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夏の章 中辛男子は結婚したい

3、突撃!プロゲーマーのあれこれ!

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『今から配信するー』

 9時すぎにきているから、もう2時間くらいたってる。ていうか、ノイ君飲みに行ったんじゃなかったの? 

「酔いどれ配信? ……まさかね」
 
 ノートパソコンを起動して、ノイ君の配信をチェックする。右下のワイプにいるノイ君の顔は、いつも通り。特に赤くなったりもしてない。背後にある観葉植物の緑と彼の着ていTシャツの赤のコントラストが派手で、ゲーム画面より目立ってるかも。

 広がる手札の枚数が多めだから、今の対戦は終盤に近いみたい。

「ここはちょっと攻め時かなぁー」

 普段より間延びした話し方ではあるけれど、プレイも相変わらずスピード感あるし。もしかしたら飲んでないのかもな。
 あったまったパスタをかき混ぜてから『にんじん』としてコメントを書く。

 にんじん『おつかれさまです』

 あの春の日に約束させられた『ノイ君の配信にもコメントつけにいく』というのは、今のところまだ続いている。あれからノイ君ってば、本当に平日夜にも配信するようになったんだよね。大体週1くらいかな。
 きっちりコオリ君とも曜日をずらしてるから、なんだかんだわたしはノイ君の夜配信の常連になっていた。

 自分のターンが終わって、コメントをチェックしたのだろう。
 ノイ君は一瞬だけカメラ目線になった後「遅いよー!」と言った。もちろん軽い調子で、微笑みながら。
 心なしか嬉しそうに見えて、もう何度目かわからないけど、胸がきゅっとつままれる。

「ごめんごめん、寝ちゃってた」

 聞こえてるはずもないのに、画面に話しかけて、わたしはパスタを食べ始める。途中から見たからいまいち流れはわからなかったけど、残りライフは対戦相手が11で、ノイ君は20。見たところ、優勢だ。

 画面下の配信タイトルには「大会そっこう負けてくやしーーー! から配信する!」とある。
 直球すぎ。素直すぎ。
 子供みたいな無邪気さが、微笑ましい。

 ノイ君も契約更新できるかとか不安になることあるのかな。
 そう思ったところで、今の成績からはないかと考え直す。

 ……でも、将来のことどう考えてるんだろ。

 ノイ君はおいちゃんと同じ年だ。彼女がいるわけじゃないから、結婚とかはまだ視野には入っていないだろうけど、自分のキャリアについて──。

 こうして毎日を過ごしていると、それが当たり前すぎて、いつまでも続くんじゃないかって思ってしまう。ノイ君もおいちゃんもコオリ君もずっとチームにいて、一緒にがんばっていけるんじゃないかって。

 本当は、わたしたちが一緒にいられるのは、たくさんの偶然と奇跡のおかげなのに。



 翌週の配信の話題は、もちろん前週に行われた大会の話。そしてメインは『ステファンゲーミングの3人が、あなたの質問に答えます!』という企画だ。
 
 あらかじめSNSで選手に答えて欲しいことを募集して、その中からピックアップして選手達が答えるというもの。もちろん、配信中のコメントからも、ひろっていく手はずになっている。

 大会についての雑談が終わったくらいに、おいちゃんがテーブルに置いた質問の紙を確認した。

「じゃあここからは、ファンの皆さんの質問に答えていきますねー! えーと、『それぞれのPNの由来は何ですか?』だって。これは結構聞かれること多いよね」

 誰からいく? という雰囲気のアイコンタクトの後、ノイ君が「じゃあ俺から」と手をあげた。

「俺は、名字が野宮だから『の』のつく言葉がいいなーって。『NOISE』っていう英単語の『雑音』ていう意味も悪くないよね」
「あれだよね、英字使えばかっこいい説」

 おいちゃんがすかさず突っ込み、ノイ君が「それ言ったら元も子もないじゃんー!」と笑う。その後で「はい次、コオリは?」と水を向けた。

「俺は名前とはあんまり関係なくて、出身の『蒲郡がまごおり市』からとっただけですね」
「そうなの? 氷っぽいからコオリだと思ってたよ」
「なんですか、それ」

 氷っぽい……って、確かにちょっとわかるかも。コオリ君て冷静沈着な印象あるからなぁ。

「愛知といえば、ひつまぶしだよね。うなぎ食べたい。──最近実家帰ってるんだっけ?」
「オフの時は少しだけ。……なんか、帰るたびに猫が太ってます」

 そう言えば、前にコオリ君から猫がじゃれあう写真見せてもらったことあったなぁ。あれは和んだ……。
 コオリ君もそれを思い浮かべたのか、ゆるく微笑んだ。

 そのほんわかした空気感を引き継いで、最後においちゃんが「俺はねぇ……「おーい」っていうのが口癖だったんだよね。人を呼ぶときとか、誰かにつっこみいれるときとか」と言う。

「で「おいおいうるさい」みたいな感じで友達からつっこまれてるところを見てた彼女が『おいちゃん』でいいんじゃない?って言って──」

 おいちゃんが放つ優しいオーラに、わたしまで癒される。多分それはノイ君もコオリ君も同じで、二人して「いいねぇ」とうなずきあっていた。なんとなくまったりしかけた雰囲気に気づいて、おいちゃんが「じゃ、じゃあ次の質問いこっか」と進行する。

 配信前に質問内容はみんなに見せてあるから、その後の質問に対してもみんなサラサラと答えていく。『好きなカードは?』とか、『試合の前日に必ず食べるものはありますか?』とか。

 普段よりもかなりまったりゆるい感じの雑談配信は、コメント欄が活発だ。
 ゲームの戦術とかの話は、よっぽどやりこんでないとコメントしづらいけれど、好きな食べ物とか癖とかの話なら入りやすい。

 わたしも存在が埋もれないように、にんじんアカウントでコメントを残していく。

 そしてついに、わたしの待ってた瞬間が訪れた。

「えーと……『みなさんの恋愛観が聞きたいです』だって」

 読み上げたおいちゃん本人が『こんな質問あったっけ?』と首をかしげている。ノイ君とコオリ君に目配せをしたあと、スタジオの隅にいるわたしに視線を向けてきた。

 話してオッケー!
 むしろ盛り上げて!

 そういう意味を込めて、わたしは親指をぐっと立てる。

「恋愛観かぁ……なんか意味広すぎない? どんなこと聞きたいの?」

 ノイ君が困ったような微笑みを浮かべると、コメント欄が『彼女いるの!?』という質問で埋められる。

 みんな選手のプライベートは気になるみたいだ。

 確かにノイ君やコオリ君はルックスの良さから、女性ファンも多い。そういう子たちからしたら、彼女の有無は重要な情報だ。

 にんじん『結婚願望ありますか?』

 負けじとわたしもコメントを打ち込む。
 
 ノイ君、お願い! これを拾って!!
 願いをこめてノイ君を見つめると、それが届いたのか彼も視線を向けた。ただし、かなり変な顔をして。
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