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【7】飛行機だって乗ったことないのに

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【7】
「ヘルガオルガ!遅いですわよ!」
砦の上空を、失望していた戦士たちの暗雲をかき消すようにレッドドラゴンは風を巻き上げながら一気に通過する。
その背中には真っ赤な長髪を振り乱す黒い鎧の女騎士が乗っていた。竜騎士だ。
そしてドラゴンは砦中央を通り過ぎざま、口からの火炎で戦闘機UFOを一機包み込んでいた。
「シリアリス、見て!ただの火じゃないよ、消えない!
―あれはガスじゃなく油だ!体内生成した油に着火しながら噴き付けてるんだ!
ガスバーナーじゃない、火炎放射器だよ!」
中まで蒸し焼きにされたそのUFOはすぐにコントロールを失い、砦の外へと墜落していく。
突然の事態に、戦闘機UFOはジグザグ飛行をしながら上空へと離れる。
これほどに優勢でも油断はしていない。異世界陣営にとって壊滅的ダメージを受けているこの戦闘だが、無敵の快進撃を続けている彼らにしてみてもやはりこの砦にだけは戦力の多くを、今回にしても半数近くのUFOを撃墜されている。油断などできるはずはなかった。
その隙に、ドラゴンはソフィエレの居る中庭中央めがけて滑空し、そのままバサリ、バサリと大きく羽ばたきながら着地した。
ヒマリにとってその光景は、魔法を見た時以上にファンタジー世界を感じさせる物だった。
ドラゴンに跨った赤髪の女竜騎士がそのままで叫ぶ。
「おいソフィエレ!
ヴァンデルベルト先輩は?!鷲鳥人たちどうした!アタシより先行して向かってたはずだぞ」
「ヴァンデルベルト様は今はいません、王都です。
鷲鳥人部隊は―
全滅しましたわ。それに、砦戦力の半分も―魔導士アイマル様も…」
「何―」
ヘルガオルガと呼ばれた女竜騎士は動きが固まる。
やはり予想外の事態なのだろう。
「遅いですわ、ヘルガオルガ―」
「―すまねえ。これでも鷲鳥人の里から飛ばして来たんだが…」
「ヘルガオルガさん!お願いボクも乗せて!UFOの近く行きたい!」
「ああ?誰だよおめー」
「ヒマリさん?!危ないですわよ、おやめなさい」
「はい、ヒマリ。止めてください。危険です」
「シリアリスまで!
ダメなんだよ、行かなきゃ!バリアーが稼働してるUFOの近くに行かなきゃなんだよ、ボクは!
遠目じゃわからない!あんな個人用バリアーじゃわからない!」
ヒマリは、スマホから流れる冷静な制止に向かって叫ぶ。ヒマリとシリアリスの会話は日本語だから勿論周りの誰にも分らない。
が、その熱量は伝わっていた。真剣さは伝わっていた。
「……ヘルガオルガ。この方が異世界人のヒマリさんです」
「何?こいつが?
嘘だろ、たった一人しか召喚できない異世界人がこんなへちゃむくれかよ」
「乗せてあげてくださいまし、ベウストレムの背中に。きっと必要な事なんですわ」
「何言ってんだ、ソフィエレまで。こんな鈍臭そうなやつ乗せて空中戦なんてできっかよ」
「うっせーヤンキーさっさと乗せろつってんだシリアリスこれ絶対訳さないでね」
「あ?今なんか言ったなテメえ」
「かっこいいドラゴンですねって言っただけだよ」
「ほなウチも乗りますえ。ヒマリはんのサポートします。それやったらよろしいやろ」
「はあ?!ざっけんな、定員オーバーだよ!」
「大丈夫どす。ウチは軽いですさかい、どなたはんかと違て」
「誰のことだよエルマリさん!」
「あらあら、ヒマリはんとは言うてまへんえ」
「あーもうウッセえ!!
わかったよ、どーせ魔術師は乗せようと思って降りたんだ。
さっさと乗れ!落ちても知らねーからな!」
「いちいち怒鳴んなヤンキーボクが怖いだろビビってチビってもしんねーかんなシリアリスこれも訳さないでね」
「ああ?!またなんか言っただろテメエ!」
「地球のあいさつだよ。よろしくねって言ったんだよ」
無駄口をたたきながらヒマリはドラゴンの背中へと登る。
もちろん一人では登れずに近くのオークの戦士に持ち上げてもらいなんとか登る。
そしてもちろん、エルマリはドラゴンの腕に足を乗せ身軽にひょいと跳び乗る。
「ヘルガオルガ、敵を集めて砦から引き離してくださいまし。できまして?」
「当然だ、任せろ」
ソフィエレの指示を合図に、ヒマリはファンタジーの空へと舞いあがった。
それはあまりにも力強い羽ばたき。何トンあるかわからないトカゲの巨体が一振りごとにぐん、ぐん、と確実に上昇する。
楽しむ余裕も怖がる余裕もなく、ヒマリはヘルガオルガにしがみつく。
ドラゴンに警戒し編隊を組みなおした15機もの戦闘機UFO。その半数が列をなしてドラゴンへと砲撃を開始する。


どの世界でも戦闘機乗りは、相手の飛び立つ隙を見逃すはずがない。
「よーし行くぞ!お前ら邪魔すんなよ落ちんなよ!」
その圧倒的不利にも全く動じないヘルガオルガの気迫が、根性が、その声からだけでもヒマリにはわかった。
掛け声に合わせてドラゴンは空中を自由に、リングのボクサーのように俊敏に駆け巡る。戦闘機UFOの熱線砲を全て躱し、余裕で大空へと舞い上がった。
「見たか宇宙人!ベウストレムだ!」
ヘルガオルガは高らかに、ドラゴン―ベウストレムのように力強く笑う。
「―そりゃそうだよね、シリアリス。ドラゴンと相棒になる女騎士だもんね。
腕ぶっといしおっぱいでっかいしケツでけーし、腹筋も絶対ガッチガチだよ。このヤンキー、騎士っつーかアマゾネスじゃんね。今のうちにうっかり鎧に手ぇつっこんでおっぱいもんどいた方がいいよね」
「―ヒマリ。またですか」
「いやでもマジな話さ、チャンスは今だけかもしんないじゃん。しかも今なら背中にエルマリさんのおっぱいがあんだよ」
「訳します」
「わかったやめる」
「おいエルマリ、この異世界人何ぶつぶつ言ってんだ?」
「発作どす。
よく発作おこしはるんどす。異世界ひとり上手病言いましてな。ほっといたらよろしいわ」
「なんでこんなの乗せなきゃなんねんだよ…」
戦闘機UFOは二手に分かれている。ドラゴンを狙う8機と砦を攻撃する7機。順当すぎる編成だろう。
「異世界人、マジで落ちんなよ!」
ヘルガオルガは続いている攻撃を躱しつつ、ベウストレムを急降下させる。
地上すれすれまでの間に2機のUFOにドラゴンの火炎をぶつけ、その勢いのまま一気に急上昇する。
ドラゴンを狙うUFOへの攻撃は難しいが、砦攻撃組は意識が向いていないから当たりやすい。異星人側は本当ならその隙にたった一頭のドラゴン、撃墜もできると考えていたのだろう。
だがベウストレムの有機的な動きはジグザグ飛行すら可能な異星人のUFOでも絶対に不可能な領域にある。
空中で止まり、下がり、トンボ返りをして躱し、あげくバスケ選手のように身をひるがえして相手の後ろにすら回り込む。そうしてさらに1機に火炎放射をぶつける―が、しかしこれはバリアーで防がれてしまう。
やるな、と不敵に笑うヘルガオルガにしがみつきながらヒマリは悲鳴を上げ続けていた。
ジェットコースターどころではない激しさだ。顔を上げる暇もない。
「ヒマリはん、しっかり!」
「せめてまっすぐ飛んでぇー!!」
「おめーマジで何しに来たんだよ!今からしばらく直線だ!」
敵は作戦を変更していた。
砦はいつでも殲滅できると考えたらしい。13機もの戦闘機UFO全てがベウストレムを追う。
ドラゴンは力強く空中で自由に動き回れるが、直進速度となると鷲鳥人や戦闘機UFOには大きく見劣りする。
やがて追いつかれるだろうが、それでも少しでも砦から離れるように飛ぶ。その方が流れ弾も気にせずに済むからだ。
「ひぃーー、エルマリさんワイバーンスレイヤーいける?
狙うのは中央やや後ろの四角い板部分あったでしょ、その真ん中。多分あそこがコクピットだ、操縦者がいる。
ヘルガオルガもそのへん狙ってね」
「―そうなのか?エルマリ」
「へえ、ヒマリはんの言う通りにしとくんなはれ」
「…よし、わかった」
「エルマリさん、相手バリアー張っててもいいからね」
「来たぞ、掴まってろよ!」
風を切って先頭を飛ぶUFOの砲撃をかわしながら、ギリギリで宙返りをしてみせるベウストレム。
そうしてすれ違う瞬間にエルマリは銀の矢を抜き、魔法詠唱と詠唱所作を同時にこなす。
他に誰がこの芸当を出来るのだろう。
だが。敵の戦闘機UFOのパイロットも今までの戦闘でドラゴンの回避と攻撃を予想していたのだろう。エルマリのワイバーンスレイヤーはバリアーにはじかれてしまう。
「よし!」
「良くねえよ異世界人!」
敵からの反撃を、ドラゴンはギリギリで回避する。
「ちくしょう、ブレス当てる余裕すらねえ!」
「いーんだよ!エルマリさんもっかいもっかい!ワイスレもっかい!」
「ヒマリはん、あんたわかってへんやろけどこれミスリル銀の矢じりどすえ!」
文句を言いながらもエルフはすかさず弓と詠唱をこなす。空中旋回していたUFOの、それもさっき当てたバリアーの同じ場所へと放たれた。
またしても魔法を帯びた虹色の矢はキィンッと澄んだ鐘のような音でバリアーに刺さる。
「刺さった?!バリアーに?!…あり得ない…。なんだアレ!」
「そらよろしおすなぁ。20ゴールドかけた甲斐があるっちゅうもんどすわ。
あと人の奥義を勝手に略しなはんな」
「ヴァンデルベルトさんにつけといて。
ヘイ、シリアリス!火球の魔法をくさびの形状で出力、螺旋運動での加速で発射!」
「はい」
キュルキュルキュル、という音声ファイルを倍速で再生したような音声がスマホから再生される。
と同時に、戦闘機タイプをまっすぐに指差すヒマリの右手から、燃え上がる炎のアローが射出される。それはバリアーへと命中する直前に、約束事のようにバリアーは消滅しはじかれる事もなく、無防備なUFOに直撃、貫通した。
「速っ…?!なんだ?!」
「よし、通った!思ったよりトップスピードになるの遅いなぁ」
ヒマリの手から射出されたものは最初は火の玉だった。
その炎そのものが流線型に…閉じた傘のように姿を変えそして即座にドリルのように回転をしながらゆっくりと前進しだし、瞬間ごとに速度を倍にと加速し、最後は一本の赤い光る線となり、UFOへと襲い掛かったのだった。
墜落する戦闘機UFOを、ドラゴンの背中から身を乗り出して確認しながらエルマリがぼそりと尋ねる。
「ヒマリはん…今のは」
その複雑な挙動の魔法はエルマリの長い人生経験でも見聞きした事の無い魔法だった。
「ほら、魔法詠唱って1.8秒以内に唱えなきゃでしょ。スマホの早送り詠唱で詰め込めそうな分3つ融合して入れてみたんだよ。
悪くないでしょ。エルマリさんの5連魔法陣には負けるけど」
「入れてみたて…
ほほほ!さすがヒマリはんどすなあ」
「ヘイシリアリス、今の詠唱パターンは、そうだなぁ、びっくりファイアー1号って名前で登録。隙があったら使ってくから」
「はい。びっくりファイアー1号、で登録しました」
「それで、この戦闘機UFO、バリアーが3秒半しか保たないんだよ。
その後8秒ぐらいノーバリアだ。
バリアーしなきゃいけない状況に追い込んだ後に攻撃だよ」
「ヒマリはん、なんで知ったはるんどす?数えたはったん?」
「そりゃ敵アルゴリズム読むのはシューティングゲームの基本だもん。
なるほどなあ、最初のドローンUFOもバリアーを常時は張ってなかったし。
間違いない、エネルギー消費が相当高いんだよ。あるいはバッテリー以前にあの小型戦闘機タイプだと発動機的なのの出力が追いつかないのかも…。
大体なんだあのバリアー、どうやってアレを空中に固定…ウィキググりてえー」
「また異世界病だ、大丈夫かこいつ」
「へえ、ほんに頼りになる病気どすわ」
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