
「何て馬鹿な事を……!!」
「いくら坊ちゃまでも許しませんよ!!」
普段の二人からは想像もつかない激しい口調に、思わず肩がびくりと跳ねる。
「でも……」
「そんな事より、あなた! 早く教会に向かいましょう!」
「大丈夫……! 私たちが守りますからね……!」
そう言いながら、ナンシーは先程よりも強く自分の手を握り締める。まるで絶対に離さないと訴えているようだった。
生まれつき目の見えない自分を疎ましく思っていた実の両親。そんな時に雇ったばかりの使用人夫婦に、目の見えない自分の世話を命じた。
そんな面倒を押し付けられたのにも拘らず、使用人夫婦のナンシーとルーバンは自分を普通の子と同じように、まるで二人の本当の子のように接してくれた。
もう自分ではハッキリと覚えていないけれど、いつからか触れた人間の少し先の未来が分かるようになっていった。それが使用人たちの間で評判になり、それを知った両親と親しかった貴族にも伝わっていくようになる。
良い事も悪い事も、幼かった自分は包み隠さず話していた。それを危惧したのか、二人は「あくまでも占いに過ぎない」と、「全て自身で判断する事」「責任は負えない」という事を念を押して伝えていた。自分たちよりも身分の高い貴族相手にだ。
時には自分の思った結果ではないと憤った相手に、代わりに殴られもした。脅されるような事もあった。
だけども変わらず、いつだって毅然とした態度で二人は傍にいてくれた。
きっと幼い自分を思いやっての事だろう。両親に代わって、ずっと守ってくれていた。
色も形も、二人の顔さえも分からないのに、頭に浮かんできた二人の幸せそうに笑う顔。年月を重ねるごとに増えていく手の皺に、急がねばと必死だった。
それを実現させる為だけに無理を言って土地を買い始めた。
誰にも邪魔させたくない。自分の大切な場所。
二人に恩返しをする為に。
やるせない感情のまま手を引かれ教会に向かっていると、前方で悲鳴が上がる。そして魔物と思われる咆哮と共に血の匂いが漂ってきた。
「二人とも……! 静かに……!」
ルーバンが小声で僕の肩を抱いて、体ごと歩む方向を変えさせる。
「坊ちゃま、このまま真っ直ぐ進んだところに大きなリンデンの樹があります。そこにナンシーと共に隠れてください」
「行きましょう、坊ちゃま」
そう囁くとルーバンの手が離れ、代わりにナンシーの手が己の肩を抱いてそのまま歩み始める。
「ルーバン、ルーバンは……?」
「坊ちゃま、行きますよ」
「ナンシー! ルーバンの声がしない……!」
自分の声が聞こえていないかのように、肩を抱きどんどん前に進んで行く。堪らず振り返り、そこに居るであろう彼に向かって名前を呼ぶ。
「早く行きなさい!!」
ルーバンの叫ぶ声と共に、近くで魔物の唸る声が聞こえた。それと同時に広がる血の匂い。
「ルーバン……ッ! イヤだ! 戻ってきて……!」
「坊ちゃまッ……!!」
ナンシーの手を振り切り、杖を投げ出しルーバンの声がする方へと駆け寄る。
目の見えない自分が行ったところで魔物の餌になるだけだ。だけどそんな事考えたところで意味がない。
「坊ちゃまッ!!」
後ろでナンシーの悲鳴が聞こえる。
そして目の前にいるであろう、色濃く感じる死の気配。
分かっていた筈なのに、見えない目をぎゅっと瞑る。
それと同時に、なぜか自分の周囲にひんやりと凍てつく様な冷気を感じた。
「……ふぅ。間に合いましたぁ……」
その声に不思議と安心し、意識が遠くなっていくのを感じた。
◇◆◇◆◇
今回はテオドール視点です。
・テオドール:占い(?)が出来る盲目の青年で貴族の生まれ
・ナンシー:使用人兼テオドールの乳母
・ルーバン:ナンシーの夫で使用人
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