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7 出会い⑦
しおりを挟む村に九時課を報せる教会の鐘が鳴り響く。
もうこんな時間かと少年の頭を一撫でし帰ろうと腰を上げた瞬間、彼の睫毛が静かに震え、ゆっくりと瞼が上がる。
そして、綺麗なヘーゼルの瞳と目が合った。
「……ぁ、の……、」
あなたは?
その言葉に、ハッと我に返る。
「……え? あ、あぁ! よかった……! 意識が戻ったんだな、オレの名はトーマスだ」
突然の事で、咄嗟に言葉が出てこなかった。何たる失態。
「ぁ、僕は……、ユイト、です……」
「君の弟たちはいま、オレの家で妻と一緒だ。怪我もないし、何も心配は要らない」
今朝もスープとパンを美味しそうに頬張っていたよ、と伝えると、弟たちの無事を聞いた途端、彼の瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出てきた。
「……ぅ、ぁりがと、ック……、ござぃま、すッ……」
礼を言いながらも小さく肩を震わせ、我慢できずに嗚咽を漏らす彼を見て、大丈夫、頑張ったな、と小さい子をあやす様に抱き寄せた。一緒に暮らそうという提案は、彼が泣き止み落ち着いてからにしよう。
コンコン、と病室の扉を控えめにノックする音が聞こえ振り向くと、先程まで患者を治療していたのであろう、少しくたびれた様子のカーティスが立っていた。
「あれ? ユイトくん、どうしたんだい? トーマスの顔が怖くて泣いちゃったのかな?」
そう言いながらも、彼を見つめるカーティスの目は優しい色をしている。揶揄われたと思ったのか、ユイトは涙を服の袖でごしごしと拭い始めた。
あぁ、そんなに強く擦っては目が腫れてしまう、と慌ててそれを止める。
「ほら、腕を診せてごらん。……うん、内出血も少しマシになったね。他は? 痛みはないかい?」
「はぃ……。どこも、いたくないです……」
「ね? 昨日言った通り、トーマスは怖い顔だっただろう?」
「おい、カーティス……! そんなことを言っていたのか……!」
「やだなぁ~、冗談だって! 怖いけど優しいおじさんが来るよって教えただけ! ね!」
そんなオレたちのやり取りを見て緊張が解れたのか、ユイトはふふっと小さく笑った。空気が軽くなるのが分かる。
あぁ、早くこの子たち兄弟を会わせてやりたいな、と思った。
「ユイト、これも何かの縁だ。行く当てがなければ、下の二人と一緒にオレの家で暮らさないか?」
落ち着いてからと思っていたのに、ついポロっと口をついて出てしまった。
いきなりの提案に驚いたのだろう。今度は目をこれでもかと見開いて、おろおろとオレとカーティスを交互に見ている。
「あ~……。いや、無理にとは言わない……。しかし、ハルトもユウマもまだ幼いだろう? 二人を連れての旅は、とてもじゃないが許容できん。もし部屋を探したいなら手伝うが……。あの子たちは目を離せないだろう? だからしばらくはオレの家で……」
そう言ったところで、カーティスが堪え切れないというように腹を抱えて笑い出した。笑うカーティスとは対照的に、ユイトはこちらをジッと見つめている。
「ハハハハ! そんな! 必死にならなくても……ッ! トーマスはよっぽどこの子たちが可愛いんだねぇ!」
何がそんなにおかしかったのだろうか。むぅと腕を組み考える。もう既にと言っては何だが、あの二人には夫婦で絆されている自覚があるから仕方がない。そんなにおかしかっただろうか……。
ふと視線を上げると、ユイトと目が合った。
「……どうして、そんなに良くしてくれるんですか……?」
何か裏があると思われているのだろうか? とても真剣に訊ねてくる。
どうしてと言われても、自分でも上手く説明できないんだが……。
「う~ん……。昨日出会ったばかりなのに、おかしいとは自分でも分かってるんだ。それでも、ハルトとユウマに“おじいちゃん”と呼ばれてしまってな……。妻も“おばあちゃん”と呼ばれて喜んでいた。……それに、孫のことは目に入れても痛くないと言うだろう?」
オレたちのことは祖父母だと思えばいい、と言った瞬間、ユイトの瞳からまたぼろぼろと涙が溢れてくる。そんなに泣いて、身体中の水分がなくなるんじゃないかと心配するほどだ。
そしてまた服の袖でごしごしと涙を拭う。あぁ、またそんなに強く擦って……、と心配していると、何かを決心したようにユイトがこちらに顔を向けた。
「僕、家の手伝いでも、なんでもします……。どうか、よろしくお願いします……」
そう言って、ユイトはベッドの上で腰を折り礼をする。
顔を上げた彼と目が合った。
涙の膜が張ったように、その瞳にキラキラと陽の光が反射する。
あぁ、これから新しく家族になるこの少年に、この先幸多からんことを。
◇◆◇◆◇
※九時課とは午後三時のことです。やっと主人公を出せました。自分が書きたいと思っている場面までの道のりが長い。もっと楽しんでもらえるように表現力を身につけたいです。はやく兄弟をわちゃわちゃさせたい。
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