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一話
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* * *
千年も前のことだ。
あやかしとヒトが共に生きる道を選択したのは。
それは今ははるか昔──人間の和装も珍しくなかった頃のこと。
見目の異なることや生息域を巡って、両者の間には絶えず争いが起こっていた。
子が溺れたのは川のあやかしのせいだとか。
土が汚れたのはヒトの戦のせいだとか。
度重なる諍いに疲弊したあやかしとヒトは、話し合いを重ね、双方の安寧のため和平を結ぶこととした。互いの存在を認め、生命を脅かすことのなく暮らそうと、時の首領同士で約定を交わしたのだ。
以来あやかしとヒトはその間に線を引きつつ、大きな戦を起こすことなく同じ世を生きてきた。あやかしはあやかしの、ヒトはヒトの領域でそれぞれにそれぞれの生活を営んできたのだ。
しかし、その約定も長くは持たなかった。
どちらが、誰が、といったきっかけはない。
結んだ糸が知らず解けてしまうように、時の移ろいと共に、約定も段々と綻び始めたのだった。
それが顕著になったのは江戸後期の頃。あやかしはヒトの生息域が広がったことに不満を抱き、ヒトはあやかしの長寿を目に見えて妬むようになった。
いくら各々の領域を定めているとはいっても、同じ国に生きる者同士、微塵も関わらないでいることなど出来るはずもなく。そこかしこに、またしても諍いの種が散り始めてしまったのだ。
やはりあやかしとヒトは相容れない生き物なのか。
頭を悩ませた両者は再び話し合いの場を設け、そうして、一つの打開策を打ち出した。それが現在暁月たちの所属する政府直轄の組織――治安保全管理局の創設だった。
治安保全管理局の職員は、トラブルの抑制・回避のため、定期的に街を見廻り、あやかしとヒトの間に起こる事件の対処にあたることを目的とした。
主な仕事はあやかしの保護監視監督だが、言葉で言っても聞かない相手には、武力行使も認められていた。
あやかしの身体能力は、ヒトのそれを遥かに凌駕する。個にもよるが、嗅覚が優れていたり妖術を使ったりと、一般のヒトがあやかしに対処することはまず不可能で──そこで出番がくるのが暁月ら特殊訓練を受けた職員たちだった。
専門の機関であやかしの知識と対処の訓練を受けた彼らは、あやかしのみに有効な刃物や銃、呪布などを用いて、〝治安の保全〟にあたる。──千年も前から脈々と受け継がれてきたあやかしへの対処法だ。
よって彼らはそこに在るだけで牽制の意味をなし、国は、一応の平和を保っていた。
そして。
そんな歴史を背景に、ここ宵月町は昔からあやかしの町として営みを続けていた。
首都東京の地面を抉るように作られた半地下のその町は常に宵時のように薄暗く、縦横無尽に入り組んだ瓦屋根の町並みはあやかしさえ惑うほどの複雑な造りをしていた。
下へ下へと続くその町は七層まであり、様々なあやかしが暮らしている。
凜は、その宵月町で生まれ育った狐のあやかしだった。
親類はおらず天涯孤独の身で、今は定食屋【善】の近くに部屋を借りていた。
十四までは【宵月稲荷】神社で世話になっていたのだが、いつまでも頼るわけにもいかないと【善】で働き始めたのだ。
それから三年。凛は今年で十七になった。
始めの頃はビールを一本運ぶのにも戦々恐々としていたものだが、今では平然と定食とビールを左右同時に持てるまでに成長していた。
常連客とも打ち解け看板娘などと呼ばれるようになり、毎日を忙しく過ごしている。
治安保全管理局の職員、暁月と知り合ったのも、そんな風に忙しく店を回している、その時だった。
千年も前のことだ。
あやかしとヒトが共に生きる道を選択したのは。
それは今ははるか昔──人間の和装も珍しくなかった頃のこと。
見目の異なることや生息域を巡って、両者の間には絶えず争いが起こっていた。
子が溺れたのは川のあやかしのせいだとか。
土が汚れたのはヒトの戦のせいだとか。
度重なる諍いに疲弊したあやかしとヒトは、話し合いを重ね、双方の安寧のため和平を結ぶこととした。互いの存在を認め、生命を脅かすことのなく暮らそうと、時の首領同士で約定を交わしたのだ。
以来あやかしとヒトはその間に線を引きつつ、大きな戦を起こすことなく同じ世を生きてきた。あやかしはあやかしの、ヒトはヒトの領域でそれぞれにそれぞれの生活を営んできたのだ。
しかし、その約定も長くは持たなかった。
どちらが、誰が、といったきっかけはない。
結んだ糸が知らず解けてしまうように、時の移ろいと共に、約定も段々と綻び始めたのだった。
それが顕著になったのは江戸後期の頃。あやかしはヒトの生息域が広がったことに不満を抱き、ヒトはあやかしの長寿を目に見えて妬むようになった。
いくら各々の領域を定めているとはいっても、同じ国に生きる者同士、微塵も関わらないでいることなど出来るはずもなく。そこかしこに、またしても諍いの種が散り始めてしまったのだ。
やはりあやかしとヒトは相容れない生き物なのか。
頭を悩ませた両者は再び話し合いの場を設け、そうして、一つの打開策を打ち出した。それが現在暁月たちの所属する政府直轄の組織――治安保全管理局の創設だった。
治安保全管理局の職員は、トラブルの抑制・回避のため、定期的に街を見廻り、あやかしとヒトの間に起こる事件の対処にあたることを目的とした。
主な仕事はあやかしの保護監視監督だが、言葉で言っても聞かない相手には、武力行使も認められていた。
あやかしの身体能力は、ヒトのそれを遥かに凌駕する。個にもよるが、嗅覚が優れていたり妖術を使ったりと、一般のヒトがあやかしに対処することはまず不可能で──そこで出番がくるのが暁月ら特殊訓練を受けた職員たちだった。
専門の機関であやかしの知識と対処の訓練を受けた彼らは、あやかしのみに有効な刃物や銃、呪布などを用いて、〝治安の保全〟にあたる。──千年も前から脈々と受け継がれてきたあやかしへの対処法だ。
よって彼らはそこに在るだけで牽制の意味をなし、国は、一応の平和を保っていた。
そして。
そんな歴史を背景に、ここ宵月町は昔からあやかしの町として営みを続けていた。
首都東京の地面を抉るように作られた半地下のその町は常に宵時のように薄暗く、縦横無尽に入り組んだ瓦屋根の町並みはあやかしさえ惑うほどの複雑な造りをしていた。
下へ下へと続くその町は七層まであり、様々なあやかしが暮らしている。
凜は、その宵月町で生まれ育った狐のあやかしだった。
親類はおらず天涯孤独の身で、今は定食屋【善】の近くに部屋を借りていた。
十四までは【宵月稲荷】神社で世話になっていたのだが、いつまでも頼るわけにもいかないと【善】で働き始めたのだ。
それから三年。凛は今年で十七になった。
始めの頃はビールを一本運ぶのにも戦々恐々としていたものだが、今では平然と定食とビールを左右同時に持てるまでに成長していた。
常連客とも打ち解け看板娘などと呼ばれるようになり、毎日を忙しく過ごしている。
治安保全管理局の職員、暁月と知り合ったのも、そんな風に忙しく店を回している、その時だった。
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