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祝賀会
第三十一話
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今年で俺の勤めている会社が創業五十周年ということで、祝賀会が開催されることになった。全国から社員を集めて行う超大型イベントだ。都心のど真ん中に聳え立つ超高級ホテルのホールを貸し切った立食パーティーらしい。
ま、俺は主催者側の人間ではないので、隅っこでちびちびウーロン茶を飲むだけになると思うが。
開催日当日、会場のホテルに到着した俺は、案内されるがままホールに入った。
課長が俺のもとに駆け寄る。
「あっ、月見里くん! こっちこっち!」
「課長。お疲れ様です」
「お疲れさま~。ささ、お偉いさんがたに挨拶しに行くよっ」
「えっ。俺もですか?」
「君がいると場の雰囲気が和むんだよ。僕のためについてきてっ」
「は、はあ」
こうして俺は、課長に連れられてお偉いさんたちに挨拶回りをした。愛想笑いのしすぎて筋肉がつりそうだが……これも仕事のうちだ。仕方がない。
社長の挨拶がはじまり、やっと課長から解放された。俺はよろよろと壁際に移動し、ため息を吐く。
「すでにお疲れの様子だな」
「あ、小鳥遊」
よくこの人ごみの中、俺を見つけたものだ。
小鳥遊は俺にグラスを手渡し、隣に立った。
「あー……タバコ吸いたい」
「喫煙所あったぞ。ホールの外だけど」
「知ってる。社長の挨拶が終わったら行くわ」
「そうしろ」
社長の挨拶もろくに聞かず、そんなくだらない会話をしていると、二人の女性が近づいてきた。
「はじめましてー。あなたたち、どの支社の人ですか?」
ササキと書かれた名札を付けた社員がそう声をかけてきたので、俺は愛想笑いをしながら答えた。
「本社です」
「きゃっ。本社!? エリートさんだ!」
「いえいえ、そんな」
「えっと。役職は……?」
「課長代理です」
「えっ! まだお若いのに! すごぉい」
「あはは……」
うわー……。つまらないやりとりが始まってしまった。ササキさんが俺の靴から頭までを舐めるように見ている。居心地悪いな……。
俺はチラッと小鳥遊に目をやった。小鳥遊はもう一人の女性……オオキさんと話している。会話が弾んでいるようで、小鳥遊もオオキさんも楽しそうに笑っていた。
「……」
じく、と胸が痛んだことに危機感を覚えた。
これは……まずい傾向だ。
「あの。月見里さん?」
ササキさんの声で我に返り、慌てて顔に愛想笑いを貼り付ける。
「あっ。ごめんごめん。で、なんだっけ」
「もう。ちゃんと聞いてくださいよお。その、連絡先を――」
ササキさんがスマホを取り出したのと同時に、遠くからナカムラさんとキムラさん、そしてカトウさんとサトウさんがやってきた。全員が肩をいからせて歩き、威圧的な目でササキさんを睨みつけている。
キムラさんは、わざわざ俺とササキさんの間に立って挨拶してきた。
「あっ! 月見里さーん! そこにいらっしゃったんですねー!」
「キ、キムラさん、どうしたの急に。何か怒ってる……?」
「いえいえ、怒ってるなんてとんでもない! あっ、そうだ、あっちに美味しいケーキがありましたよ~! 月見里さんケーキ好きですよねえ。さ、一緒に行きましょ~!」
「いや、別に特別好きというわけでは……」
「いいからいいから!」
キムラさんとナカムラさんに腕を引っ張られ、強制的にササキさんから離れることになった。
小鳥遊はカトウさんとサトウさんに連行されている。
ケーキの場所まで歩いていくすがら、小鳥遊が女性社員四人に叱られていた。
「もう! 小鳥遊さん、ちゃんと警護してって言ったじゃないですか!! 早速変な虫が付きそうでしたよ!?」
キムラさんのお叱りに、小鳥遊は肩をすくめる。
「どう考えても、月見里が勝手に愛想を振りまいたのが悪いだろう。どうして俺が怒られなきゃいけないんだ」
「そのために派遣させたのに! 意味ないじゃないですか!!」
派遣? 小鳥遊が俺の隣に来たのって、自分の意思じゃなくてキムラさんたちに命令されてだったのか。
この人ごみの中俺を見つけたのも、小鳥遊じゃなくてキムラさんたちだったのかな。
女性社員と小鳥遊が楽しそうに盛り上がっている。俺はそんな楽しい気分にはなれず、黙々とケーキを頬張った。
そんな中、サトウさんが小鳥遊の皿を覗き込む。
「小鳥遊さんっ。そのケーキどこにありました!? わたしも食べたいです!」
「残念でした。あっちにあったけどこれがラスイチでした」
「え~~! ずるい!」
「一口やるからそれで我慢しろ」
そう言って、小鳥遊がケーキを乗せたフォークをサトウさんの口元に近づける。
それをサトウさんがフォークごと咥えた。
「あーんっ。んー!! 美味しい~!」
「ほー。そんな美味いか。どれどれ」
小鳥遊が、そのフォークにケーキを乗せて口に含んだ。
「お。美味い」
「でしょー!」
「なんでお前が得意げなんだよ。もともと俺が取ったケーキだぞ」
「小鳥遊さんっ! もう一口っ!」
「はあ? 俺の分がなくなるだろうが」
「もう一口だけー!」
「仕方のないヤツだな……」
俺は一体何を見せられているんだろうか。小鳥遊とサトウさんが、同じフォークで交互にケーキを食べているところを、どうしてこんな真近くで見ないといけないんだ。
カトウさんが、心配そうに俺の顔をのぞきこむ。
「月見里さん、どうしました? 暗い顔して」
「あっ、いや。なんでもないよ」
「もしかして……怒ってます?」
「えっ!? 何にかな!?」
「えっと……。さっきの女の人から、私たちが無理やり引き離したから……」
「ああ、そのこと……」
そんなこと、すでにもう忘れていた。
「全然気にしてないよ。むしろ助かった、ありがとう」
「あっ。よかったー!」
でも、その場にはいたくなかったので、俺はトイレに行くと嘯いてホールから出た。
ま、俺は主催者側の人間ではないので、隅っこでちびちびウーロン茶を飲むだけになると思うが。
開催日当日、会場のホテルに到着した俺は、案内されるがままホールに入った。
課長が俺のもとに駆け寄る。
「あっ、月見里くん! こっちこっち!」
「課長。お疲れ様です」
「お疲れさま~。ささ、お偉いさんがたに挨拶しに行くよっ」
「えっ。俺もですか?」
「君がいると場の雰囲気が和むんだよ。僕のためについてきてっ」
「は、はあ」
こうして俺は、課長に連れられてお偉いさんたちに挨拶回りをした。愛想笑いのしすぎて筋肉がつりそうだが……これも仕事のうちだ。仕方がない。
社長の挨拶がはじまり、やっと課長から解放された。俺はよろよろと壁際に移動し、ため息を吐く。
「すでにお疲れの様子だな」
「あ、小鳥遊」
よくこの人ごみの中、俺を見つけたものだ。
小鳥遊は俺にグラスを手渡し、隣に立った。
「あー……タバコ吸いたい」
「喫煙所あったぞ。ホールの外だけど」
「知ってる。社長の挨拶が終わったら行くわ」
「そうしろ」
社長の挨拶もろくに聞かず、そんなくだらない会話をしていると、二人の女性が近づいてきた。
「はじめましてー。あなたたち、どの支社の人ですか?」
ササキと書かれた名札を付けた社員がそう声をかけてきたので、俺は愛想笑いをしながら答えた。
「本社です」
「きゃっ。本社!? エリートさんだ!」
「いえいえ、そんな」
「えっと。役職は……?」
「課長代理です」
「えっ! まだお若いのに! すごぉい」
「あはは……」
うわー……。つまらないやりとりが始まってしまった。ササキさんが俺の靴から頭までを舐めるように見ている。居心地悪いな……。
俺はチラッと小鳥遊に目をやった。小鳥遊はもう一人の女性……オオキさんと話している。会話が弾んでいるようで、小鳥遊もオオキさんも楽しそうに笑っていた。
「……」
じく、と胸が痛んだことに危機感を覚えた。
これは……まずい傾向だ。
「あの。月見里さん?」
ササキさんの声で我に返り、慌てて顔に愛想笑いを貼り付ける。
「あっ。ごめんごめん。で、なんだっけ」
「もう。ちゃんと聞いてくださいよお。その、連絡先を――」
ササキさんがスマホを取り出したのと同時に、遠くからナカムラさんとキムラさん、そしてカトウさんとサトウさんがやってきた。全員が肩をいからせて歩き、威圧的な目でササキさんを睨みつけている。
キムラさんは、わざわざ俺とササキさんの間に立って挨拶してきた。
「あっ! 月見里さーん! そこにいらっしゃったんですねー!」
「キ、キムラさん、どうしたの急に。何か怒ってる……?」
「いえいえ、怒ってるなんてとんでもない! あっ、そうだ、あっちに美味しいケーキがありましたよ~! 月見里さんケーキ好きですよねえ。さ、一緒に行きましょ~!」
「いや、別に特別好きというわけでは……」
「いいからいいから!」
キムラさんとナカムラさんに腕を引っ張られ、強制的にササキさんから離れることになった。
小鳥遊はカトウさんとサトウさんに連行されている。
ケーキの場所まで歩いていくすがら、小鳥遊が女性社員四人に叱られていた。
「もう! 小鳥遊さん、ちゃんと警護してって言ったじゃないですか!! 早速変な虫が付きそうでしたよ!?」
キムラさんのお叱りに、小鳥遊は肩をすくめる。
「どう考えても、月見里が勝手に愛想を振りまいたのが悪いだろう。どうして俺が怒られなきゃいけないんだ」
「そのために派遣させたのに! 意味ないじゃないですか!!」
派遣? 小鳥遊が俺の隣に来たのって、自分の意思じゃなくてキムラさんたちに命令されてだったのか。
この人ごみの中俺を見つけたのも、小鳥遊じゃなくてキムラさんたちだったのかな。
女性社員と小鳥遊が楽しそうに盛り上がっている。俺はそんな楽しい気分にはなれず、黙々とケーキを頬張った。
そんな中、サトウさんが小鳥遊の皿を覗き込む。
「小鳥遊さんっ。そのケーキどこにありました!? わたしも食べたいです!」
「残念でした。あっちにあったけどこれがラスイチでした」
「え~~! ずるい!」
「一口やるからそれで我慢しろ」
そう言って、小鳥遊がケーキを乗せたフォークをサトウさんの口元に近づける。
それをサトウさんがフォークごと咥えた。
「あーんっ。んー!! 美味しい~!」
「ほー。そんな美味いか。どれどれ」
小鳥遊が、そのフォークにケーキを乗せて口に含んだ。
「お。美味い」
「でしょー!」
「なんでお前が得意げなんだよ。もともと俺が取ったケーキだぞ」
「小鳥遊さんっ! もう一口っ!」
「はあ? 俺の分がなくなるだろうが」
「もう一口だけー!」
「仕方のないヤツだな……」
俺は一体何を見せられているんだろうか。小鳥遊とサトウさんが、同じフォークで交互にケーキを食べているところを、どうしてこんな真近くで見ないといけないんだ。
カトウさんが、心配そうに俺の顔をのぞきこむ。
「月見里さん、どうしました? 暗い顔して」
「あっ、いや。なんでもないよ」
「もしかして……怒ってます?」
「えっ!? 何にかな!?」
「えっと……。さっきの女の人から、私たちが無理やり引き離したから……」
「ああ、そのこと……」
そんなこと、すでにもう忘れていた。
「全然気にしてないよ。むしろ助かった、ありがとう」
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