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第八話 悪いのはアタシじゃない。
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「僕が愛しているのはシンシアだ」
メルクーリ伯爵家を訪ねたコラスィアに、ミハリスは言った。
「君の言うことなんか聞くんじゃなかった。浮気している振りをしてシンシアの気を引こうだなんて、僕が莫迦だったんだ」
「途中からはアタシに本気だったでしょう? 離れに入り浸りだったじゃない」
「君と関係を持ったことを知られて自棄になっていただけだ」
「あの女を愛していたのに、トカゲ男に差し出したわけ?」
ミハリスは、ぎろりとコラスィアを睨みつける。
コラスィアは察した。
「……ああ、そう。全部アタシのせいにして、途中であの女を救い出すつもりだったのね。でも事があまりにも大きくなったから、大暴走討伐に行ったこともない腰抜けはなにも言えなくなったんだ。アタシと浮気してる振りを始めたのも、あの女が逞しいメルクーリ伯爵を好きなんじゃないかって不安に思ったからだもんねえ」
「うるさい! 出て行け、コソ泥。衛兵! この女をつまみ出せ!」
武勇に優れた兄に劣等感を持ちながらも自ら足を踏み出して戦場へ向かうことは出来なかった小心者の青年が、コラスィアを伯爵家の敷地から追い出した。
コラスィアは前科持ちになってしまった。
父母の横領罪の共犯にされたわけではない。行きがけの駄賃にもう戻ることのないシンシアの部屋のものを持ち出して売ったら捕まってしまったのだ。
(どいつもこいつもあの女のことばかり、ムカつくわ)
ロウンドラス公爵家を第三王子に譲渡したシンシアの父は、王子と密約を交わしていた。
なにかあってシンシアが戻ってきたら、王都の公爵家で迎え入れて死ぬまで養うという約束だ。そのため彼女の部屋はずっとそのままにされる。
もちろんコラスィアにそんなことは教えてくれないが、シンシアのものは買い戻せと命令されたので従うしかなかった。
コラスィアのことはだれも考えてくれない。
体を許したミハリスでさえあの言い草だ。
下町に母を囲っていたころは来るたびに、お前達がいるから生きていけるんだ、愛しているよ、と言ってくれていた実父は、今回正妻に離縁され母から遡られてロウンドラス公爵家の資産横領の罪で捕まってからは、憎悪に満ちた目でコラスィア達を見ている。シンシアの私物を返したことでひと足先に牢を出たコラスィアに後ろから、下町で客を取って保釈金を持ってこい、と叫んで来たのには呆れてしまった。母を没落貴族の令嬢と称して公爵家の後妻にねじ込んだのも実父の仕業だ。
(どうしてアタシがこんな目に遭わなきゃいけないの? なにも悪いことしてないのに)
シンシアの婚約者を寝取ったことも彼女をニセの番に仕立て上げたことも、コラスィアの中では悪いことではない。
コラスィアはなにも持っていないのだから、持っているシンシアから奪うのは当然のことだ。そう考えている。
ミハリスが迎え入れてくれなければ、牢を出ても行くところはない。公爵家で与えられていた私物を売った金は、シンシアのものを買い戻すために使ってしまった。
「ああ、もうっ! なんだってアタシがこんな……そうだわ」
コラスィアはいいことを思いついた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(トカゲ男の番なんて冗談じゃないけど、竜王っていうからにはお金持ちなんでしょ? それにあんなに鱗だらけで醜いんだから、綺麗なアタシのことはチヤホヤしてくれるはず)
コラスィアは自分が竜王の番だと申し出ることにしたのだ。
申し出が遅れたのは、もちろんシンシアのせいにする。
以前ミハリスに話していた通り、竜王の番になりたがったシンシアがコラスィアに魔結晶を作らせて魔力を誤認させようとしたと説明した。
思っていた以上に簡単に話が通り、コラスィアはロウンドラス公爵家にいたときでさえ来たことのない王宮へ招かれた。
これから竜王ダミアンが現れて真偽を確かめてくれるのだ。
すべてが上手く行っている──ただ泳がされているだけだということに、コラスィアは気づかなかった。
(たぶん竜王もあの女のことを疑っていたのね)
王宮の大広間で国王の前に跪き、そんな自分に都合の良いことを考えていたコラスィアの前に竜王ダミアンが現れた。
王都の上空を飛んでいた巨竜の鱗と同じ黄金の髪をなびかせた、整った顔の麗しい青年だ。黄金に光る瞳がコラスィアを映す。
鱗に覆われたトカゲ男の姿が竜人の正体だと思っていたコラスィアは、夢のように美しい姿を目にして言葉を失った。
「君が私の番だという女性かい?」
「は、はい! そうです! 大暴走の戦勝パレードのとき、空を飛ぶアナタの姿を見た途端衝動を感じて……でも意地悪なシンシア、ロウンドラス公爵令嬢のせいで言えなかったんです!」
「ふうん……?」
じろじろと見られても不快には感じなかった。
むしろ求められているようで嬉しくなった。
(ああ、本当に彼はアタシの番なんだわ。彼ならきっと、アタシを莫迦にした奴らを痛めつけてくれる!)
コラスィアは、ミハリスも父母も許す気はなかった。母はなにもしなかったこと、横領した金を自分には分けてくれなかったことが許せない。
そしてもちろんシンシアは一番酷い目に遭わせてやるつもりだ。
シンシアが持っているものはすべて、自分が持つべきものだとコラスィアは思っていた。
「……?……」
「竜王様ぁ?」
不意に竜王の様子が変わった。
狼狽えた感じで辺りを見回している。
激しい衝動から生じる自分への恋情に戸惑っているのかとコラスィアは考えたのだが──
「すまない、クリストポロスの国王よ。私の愛しい真の番シンシアになにかあったようだ。来たばかりで悪いが、すぐに帰らせてくれ」
「竜王? それではこの娘は?」
「……私の番ではない」
「嘘よっ!」
国王が、どこかホッとしたような表情で辺りの衛兵に告げる。
「竜王の番を騙るのは重罪だ。衛兵よ、その娘を捕らえよ」
「嫌よ、待って。竜王様、アタシがアナタの番なのよーっ!」
コラスィアの叫びはだれの耳にも届かなかった。
メルクーリ伯爵家を訪ねたコラスィアに、ミハリスは言った。
「君の言うことなんか聞くんじゃなかった。浮気している振りをしてシンシアの気を引こうだなんて、僕が莫迦だったんだ」
「途中からはアタシに本気だったでしょう? 離れに入り浸りだったじゃない」
「君と関係を持ったことを知られて自棄になっていただけだ」
「あの女を愛していたのに、トカゲ男に差し出したわけ?」
ミハリスは、ぎろりとコラスィアを睨みつける。
コラスィアは察した。
「……ああ、そう。全部アタシのせいにして、途中であの女を救い出すつもりだったのね。でも事があまりにも大きくなったから、大暴走討伐に行ったこともない腰抜けはなにも言えなくなったんだ。アタシと浮気してる振りを始めたのも、あの女が逞しいメルクーリ伯爵を好きなんじゃないかって不安に思ったからだもんねえ」
「うるさい! 出て行け、コソ泥。衛兵! この女をつまみ出せ!」
武勇に優れた兄に劣等感を持ちながらも自ら足を踏み出して戦場へ向かうことは出来なかった小心者の青年が、コラスィアを伯爵家の敷地から追い出した。
コラスィアは前科持ちになってしまった。
父母の横領罪の共犯にされたわけではない。行きがけの駄賃にもう戻ることのないシンシアの部屋のものを持ち出して売ったら捕まってしまったのだ。
(どいつもこいつもあの女のことばかり、ムカつくわ)
ロウンドラス公爵家を第三王子に譲渡したシンシアの父は、王子と密約を交わしていた。
なにかあってシンシアが戻ってきたら、王都の公爵家で迎え入れて死ぬまで養うという約束だ。そのため彼女の部屋はずっとそのままにされる。
もちろんコラスィアにそんなことは教えてくれないが、シンシアのものは買い戻せと命令されたので従うしかなかった。
コラスィアのことはだれも考えてくれない。
体を許したミハリスでさえあの言い草だ。
下町に母を囲っていたころは来るたびに、お前達がいるから生きていけるんだ、愛しているよ、と言ってくれていた実父は、今回正妻に離縁され母から遡られてロウンドラス公爵家の資産横領の罪で捕まってからは、憎悪に満ちた目でコラスィア達を見ている。シンシアの私物を返したことでひと足先に牢を出たコラスィアに後ろから、下町で客を取って保釈金を持ってこい、と叫んで来たのには呆れてしまった。母を没落貴族の令嬢と称して公爵家の後妻にねじ込んだのも実父の仕業だ。
(どうしてアタシがこんな目に遭わなきゃいけないの? なにも悪いことしてないのに)
シンシアの婚約者を寝取ったことも彼女をニセの番に仕立て上げたことも、コラスィアの中では悪いことではない。
コラスィアはなにも持っていないのだから、持っているシンシアから奪うのは当然のことだ。そう考えている。
ミハリスが迎え入れてくれなければ、牢を出ても行くところはない。公爵家で与えられていた私物を売った金は、シンシアのものを買い戻すために使ってしまった。
「ああ、もうっ! なんだってアタシがこんな……そうだわ」
コラスィアはいいことを思いついた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(トカゲ男の番なんて冗談じゃないけど、竜王っていうからにはお金持ちなんでしょ? それにあんなに鱗だらけで醜いんだから、綺麗なアタシのことはチヤホヤしてくれるはず)
コラスィアは自分が竜王の番だと申し出ることにしたのだ。
申し出が遅れたのは、もちろんシンシアのせいにする。
以前ミハリスに話していた通り、竜王の番になりたがったシンシアがコラスィアに魔結晶を作らせて魔力を誤認させようとしたと説明した。
思っていた以上に簡単に話が通り、コラスィアはロウンドラス公爵家にいたときでさえ来たことのない王宮へ招かれた。
これから竜王ダミアンが現れて真偽を確かめてくれるのだ。
すべてが上手く行っている──ただ泳がされているだけだということに、コラスィアは気づかなかった。
(たぶん竜王もあの女のことを疑っていたのね)
王宮の大広間で国王の前に跪き、そんな自分に都合の良いことを考えていたコラスィアの前に竜王ダミアンが現れた。
王都の上空を飛んでいた巨竜の鱗と同じ黄金の髪をなびかせた、整った顔の麗しい青年だ。黄金に光る瞳がコラスィアを映す。
鱗に覆われたトカゲ男の姿が竜人の正体だと思っていたコラスィアは、夢のように美しい姿を目にして言葉を失った。
「君が私の番だという女性かい?」
「は、はい! そうです! 大暴走の戦勝パレードのとき、空を飛ぶアナタの姿を見た途端衝動を感じて……でも意地悪なシンシア、ロウンドラス公爵令嬢のせいで言えなかったんです!」
「ふうん……?」
じろじろと見られても不快には感じなかった。
むしろ求められているようで嬉しくなった。
(ああ、本当に彼はアタシの番なんだわ。彼ならきっと、アタシを莫迦にした奴らを痛めつけてくれる!)
コラスィアは、ミハリスも父母も許す気はなかった。母はなにもしなかったこと、横領した金を自分には分けてくれなかったことが許せない。
そしてもちろんシンシアは一番酷い目に遭わせてやるつもりだ。
シンシアが持っているものはすべて、自分が持つべきものだとコラスィアは思っていた。
「……?……」
「竜王様ぁ?」
不意に竜王の様子が変わった。
狼狽えた感じで辺りを見回している。
激しい衝動から生じる自分への恋情に戸惑っているのかとコラスィアは考えたのだが──
「すまない、クリストポロスの国王よ。私の愛しい真の番シンシアになにかあったようだ。来たばかりで悪いが、すぐに帰らせてくれ」
「竜王? それではこの娘は?」
「……私の番ではない」
「嘘よっ!」
国王が、どこかホッとしたような表情で辺りの衛兵に告げる。
「竜王の番を騙るのは重罪だ。衛兵よ、その娘を捕らえよ」
「嫌よ、待って。竜王様、アタシがアナタの番なのよーっ!」
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