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幼少期編
ピンチには魔王様降臨③
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彼はそんな僕に気持ち悪い物でも見るような目を向けてきた。お母様と同じ瞳。嫌いだって、無言で伝えてくる冷たい目だ。
「怒らないのか? まさか毒でも盛っていたのか」
「……そんなことしないよ」
「信用出来ないな」
そう言って彼が足を振り上げる。向かう先はまだ少しだけ形の保たれたケーキ。甘くて美味しいチゴの実は潰れてしまっていて、まるで血のようにも見える。
「やめてっ!」
咄嗟に叫んでいた。刹那、彼の身体が勢いよく床へと倒れる。驚きに動きを停止させると、僕とケーキを庇うように、彼の目の前にノクスが立っているのに気がついた。
「騒がしいと思い来てみれば、これはなんの騒ぎだ。アラン説明しろ」
「ま、魔王様っ」
アランと呼ばれた彼は、慌ててノクスの前に跪くと、かたかたと身体を震わせる。
「その者が、魔王様に毒を盛ろうとしていたため止めたのです……」
「毒だと?」
「……ぁ……」
僕の方へと身体を向けたノクスが、床に落ちているケーキへと視線を移動させた。それから、おもむろに片膝を床につけると、素手でケーキを掬って食べたんだ。
「ノクス!?」
「魔王様!?」
僕とアランの声が重なる。
黙々とケーキを口に運ぶノクスを周りにいる全員が見守っていた。赤い舌先が、指先のクリームを舐め取り、味わう姿を目に焼きつける。ノクスから目が離せない。コックが作った高級ディナーしか口にしないはずの彼が、戸惑うことなく汚れてしまったケーキを食べている。そのことに酷く心が衝撃を受けていた。
ほぼ、食べ終えると立ち上がって手を拭き、アランへとまた視線を向けるノクス。
「毒など入っていないぞ」
「ま、魔王様……ですがっ、その者は勇……」
「黙らないか。根拠もないことで騒ぎ立てるな。仮にも騎士団長をしている身で恥ずかしいと思わないのか」
僕よりも少しだけ大きな身体が微かに震える。アランが騎士団長? 僕と同じ歳くらいに見えるのに。
「……申し訳ありません」
怒られて悲しそうな表情を浮かべるアランに、ノクスが立ち去るように言う。渋々といった感じで立ち去っていくアランの後ろ姿を数秒見つめてから、視線を移動させた。
近づいてくるノクスの赤い瞳が目に映る。床にはもう崩れたケーキはない。
「あれはソルが作ったものか?」
「……うん」
「私に?」
「っ、うん」
「そうか。美味かった」
頭に大きな手が置かれて、わしゃわしゃと撫でられる。その瞬間、ぽろりと我慢していた涙が零れ落ちた。僕をノクスがいつもみたいに抱えて、あやすように背中をトントンと叩いてくれる。
ケーキを落とされてすごくすっごく悲しかったんだ。でも、泣いちゃダメだって思ったから我慢した。だけど、ノクスが優しいから、ケーキを食べてくれたから、今は素直に泣くことができる。
僕が悲しいときや辛いとき、いつだって助けてくれるのはノクスなんだ。ぐりぐりとノクスの胸元に顔を押し付ける。この腕の中にいるとなにも心配することなんてないって思えるんだ。安心感が包み込んでくれる。
「また作って欲しい」
「っ……うん」
美味しいって言ってくれた……。また作って欲しいって……。
ノクスの言葉一つ一つが全身に染み渡って、心を晴れやかにしてくれるんだ。だから、不安は消え去ってしまう。ノクスに全身を預けながら、ありがとうって呟く。返事の代わりに、おでこにキスをされ、胸の高鳴りと居心地の良さを感じて目を閉じた。
「怒らないのか? まさか毒でも盛っていたのか」
「……そんなことしないよ」
「信用出来ないな」
そう言って彼が足を振り上げる。向かう先はまだ少しだけ形の保たれたケーキ。甘くて美味しいチゴの実は潰れてしまっていて、まるで血のようにも見える。
「やめてっ!」
咄嗟に叫んでいた。刹那、彼の身体が勢いよく床へと倒れる。驚きに動きを停止させると、僕とケーキを庇うように、彼の目の前にノクスが立っているのに気がついた。
「騒がしいと思い来てみれば、これはなんの騒ぎだ。アラン説明しろ」
「ま、魔王様っ」
アランと呼ばれた彼は、慌ててノクスの前に跪くと、かたかたと身体を震わせる。
「その者が、魔王様に毒を盛ろうとしていたため止めたのです……」
「毒だと?」
「……ぁ……」
僕の方へと身体を向けたノクスが、床に落ちているケーキへと視線を移動させた。それから、おもむろに片膝を床につけると、素手でケーキを掬って食べたんだ。
「ノクス!?」
「魔王様!?」
僕とアランの声が重なる。
黙々とケーキを口に運ぶノクスを周りにいる全員が見守っていた。赤い舌先が、指先のクリームを舐め取り、味わう姿を目に焼きつける。ノクスから目が離せない。コックが作った高級ディナーしか口にしないはずの彼が、戸惑うことなく汚れてしまったケーキを食べている。そのことに酷く心が衝撃を受けていた。
ほぼ、食べ終えると立ち上がって手を拭き、アランへとまた視線を向けるノクス。
「毒など入っていないぞ」
「ま、魔王様……ですがっ、その者は勇……」
「黙らないか。根拠もないことで騒ぎ立てるな。仮にも騎士団長をしている身で恥ずかしいと思わないのか」
僕よりも少しだけ大きな身体が微かに震える。アランが騎士団長? 僕と同じ歳くらいに見えるのに。
「……申し訳ありません」
怒られて悲しそうな表情を浮かべるアランに、ノクスが立ち去るように言う。渋々といった感じで立ち去っていくアランの後ろ姿を数秒見つめてから、視線を移動させた。
近づいてくるノクスの赤い瞳が目に映る。床にはもう崩れたケーキはない。
「あれはソルが作ったものか?」
「……うん」
「私に?」
「っ、うん」
「そうか。美味かった」
頭に大きな手が置かれて、わしゃわしゃと撫でられる。その瞬間、ぽろりと我慢していた涙が零れ落ちた。僕をノクスがいつもみたいに抱えて、あやすように背中をトントンと叩いてくれる。
ケーキを落とされてすごくすっごく悲しかったんだ。でも、泣いちゃダメだって思ったから我慢した。だけど、ノクスが優しいから、ケーキを食べてくれたから、今は素直に泣くことができる。
僕が悲しいときや辛いとき、いつだって助けてくれるのはノクスなんだ。ぐりぐりとノクスの胸元に顔を押し付ける。この腕の中にいるとなにも心配することなんてないって思えるんだ。安心感が包み込んでくれる。
「また作って欲しい」
「っ……うん」
美味しいって言ってくれた……。また作って欲しいって……。
ノクスの言葉一つ一つが全身に染み渡って、心を晴れやかにしてくれるんだ。だから、不安は消え去ってしまう。ノクスに全身を預けながら、ありがとうって呟く。返事の代わりに、おでこにキスをされ、胸の高鳴りと居心地の良さを感じて目を閉じた。
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