上 下
11 / 69
幼少期編

ピンチには魔王様降臨③

しおりを挟む
彼はそんな僕に気持ち悪い物でも見るような目を向けてきた。お母様と同じ瞳。嫌いだって、無言で伝えてくる冷たい目だ。

「怒らないのか? まさか毒でも盛っていたのか」
「……そんなことしないよ」
「信用出来ないな」

そう言って彼が足を振り上げる。向かう先はまだ少しだけ形の保たれたケーキ。甘くて美味しいチゴの実は潰れてしまっていて、まるで血のようにも見える。

「やめてっ!」

咄嗟に叫んでいた。刹那、彼の身体が勢いよく床へと倒れる。驚きに動きを停止させると、僕とケーキを庇うように、彼の目の前にノクスが立っているのに気がついた。

「騒がしいと思い来てみれば、これはなんの騒ぎだ。アラン説明しろ」
「ま、魔王様っ」

アランと呼ばれた彼は、慌ててノクスの前に跪くと、かたかたと身体を震わせる。

「その者が、魔王様に毒を盛ろうとしていたため止めたのです……」
「毒だと?」
「……ぁ……」

僕の方へと身体を向けたノクスが、床に落ちているケーキへと視線を移動させた。それから、おもむろに片膝を床につけると、素手でケーキを掬って食べたんだ。

「ノクス!?」
「魔王様!?」

僕とアランの声が重なる。
黙々とケーキを口に運ぶノクスを周りにいる全員が見守っていた。赤い舌先が、指先のクリームを舐め取り、味わう姿を目に焼きつける。ノクスから目が離せない。コックが作った高級ディナーしか口にしないはずの彼が、戸惑うことなく汚れてしまったケーキを食べている。そのことに酷く心が衝撃を受けていた。

ほぼ、食べ終えると立ち上がって手を拭き、アランへとまた視線を向けるノクス。

「毒など入っていないぞ」
「ま、魔王様……ですがっ、その者は勇……」
「黙らないか。根拠もないことで騒ぎ立てるな。仮にも騎士団長をしている身で恥ずかしいと思わないのか」

僕よりも少しだけ大きな身体が微かに震える。アランが騎士団長? 僕と同じ歳くらいに見えるのに。

「……申し訳ありません」

怒られて悲しそうな表情を浮かべるアランに、ノクスが立ち去るように言う。渋々といった感じで立ち去っていくアランの後ろ姿を数秒見つめてから、視線を移動させた。
近づいてくるノクスの赤い瞳が目に映る。床にはもう崩れたケーキはない。

「あれはソルが作ったものか?」
「……うん」
「私に?」
「っ、うん」
「そうか。美味かった」

頭に大きな手が置かれて、わしゃわしゃと撫でられる。その瞬間、ぽろりと我慢していた涙が零れ落ちた。僕をノクスがいつもみたいに抱えて、あやすように背中をトントンと叩いてくれる。

ケーキを落とされてすごくすっごく悲しかったんだ。でも、泣いちゃダメだって思ったから我慢した。だけど、ノクスが優しいから、ケーキを食べてくれたから、今は素直に泣くことができる。

僕が悲しいときや辛いとき、いつだって助けてくれるのはノクスなんだ。ぐりぐりとノクスの胸元に顔を押し付ける。この腕の中にいるとなにも心配することなんてないって思えるんだ。安心感が包み込んでくれる。

「また作って欲しい」
「っ……うん」

美味しいって言ってくれた……。また作って欲しいって……。

ノクスの言葉一つ一つが全身に染み渡って、心を晴れやかにしてくれるんだ。だから、不安は消え去ってしまう。ノクスに全身を預けながら、ありがとうって呟く。返事の代わりに、おでこにキスをされ、胸の高鳴りと居心地の良さを感じて目を閉じた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

異世界召喚されて勇者になったんだけど魔王に溺愛されてます。

BL
不幸体質な白兎(ハクト)はある日、異世へ飛ばされてしまう。異世界で周りの人々から酷い扱いをされ、死にかけた白兎を拾ったのは魔王、ジュノスだった。 優しい魔王×泣き虫な勇者の溺愛BL小説 ・自己満足作品 ・過去作品のリメイク ・Rが着く話は※を付けときます ・誤字脱字がありましたらそっと報告して頂けると嬉しいです

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てたらいつの間にか溺愛されてるみたい

カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。 ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。 それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。 ……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ! そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。 でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。 時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。 こちらは2021年に創作したものを掲載しています。 初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください 素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。 @Nd1KsPcwB6l90ko

処理中です...