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祝賀会

第三十二話

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「「あ」」

 ホールから出ると、先ほど俺に話しかけてきたササキさんと鉢合った。
 俺は苦笑いを浮かべ、ぺこっと頭を下げる。

「あの……さっきはごめんね」
「いえいえ! お気になさらず」
「……」
「……」

 お互いどう会話を続けていいのか分からず、しばしの沈黙が流れた。
 うーん、と考えたあと、ササキさんが喫煙所を指さした。

「月見里さん、タバコ吸います? わたし、今から喫煙所行くんですけど……」
「あー……」

 普段なら絶対に吸わない。健康に悪いし、何より臭いし。
 だが、このときの俺は、あまりにムシャクシャしていたんだと思う。

「吸ったことないけど……一回吸ってみようかな……」
「あっ。じゃあ行きましょう!」
「そうだね、行こうか」

 この喧騒から遠ざかりたかった。別の空間に閉じこもって、ホールの中で起こっていることに目を背けたかった。
 どうしようもないこの感情を、何かの形で吐き出したかったのかもしれない。

 喫煙所独特のにおいに鼻がもげそうになる。
 俺とササキさん以外に誰もいなくて、静かだったのは、少し良かった。

 早速ササキさんがタバコに火を付けた。

「一本くれる?」
「もちろん。どうぞ」
「ありがとう」

 もらったはいいものの、火をつける勇気は出なかった。
 俺はまっさらのタバコを口に咥えるだけ咥え、ササキさんに話しかける。

「おいしい? タバコ」
「うーん。不味いんですよ、それが」
「はは。だろうね」
「それなのに止められないんですよねえ」

 ササキさんが、ふぅ、と慣れた仕草で煙を吐く。

「月見里さん、タバコ吸ったことないんですよね?」
「うん、まあ」
「ここまで連れてきてなんですが……。吸わない方がいいですよ」
「……」

 自嘲的に笑うササキさんのことが、少しだけきれいだと思った。

「何の気なしに一本吸うでしょう? 不味いのに、また一本吸うんです。それを続けていたらね、だんだんと依存していってしまうんですよね」
「……」
「体に悪いから、自分のためにも人のためにも吸わない方が良いっていうのも分かってるんですけど。気付いたころにはもう、やめられなくなっちゃうんです。タバコって罪深いですよねえ」

 俺は自分の指に挟んでいるタバコを見つめ、苦笑した。

「その気持ち、よく分かるよ」
「分かるんですか? 吸ったことないのに」
「うん。分かる」

 小鳥遊、あいつは俺にとってのタバコみたいな存在だったんだな。

「俺もやめないと、そろそろまずいかもな」

 あんな、小鳥遊が女子と楽しそうに笑っていたり、間接キスをしていたりするだけで、タバコに手を伸ばしそうになるほど心が乱れてしまうんだもんな。
 完全に、依存しはじめている。

「……やっぱりタバコ吸いたいな。火貸してくれる?」

 小鳥遊への依存をタバコへの依存に移せないかな。

 ササキさんは俺をじっと見つめてから、目じりを下げた。

「いいですよ。タバコ咥えてください」
「ん」

 ササキさんが俺に顔を近づける。そして自分の吸っているタバコを俺のタバコの先にくっつけた。

「月見里さん、煙草を吸ってください。それで火が移るので」
「難しいこと言うね……。頑張ってみるけど」

 ササキさんがクスッと笑い、俺の目を見た。

「こうやって火を移すの、シガーキスっていうんですよ」
「へえ、そうなんだ――」

 そのとき、喫煙所の扉が勢いよく開いた。
 振り返ると、狼狽えているような表情をした小鳥遊が立っていた。

「……」

 今、一番見たくない顔だ。
 俺はふいと顔を逸らし、ササキさんのタバコに視線を戻した。

「おい、何してる!!」
「っ」

 小鳥遊にタバコを叩き落とされた。危ないことをする。まだ火がついていなかったらよかったものの……
 俺は小鳥遊を睨みつけた。

「何すんだよ」
「それはこっちのセリフだ! ちょっと来い!!」

 小鳥遊に手を引かれ、喫煙所の外に連れ出された。
 こうして俺は再びササキさんと引き離された。

「なんでタバコなんか吸おうとしてた!?」
「別にいいじゃん……。俺がタバコ吸っても……」
「誰だあの女!」
「ササキさんだよ……。お前も挨拶してたじゃん」
「あの女に何をそそのかされた!!」
「何もそそのかされてねえよ! ……っ」

 小鳥遊に胸ぐらを掴まれる。

「お前、あいつと……キスしてたっ……!」
「シガーキスってやつらしいな」
「何してんだお前……!!」

 ああ、イライラする。怒るなよそんなことで。
 ……嫉妬なんてされたら、思い上がってしまうだろう。

 俺は小鳥遊の手を振り払い、小鳥遊に背を向けた。

「何怒ってんの、お前」
「……」
「俺たち、付き合ってもないのに」
「っ……」

 それは、まるで自分に向けて言ったような言葉だった。

 俺が歩き出しても、小鳥遊は追いかけてこなかった。
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