【完結】【R18BL】男泣かせの名器くん、犬猿の仲に泣かされる

ちゃっぷす

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後日談

激重とは-1(小鳥遊side)

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 月見里と付き合い始めて三カ月が経ったが、未だに腑に落ちてないことがある。

 激重とは。

 月見里は自分のことを「激重」だと自称している。
 しかし、三カ月経ってもその片鱗すら見せない。
 そりゃ、毎晩セックスをねだってくるし、リビングでくつろいでいるときに甘えてくることはあるさ。しかしそれがなんだと言うのだ。ただ可愛いだけではないか。

 月見里は俺を一切束縛しない。休日に俺が一人で出かけても文句ひとつ言わないし、仕事終わりに同僚と飲みに行くと言っても、「ほえー」くらいの反応だ。

 もう一度言う。激重とは。

 激重ならば、少しくらいワガママな怒り方をしたらどうだ。俺のスマホをこっそり覗き見るくらいしたらどうだ。
 一度でいいから、「月見里の愛が重すぎてしんどい」という感覚を味わってみたいのだが。

 そこで俺はハッとした。
 もしかして月見里は、そこまで俺に執着していないのではないか。
 いやまさかな。付き合いたてのときに、俺に捨てられるんじゃないかと心配して泣いていたじゃないか。
 しかし……そんな理由で泣いたのはあの日の一度きりだし、あれからもう三カ月も経っている。
 まさかあの日が、月見里の俺に対する好き度のピークだったんじゃないか。

 もしそうならどうしたらいいんだ。俺は日に日に月見里への想いが増しているというのに。

「……いけない。考えるのをやめよう」

 どうも一人でいるときは、無駄な思考に囚われてしまう。
 これではどっちが激重なのか分からないな。


 ◆◆◆


 それから一週間後、俺は出張で三日家を空けることになった。
 それを知っても、月見里「ほーん」くらいの反応しかしなかった。

「気を付けてな。トラブルになったらいつでも連絡してこいよ」

 チッ。家の中で課長代理の顔をするな。恋人としての言葉はないのか。
 期待も虚しく、月見里は「寂しい」の「さ」の字さえ言わなかった。

 俺は内心ため息を吐き、冷蔵庫を指さす。

「俺がいなくてもメシちゃんと食えよ。作り置きして冷凍してあるから」
「小鳥遊~……! お前最高だな! ありがとう!」

 眩しいほどの良い笑顔だ。
 猫は人になつかず家につく、と言うが。
 月見里は俺のなつかずメシにつく、だな。

 まあ、月見里のことだ。三日もセックスをできないとなれば、性欲が爆発して死んでしまうだろう。
 そうなる前にきっと電話をかけてくるはずだ。そのときはビデオ通話を繋いでやって、スマホ越しにセックスするのもありだな……

 なんて考えていたのだが。
 出張最終日になっても、あいつから電話どころかメッセージも来なかった。

 なぜだ。おかしい。あいつ、まさかまたマッチングアプリに手を出したんじゃないだろうな。
 あいつのことだ。ありえる。だって毎晩三回はセックスをねだられるんだぞ。三日もしなかったら九回分のセックスだ。あいつが九回分もセックスを我慢できるとは思えない。だってあの淫乱のケツがだぞ。ちんこを咥えていないと死ぬ病気にかかっているあのケツが。九回分ものセックスをなしで過ごせるとはとても。

 ……まさかもう死んでしまっているんじゃないのか。
 ゾッとしてスマホのロックを解除したそのとき、狼狽えた同僚から電話がかかってきた。まさか、月見里の死亡報告か……!?

《小鳥遊さんっ! 今大阪ですよね!?》
「ああっ……! ちょうど最後の打ち合わせが終わったところだ! 今すぐ帰る!!」
《よかったー!! 間に合った……!! あのですねっ……》
月見里の身に何かが起こったんだな!? 生きてはいるのか!?」
《えっ? いいえ、月見里さんはいつも通りお元気ですし、かっこいいですよ》
「ん?」

 いつも通り元気だと? なぜ死んでいない。

《そうじゃなくて! 私としたことが大阪の取引先を怒らせちゃいまして……!! 電話だけじゃ取引先の怒りが収まらなくて……。すみませんが、小鳥遊さん……っ。私の尻を……拭っていただけませんか……!?》
「……」

 俺は今すぐにでも月見里の尻を物理的に拭いたいのに、なぜこの子の尻を拭わないといけないんだ。
 そのとき、受話器の向こうから月見里の「代わって」という声が聞こえた。

 《小鳥遊、悪い。先方が相当お怒りで……。すぐに対処したい。頼めるか》

 月見里が普通に生きて仕事をしている。
 久しぶりに俺が言葉を交わしたのは、課長代理としての月見里だった。
 凛としているその声に、いくばくかの寂しさを覚える。

「……分かった」
《詳細はメールで送る。確認してくれ》

 それだけ言って、月見里は切電した。

「……」

 詳細を確認してから、俺は件の取引先までタクシーを走らせた。しかし、受付の人に取り次いでもらおうとしたのだが、先方は想像以上にお怒りで会ってくれなかった。

(このまま帰るわけにはいかないな……)

 会ってくれないのなら、会ってくれるまで足を運ぶしかない。
 夜、俺は月見里にメッセージを送った。

《会ってくれなかった。出張延ばしてもいいか?》

 すぐに月見里から電話がかかってきた。

《悪いな……。無理させる》
「いや、いい」
《……》
「……」

 しばらくの沈黙ののち、月見里が口を開く。

《こっちに帰るの、いつ頃になりそう?》
「分からない。午前中に会えれば夜には帰れるが……。この調子だと難しいだろうな」
《そうか。来週は振休取ってゆっくり休めよ》
「……ああ」
《……》
「……」
《それじゃ》
「ああ」

 最後まで、課長代理としての言葉しか聞けなかった。

 月見里。俺はお前とこんなに長い時間会えなくて寂しいぞ。仕事なんだから仕方ないなんて思えない。
 お前はどうなんだ? 少しばかり、聞き分けがよすぎるんじゃないのか。

 激重、とは。

(お前はほんとうに俺のことが好きなのか)

 また無意味なことを考えそうになり、慌ててその思考を追い払った。


 ◆◆◆


 翌朝、朝イチに取引先を訪れるも追い返された。
 しかし三顧の礼とはよく言ったもので、夕方もう一度取引先の会社を訪れると、部長との面会を許された。
 詫びの品を渡し、何度も平謝りしているうちに、徐々に部長の顔色も良くなっていく。

「正直、見直したよ。まさか本社の人が直接謝りに来てくれるなんてね。それもめげずに三回も」

 その後なぜか部長に気に入られ、晩飯に連れて行ってもらうことになった。
 まさか激怒させた取引先とビールを飲み交わし、高級うな重を頬張ることになるとは。

「ここのうな重、美味いでしょ」
「はい。今までで一番美味いです」
「でしょうでしょう! ここ、僕の一番のお気に入りの店」

 部長は上機嫌でそう言って、俺のグラスに瓶ビールを注いだ。

「小鳥遊くん、よく大阪には来るの?」
「そうですね……三、四カ月に一回ほど」
「そうなんだ。次来たときもよかったらうちに顔出してよ」
「ぜひ。ご挨拶に伺いますので、また一緒に飲んでください」
「はっはっ! もちろんだよ!」

 うん。確かに美味い店だ。今度月見里をここに連れきてやろう。

 かなり気に入られてしまったようだ。
 部長はうな重のあと、俺を行きつけのバーに連れて行った。そこでしっぽり酒を飲んでやっと、俺は解放された。

 俺は部長と別れてから大急ぎでタクシーに乗った。
 運が良ければ新幹線の終電に間に合う。日付は変わるかもしれないが、今日中に家に帰れるかもしれない。

 タクシーを降りた俺は、全力疾走で改札まで向かった。この歳になってまさかこんな走り方をするハメになるとは。
 汗だくになった甲斐もあり、俺は無事終電に乗ることができたのだった。


 ◆◆◆


 夜中一時前、俺は自宅の玄関のドアをそっと開けた。家の中は真っ暗だ。月見里は寝ているのだろう。
 月見里の寝顔を一目見たくて、俺は月見里の寝室を覗いた。

「……?」

 リビングから差し込む明かりでしか中が見えないが、人の気配がないような気がする。
 嫌な予感がして、俺は震える手で寝室の灯りをつけた。

「……」

 月見里がいない。寝ていた痕跡すらない。

 血の気が引いていく。
 まさか、他の男に抱かれに行ったのか?

 その考えがよぎったとたん、ゾッと背筋が凍った。
 俺は慌ただしく月見里の寝室を出て、トイレや浴室、仕事部屋を見て回った。

 いない。

 嘘だろ。どこにいる。どこに行った。誰といるんだ。
 探しに行こうにも、あいつの行動範囲は関東全域だ。探しようがない。
 俺はここで、月見里の帰りを待つしかないのだ。

 ……一刻も早くお前に会いたくて、急いで帰ってきた俺がバカみたいじゃないか。

 怒りと焦燥を胸に抱え、俺は力ない足取りで自分の寝室に入った。
 明かりをつけると――

「……」

 ――俺のベッドで眠っている月見里がいた。

「……そこにいたのか」

 俺がベッドに腰掛けても、熟睡しているのか月見里は目を覚まさない。
 俺は月見里の頭を撫でた。

「悪い、疑った……。……よかった、ここにいてくれた……」

 俺はひとまず明かりを消し、シャワーを浴びた。
 月見里を起こさないようベッドに入ろうと布団をめくり、目を見開いた。

「それ、俺のスウェット……」

 月見里が着ていたのは、俺の着古したスウェットだった。しかも俺のカッターシャツを抱きしめている。それに、月見里用の枕ではなく、俺がいつも使っている枕で寝ていることにも気付いた。

「っ……」

 もうひとつ、気付いてしまった。
 シーツにシミがある。ちょうど月見里の腰のあたりだ。

「なに。俺のベッドでシコッたの、お前」

 俺はそのシミを指で撫で、思わず微笑んだ。

「……なんだよ、お前」

 お前も寂しかったんじゃないか。
 お前もちゃんと、ものすごく俺のことが好きなんじゃないか。

 しばらく寝顔を眺めていると、うっすらと月見里の瞼が上がった。

「ん……たかなし……?」

 寝ぼけているのか、呂律が回っていない。

「ただいま、月見里」
「……」

 月見里の瞼はすぐに閉じた。それからスススと俺に体を寄せ、気持ちよさそうに寝息を立てはじめた。

 激重とは。

 残念ながら、俺が激重の月見里を実感することはなさそうだ。
 月見里の愛が重すぎてしんどいと思えるほど、俺の月見里への愛は軽くない。
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