9 / 10
第九話 番じゃない。⑥
しおりを挟む
クリストポロス王国で出会った少女コラスィアは、確かに竜王ダミアンの番だった。
顔を見た途端、激しい衝動が体を走ったのだ。よく覚えていなかったのに、戦勝パレードの日に上空から見つけたのは彼女だと確信出来た。
シンシアに預けた竜血石がなかったら、すぐにでも彼女の前に跪いていただろう。
しかし竜血石を作るために強過ぎる魔力を体外に出したことで、ダミアンはいつもより冷静になっていた。
暴走もかなり収まって、巨竜化して飛んできた後でも鱗のない姿を取ることが出来た。
竜血石を通じて伝わってくるシンシアの感情に包まれて、ダミアンは理解した。コラスィアは番だが、愛することは出来ない相手だ、と。目の前の彼女よりも、指輪を見ているだろうシンシアの幸せな感情を喜びつつも贈り主に嫉妬する気持ちのほうが強かった。
本当の番であっても偽りで自分を騙した女だ。
罰を与えてやらなくてはならないと思っていたとき、シンシアの感情が弾けた。
激しい驚きの後の虚無──『無』の感情ではなく存在すら消えたのだ。竜血石を置いてどこかへ行っただけだろうか。そう思おうとしても嫌な予感が沸き上がってくる。
クリストポロス王国の国王に別れを告げて、再び巨竜化して帰路に就く。
公爵令嬢に悪いことをしたと思っているのだろう。ダミアンが『愛しい真の番シンシア』と口にしたことで大事にされていると感じたのか、国王は安堵したような顔を見せた。
スフィーリス竜王国とクリストポロス王国は友好国だ。クリストポロス王国で口にした言葉はいずれスフィーリス竜王国へ伝わる。
(これで婚礼の日の私の発言が少しでも薄まれば良いのだが)
公式に間違いだったと発表しても、シンシアに対する民の態度はどこか冷たい。
滅多にない番という存在に憧れを抱いているからこそ、それについての嘘や間違いは受け入れられないのだ。
すべてはダミアンの失敗だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……シンシアは?」
風を切って戻った宮殿のダミアンの部屋に、彼女の姿はなかった。
空っぽの揺り椅子だけが揺れている。
竜血石は窓枠に置かれていた。外を見ていたときに体勢を崩して下に落ちたような感じだが、地面に転がるものはない。ダミアンに聞かれて、衛兵は答えた。
「申し訳ございません。シンシア様は私どもの魔力の威圧に怯えてしまわれますので、あまり近づかないようにしておりました。もちろんお世話はちゃんとさせていただいております」
「ああ、わかっている。シンシアはどこだ?」
「……実は最近、竜都ではぐれ魔獣が目撃されておりました。人間の町ならばすぐに討伐命令を出すところですが、今回のはぐれ魔獣は竜人の魔力に怯えて逃げてしまいますので実害がなく……その……」
窓から落ちたシンシアは、迷い込んできたはぐれ魔獣に食われたのかもしれない。
衛兵はそう言いたいようだ。
「だから、竜血石を。私がいなくても周囲の魔力に耐えられ、はぐれ魔獣になど近寄られないように、なのに……」
しかし昨日の今日だ。すぐに生活を変えるのは難しい。
謝罪してからのダミアンは自分の魔力でシンシアを守っていたが、それでも彼女はほかの竜人が近づくと体を硬くしていた。
番に特別な思い入れを持つ竜人の民の前で否定され、投獄されるまでの間に浴びせかけられた嫌悪を含んだ魔力による威圧への恐怖は、今も彼女を蝕んでいたのだ。彼女の怯える様子を見てまで近づく竜人はいない。竜王に忠実ならば尚更だ。
シンシアを守るはずだった竜血石は窓枠に残されていた。
わざと残して自分から落ちたのだとは考えたくない。
考えたくはなかったものの、ダミアンの頭には昨日竜血石を渡したときにシンシアと交わした会話が蘇っていた。
──だれにも話を聞いていただけなかったのは辛かったですが、こうして嫁ぐ以上竜王陛下をお慕いして支えられるようにならなくてはと思って来ました。
政略結婚は貴族の娘の義務ですものね。
本当にそう思っていたのです。でも私は見てしまったのです、あのときの竜王陛下のお顔を。私が番でないと気づいて、絶望に染まってしまったお顔を。
彼女が感情を押し殺したのは、婚約者に裏切られたこと、番でないという言葉がだれにも届かなかったことだけが原因ではない。
婚礼の日にダミアンが見せてしまった表情こそが、シンシアを追い込んだのだ。
それはそうだろう。嫌がっても無理矢理連れてきておいて、間違いだったからいらないと言われたようなものだ。
「シンシア……」
ダミアンは呆然として窓の外を見つめた。
青い青い空が広がっている。
婚礼の前に巨竜姿でスフィーリス竜王国へ帰還していたとき、背中の彼女が小さな笑い声を漏らしたことがあった。ダミアンを愛そうと思い、空の上でも楽しみを探していたのだろう。
あの少女は、もういない。
番でなくても愛さずにはいられなかった花嫁は、もうダミアンの元から去っていったのだ。永遠に──
顔を見た途端、激しい衝動が体を走ったのだ。よく覚えていなかったのに、戦勝パレードの日に上空から見つけたのは彼女だと確信出来た。
シンシアに預けた竜血石がなかったら、すぐにでも彼女の前に跪いていただろう。
しかし竜血石を作るために強過ぎる魔力を体外に出したことで、ダミアンはいつもより冷静になっていた。
暴走もかなり収まって、巨竜化して飛んできた後でも鱗のない姿を取ることが出来た。
竜血石を通じて伝わってくるシンシアの感情に包まれて、ダミアンは理解した。コラスィアは番だが、愛することは出来ない相手だ、と。目の前の彼女よりも、指輪を見ているだろうシンシアの幸せな感情を喜びつつも贈り主に嫉妬する気持ちのほうが強かった。
本当の番であっても偽りで自分を騙した女だ。
罰を与えてやらなくてはならないと思っていたとき、シンシアの感情が弾けた。
激しい驚きの後の虚無──『無』の感情ではなく存在すら消えたのだ。竜血石を置いてどこかへ行っただけだろうか。そう思おうとしても嫌な予感が沸き上がってくる。
クリストポロス王国の国王に別れを告げて、再び巨竜化して帰路に就く。
公爵令嬢に悪いことをしたと思っているのだろう。ダミアンが『愛しい真の番シンシア』と口にしたことで大事にされていると感じたのか、国王は安堵したような顔を見せた。
スフィーリス竜王国とクリストポロス王国は友好国だ。クリストポロス王国で口にした言葉はいずれスフィーリス竜王国へ伝わる。
(これで婚礼の日の私の発言が少しでも薄まれば良いのだが)
公式に間違いだったと発表しても、シンシアに対する民の態度はどこか冷たい。
滅多にない番という存在に憧れを抱いているからこそ、それについての嘘や間違いは受け入れられないのだ。
すべてはダミアンの失敗だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……シンシアは?」
風を切って戻った宮殿のダミアンの部屋に、彼女の姿はなかった。
空っぽの揺り椅子だけが揺れている。
竜血石は窓枠に置かれていた。外を見ていたときに体勢を崩して下に落ちたような感じだが、地面に転がるものはない。ダミアンに聞かれて、衛兵は答えた。
「申し訳ございません。シンシア様は私どもの魔力の威圧に怯えてしまわれますので、あまり近づかないようにしておりました。もちろんお世話はちゃんとさせていただいております」
「ああ、わかっている。シンシアはどこだ?」
「……実は最近、竜都ではぐれ魔獣が目撃されておりました。人間の町ならばすぐに討伐命令を出すところですが、今回のはぐれ魔獣は竜人の魔力に怯えて逃げてしまいますので実害がなく……その……」
窓から落ちたシンシアは、迷い込んできたはぐれ魔獣に食われたのかもしれない。
衛兵はそう言いたいようだ。
「だから、竜血石を。私がいなくても周囲の魔力に耐えられ、はぐれ魔獣になど近寄られないように、なのに……」
しかし昨日の今日だ。すぐに生活を変えるのは難しい。
謝罪してからのダミアンは自分の魔力でシンシアを守っていたが、それでも彼女はほかの竜人が近づくと体を硬くしていた。
番に特別な思い入れを持つ竜人の民の前で否定され、投獄されるまでの間に浴びせかけられた嫌悪を含んだ魔力による威圧への恐怖は、今も彼女を蝕んでいたのだ。彼女の怯える様子を見てまで近づく竜人はいない。竜王に忠実ならば尚更だ。
シンシアを守るはずだった竜血石は窓枠に残されていた。
わざと残して自分から落ちたのだとは考えたくない。
考えたくはなかったものの、ダミアンの頭には昨日竜血石を渡したときにシンシアと交わした会話が蘇っていた。
──だれにも話を聞いていただけなかったのは辛かったですが、こうして嫁ぐ以上竜王陛下をお慕いして支えられるようにならなくてはと思って来ました。
政略結婚は貴族の娘の義務ですものね。
本当にそう思っていたのです。でも私は見てしまったのです、あのときの竜王陛下のお顔を。私が番でないと気づいて、絶望に染まってしまったお顔を。
彼女が感情を押し殺したのは、婚約者に裏切られたこと、番でないという言葉がだれにも届かなかったことだけが原因ではない。
婚礼の日にダミアンが見せてしまった表情こそが、シンシアを追い込んだのだ。
それはそうだろう。嫌がっても無理矢理連れてきておいて、間違いだったからいらないと言われたようなものだ。
「シンシア……」
ダミアンは呆然として窓の外を見つめた。
青い青い空が広がっている。
婚礼の前に巨竜姿でスフィーリス竜王国へ帰還していたとき、背中の彼女が小さな笑い声を漏らしたことがあった。ダミアンを愛そうと思い、空の上でも楽しみを探していたのだろう。
あの少女は、もういない。
番でなくても愛さずにはいられなかった花嫁は、もうダミアンの元から去っていったのだ。永遠に──
148
お気に入りに追加
2,039
あなたにおすすめの小説
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
愛と浮気と報復と
よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。
絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。
どんな理由があったとしても関係ない。
だって、わたしは傷ついたのだから。
※R15は必要ないだろうけど念のため。
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる