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秋の章 甘口男子は強くなりたい

2、慰めのラーメン

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 「この近くに、おすすめのラーメン屋があるんです」とコオリ君に提案されて、わたしたちは新宿駅からは逆の方向へと歩き出した。
 大通りから細い道へと入って数分。
 築年数の長い住宅地の一角に、その小さなラーメン屋はあった。のれんと看板がかろうじて出ているけれど、全然目立っていない。その奥ゆかしさにびっくりしたけれど、中に入ると意外に盛況だった。カウンター席は8割埋まっていて、新宿にぶらりと遊びに来たといったていの若者たちが多い。どうやら口コミで人気のでた隠れた名店らしい。

「ノイズのことは、あんまり気にしない方がいいよ」

 食券を買って席につくなり、おいちゃんが言った。3人分の水をいれてくれながら、コオリ君もうなずく。
  
 2人にはバレてるんだよなぁ。わたしがものすごくノイ君を心配してることも、それをノイ君がいらないって思ってることも。
 つまり……絶賛空回り中ってことを。
 まああれだけ目の前で同じこと繰り返されたらわかるよね。心配をかけて申し訳なく思いながら「──なんかごめんね」とうなだれる。

「いや、ふくちゃんが悪いとかじゃなくてね。今のノイズに余裕がないだけなんだけど」
「ノイさんて、ちょっとプライド高いじゃないですか。多分、弱ってるところというか……そういうの、豊福さんに見せたくないんだと思います」

 右からのおいちゃん、左からのコオリ君のフォローが身に沁みる。わたしは順番に彼らを見て「ありがとう」と答えた。

「困ったことがあったら力になりたいんだけど──やっぱり信頼関係がまだ足りないのかな」

 わたしが思っていることを呟くと、両脇で力強い否定が返ってきた。

「そんなことないですよ!」
「いやいや足りてる! 十分すぎるほど!」

 その勢いに押されるわたしに「ノイズは、ふくちゃんの前では明るく強いままでいたいんだよ。別に信頼してないとかそんなんじゃない」とおいちゃんが少し早口にまくしたてた。
 コオリ君も概ね言いたいことは同じようで、何回もうなずいている。

「そんなの気を遣わなくていいのに……」

 マネージャーとして、彼の力になりたい。そう思うのに、何もできないのが歯がゆい。
 ──こういう時に日下部さんの囁きが降ってくるんだ。

『豊福さんがマネージャーしてる意味ってあります?』

 記憶の中の日下部さんが、わたしを追い詰める。いくらおいちゃんやコオリ君が元気付けてくれても、日下部さんの亡霊はわたしにまとわりついてくる。

 沈黙が空気に重さを与え始めた頃、それを切り裂くように注文したラーメンがきた。わたしとおいちゃんはコーンバター味噌ラーメンだ。コクのある香りがふわっと漂って、四角いバターがラーメンのてっぺんで溶け始めている。

 美味しそう! すごく美味しそう!
 一瞬だけラーメンのことで頭がいっぱいになる。その興奮のまま左隣を見るとコオリ君の頼んだ激辛味噌ラーメンは、安定の真っ赤っぷりだった。スープは真っ赤、こんもりとしたもやしの上にも輪切りにした唐辛子がこれでもかってのせられてる。

「……すごい……」

 もうこれしか言えない。コオリ君はうっとりと目を細めて「ここのラーメン、ほんっとうに容赦がないんですよ」と言いながら、もやしの山をくずし始めた。
 おいちゃんも「いや、ほんと……俺、コオリを尊敬する」と軽く引いている。

 ラーメンは熱いうちに食べるのが一番。
 暗黙の了解事項のまま、わたしたちはしばらく黙ってラーメンを食べた。中太のちぢれ麺は、かために茹でられていて、かみごたえも十分。夜が少しずつ冷えるようになったから、お腹の中からあったまる感じがした。

「──俺の場合だとさ」

 一番に食べ終わったおいちゃんが、最後に水を飲み干してから、言った。

「由加子は結構そっとしておいてくれるかも」

 さっきの話の続きだ。わたしはまずコオリ君と視線を交わしてから、おいちゃんを見た。

「やっぱりこのゲームってさ、どれだけ深く潜れるかみたいなの大事になってくるじゃん? 負けが続いてる時って、どうしても色々と研究しないとってなるんだよね」
「そっか」

 結局わたしにできることって何もないのか。待ってることしか……。

「あ、でもさ。そういう時にそっと食事とか脇に置いてくれたりしたのは、ほんと助かったよ。食べるの忘れそうになるから」
「わかります。平気で1食くらいは抜いてる時あります」
「え……?」

 食べるのを忘れるっていう感覚が信じられない。
 嘘でしょ。わたしには絶対無理だ。お腹がなったら集中力が途切れる自分が目に見える。

 でもみんな試合してる時の集中力、すさまじいもんな。それは普段の練習から、そうやって訓練してるからなのかも。
 ──でも、食事をしないのはダメだけど!

「……そう思うと、食事系のサポートが有効な気がしませんか?」

 コオリ君が言った。
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