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173 蓄音機とオトナの時間

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「お、オリビアさん……。僕、これ、見た事あります……」

 オリビアさんが抱えてきたのは、どこからどう見ても昔の蓄音機っていう物だと思うんだけど……。

「あら! 本当!? どうやって使うか分かるかしら……?」

 オリビアさんの目が、もしかしたらと僕に期待を寄せているのが分かった。
 だけどテレビで見た事があるだけで、使い方までは……。
 ん~と、たぶん、針の先にレコードがあった筈……。

「あれ……? レコードがない……」
「レコード?」

 蓄音機を覗くと、そこにはターンテーブルがあるだけ……。
 肝心なレコードがないと音が出ないんだけど……。

「オリビアさん、これと一緒に黒くて薄い、円盤の形をした物がありませんでしたか?」
「黒くて薄い……? えぇ~っと……、確かここに……」

 そう言うと、オリビアさんはまたクローゼットの中を漁りだす。

「あ! あったわ! ユイトくんが言ってるのってこれかしら?」

 オリビアさんが抱えてきた木箱には、大量に収納されたレコードが。

「こ、こんなに……?」
「どう? これで合ってるかしら?」

 オリビアさんはワクワクとした目で僕の様子を窺っている。
 どうやら同じダンジョンでドロップされたけど、階層は別々だった為に誰もセットで使うとは思ってもみなかったそうだ。
 他にもヴァイオリンやトランペットなんかも出てきたらしい。
 もしかして、音楽関連向けのダンジョンとか?

「これは売りには出さなかったんですか?」
「一応出したんだけど、このチクオンキ? って言うのは私が貰っちゃったし、まさかセットで使うと思ってなかったから、用途不明で買取金額が低かったのよねぇ~……。まさか今になって日の目を見るとは思わなかったわ!」

 嬉しそうに蓄音機を撫でてるけど、僕も見た事があるだけで使い方までは……。
 だけど、確かテレビでゼンマイを巻いてた記憶が……。

「自信は無いんですけど、触ってみてもいいですか?」
「えぇ! どうせこの部屋に埋もれてたんだもの。もし壊れたって今更どうってことないわ!」
「そ、そこまで言ってくれるなら……。ちょっとやってみますね……」

 僕は緊張しながらも蓄音機の横に付いているゼンマイを握り、ゆっくりゆっくりと確かめる様に回していく。
 そして木箱の中から一枚のレコードを取り出して蓄音機にセットし、ターンテーブルを止めているピンを外す。

「まぁ!」
「動いたぁ~!」

 ゆっくりとレコードが回りだし、オリビアさんも僕も思わず声が出てしまう。
 だけど、肝心なのは次だな……。もし音が出なかったらどうしよう……。
 そんな事が頭を一瞬過ぎるが、ここまで来たら一か八か。
 僕は回っているレコードの上に、針をそ~っと置いてみた。


 ジジジ……、

 ♪~


「す、スゴイ……! こんなに素敵な音が……!?」

 ジジジ……、と音が鳴り、次の瞬間、軽快なアコースティック・ギターの音色が聴こえてきた。オリビアさんは食い入るように蓄音機を見つめ、そのキレイな音色に耳を傾けている。
 僕はちゃんと音が出た事にホッとし、この音楽は店のBGMに使えるかも……、なんて考えていた。
 だってラジオも無いし、これなら店内でゆったり過ごせるかも!

「オリビアさん、他の曲もどんなのがあるか聴いてみてもいいですか?」
「え? えぇ! 私も聴いてみたいわ……!」
「じゃあ、次は~……、コレ!」

 僕は目についた一枚をパッと引き抜き、早速セットする。
 すると、今度はしっとりとしたピアノの音色と、甘い大人な雰囲気のサックスの音が流れてくる。
 なんか、この曲はバーとか夜のイメージだな……。

「な、何この音……! とっても素敵……!!」

 オリビアさんは口を押さえ、うっとりとした様子で曲に聴き入っている。
 これはオリビアさんとトーマスさんがお酒を飲むときにかければ、家でバーの雰囲気を味わえるんじゃ……?
 だけど、僕にはまだちょっと早いかな……!

「オリビアさん、もし良かったらこの蓄音機をお店に置いて、曲をかけながら営業しませんか?」

 どうせなら、お店に来るお客様たちにも聴いてほしいな。
 だけど大切な物だろうし、どうかな? なんて思っていると、

「いいわね! こんなの音楽家を雇える貴族か、余程の高級店じゃなきゃ聴けないもの! 明日からやってみましょ!」

 ルンルンと笑顔を浮かべ、オリビアさんは音楽に聴き入っている。
 だけど……。

「オリビアさん……、これ……」
「え? なぁに?」

 僕たちの周りは片付ける前よりも散乱し、服や防具で足の踏み場もない。
 これはレティちゃんの退院日までに間に合うんだろうか……?

「オリビアさん、蓄音機は一旦封印して、片付けに専念しましょう……!」
「そ、そうね……! 時間がないものね……!」

 名残惜しいが一旦レコードを止め、僕たちは片付けをする為にもう一度気合を入れ直す。

「よし! レティちゃんの為に、お部屋をキレイにするわよ!」
「はいっ!」

 それから僕たちは、トーマスさんが呼びに来るまで真剣に部屋の片付けに集中していた。





*****

「ハハハ! まさか昔のドロップ品に夢中になっていたとはな!」

 夕食の時間、トーマスさんは一向に部屋から出てこない僕たちを心配して、わざわざ呼びに来てくれた。
 僕もオリビアさんも、まさかそんなに時間が経っているとは気付かず集中し過ぎたみたい。

「あら! トーマスだって聴いたら分かるわ! ユイトくん、かけてもらってもい~い?」
「はい、じゃあさっきのオリビアさんの気に入ってた曲にしましょうか?」
「えぇ! お願いするわ!」

 オリビアさんがうっとりしていた二曲目のジャズっぽい音楽。
 トーマスさんがどんな反応をするか楽しみだ。
 早速レコードに針を落として……、


 ジジジ……、

 ♪~


 しっとりとしたピアノの音色と、甘い大人な雰囲気のサックスの音。
 これを聴いたトーマスさんはポカンと口を開けて放心状態。

「どう? 素敵でしょう?」

 オリビアさんはトーマスさんの様子を見て、満足げに目を細めた。
 ハルトとユウマもフォークを置いて、曲に聴き入っている。
 メフィストは曲に合わせているのかな? 楽しそうに体をゆっくりと揺らしている。


「驚いたな……。こんな素晴らしい物だったなんて……」

 一曲流し終わり、トーマスさんはやっと言葉を発した。
 予想以上に気に入ってもらえたみたいで、オリビアさんも嬉しそう。

「ユイトくんが提案してくれたんだけど、これを明日からお店で使おうと思ってるの。とってもいいと思わない?」
「あぁ、これなら皆も驚くだろうな。さっきの曲を店で?」
「この曲はちょっと大人なイメージなので、もう少し明るい曲を流したいなと思ってるんですけど……。さっきのはどちらかと言うと、夜に流れてたら雰囲気があっていいんじゃないかなぁと」

 いつか夜にお店を開ける時が来たら、こういう曲を流してもいいかも知れないな~。
 その時は僕も、トーマスさんみたいに渋い大人になってるかも……!

「なるほど、夜か……。確かにそうかもしれないな……」
「そうね、お酒を飲みながらなんて良さそうねぇ~」
「それなら、トーマスさんとオリビアさんが家でお酒を飲むときにどうですか?」

 僕の言葉に、二人は驚いたようにこちらを見つめている。

「オレたちが?」
「家で?」
「はい! たまにはゆっくりお酒でも飲んで、お二人の時間を作ってもいいんじゃないかと……」

 いつも僕たちに付きっきりで、二人きりのゆっくりした時間が取れないのが申し訳ないと思ってたんだ。

 気を利かせたつもりなんだけど、二人の顔からどんどん笑みが消えていく……。
 あれ? なんか変な事言ったかな……。

「ま、まぁ……。ハルトたちがもう少し大きくなってからな……」
「そ、そうね……。今はユウマちゃんもメフィストちゃんも小さいし、もう少し大きくなってからね!」

 トーマスさんは気まずそうに、オリビアさんは薄っすらと頬を赤く染めている。

「そうですか……? 遠慮しなくてもいいのに……」
「いやいやいや……! さすがになぁ……」
「そうよ? でも気を使ってくれたのよね? ありがとう!」

 なぜか慌てている二人に、おかしいなぁと思いながらも僕は蓄音機を片付ける。
 さっき気付いたんだけど、この蓄音機レコードが五枚一気にセット出来て、しかもリピート機能も付いていた!
 なんて高性能……!
 いや、高性能かどうかは実際分からないんだけど……!

「あ、もしお二人で飲むなら、いつでも言ってくださいね? 僕たち早めに寝ますので!」

 笑顔でそう伝えると、トーマスさんもオリビアさんも子供がそんな事気を使わなくていいと少しだけ怒られてしまった……。





*****

「まったく……。ユイトは変なところで気を使うからな……」
「ホントねぇ……。ちょっとビックリしちゃったわ……」
「あぶぶぅ~!」
「メフィストちゃんもそう思うわよねぇ~?」
「まぁ、この子たちが大きくなってから、また二人でのんびりしよう」
「そうね。今まで二人だったものね。今はこの賑やかな我が家を楽しみましょう」
「あぃ~!」
「ふふ! メフィストちゃんもユイトくんたちも、皆将来どういう風に育つか今から楽しみね?」
「あぁ、皆が大人になるまで見届けよう」
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