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第五話 見知らぬ人
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イレーネ様が帰った後、私は侍女のホアナを説得して寝間着から着替えました。
応接室で長椅子に座り、お菓子を頬張ります。
だれかが頭には糖分が必要だと言っていました。イレーネ様に聞かされたことを整理するには、頭を働かせるための糖分が大量に必要です。
──ハロルド様はこの三年間、私と聖花祭を過ごすことはなかったそうです。
私はこの三年間、いいえ、昨日は除いて、聖花祭はイレーネ様のところへ押しかけていたと言います。
イレーネ様の婚約者は第二王子殿下の護衛騎士で、聖花祭の王都を巡回する第二王子殿下に付き添うため昼間は一緒に過ごせないのです。第二王子殿下が聖花祭の王都を巡回なさるのは飾られている花の種類や色を確認して、それを育てている農村地帯の環境や土壌の変化を確認するためだとか。
それはともかく、イレーネ様も婚約者の仕事が終わるまではひとりなので、私と一緒に過ごしてくださっていたのです。
昨日の私はイレーネ様のところへ行きませんでした。
はっきりと聞いてはいないものの、ハロルド様の恋人のところへ行ったのではないかと思う、と彼女は言いました。
私から離れることのない侍女のホアナに確かめるとその通りで、私はハロルド様の恋人の家へ行って彼女に突き飛ばされたのだとの話です。彼女の隣にはハロルド様ではなく柄の悪い男の姿があって、ホアナはそちらに気を取られていて私を助けるのが遅れたのだと謝ってくれました。
自分のことなのに、記憶がないので実感がありません。
私はハロルド様の恋人のところへなにをしに行ったのでしょうか。
どんな方か確かめるため? ハロルド様と別れてくださいと頼むため? はっきりした目的はなく、ただただ嫉妬をぶつけるため? どんなに考えてもわかりません。
夢の中で聞いたハロルド様の言葉を思い出して心臓にヒビが入ったような気持ちになりましたが、記憶がないおかげで悲しみが湧いてきません。
胸の中にぽっかりと穴が開いているだけです。
ハロルド様の恋人に突き飛ばされた私は倒れて頭を打ち、意識を失ったところに通りかかった第二王子殿下とイレーネ様の婚約者に家まで運んでいただいたそうです。嫁入り前の貴族令嬢のことですので、イレーネ様にもその情報は伝えられていませんでした。貴族令嬢が街中で気を失って倒れただなんて醜聞にしかなりません。
私と一緒にホアナの話を聞いたイレーネ様は、親友の私に教えないなんて! お従兄様は昔から四角四面過ぎるのよ! と息巻いていらっしゃいましたが、ご存じだったらハロルド様の恋人のところへ押しかけて行ってそうですので、お伝えしていなくて正解だったと思います。
お父様がお出かけなさっているのも、そちらの関係だったとのことです。
記憶を失った私にすべてを話すのは酷かもしれないと、お父様がホアナに話すことを禁じていたのです。もっとも私本人が知りたがった場合は教えても良いという条件で。
「……お嬢様」
「ああ。ホアナ、ありがとう」
お茶のお代わりを用意しに行ってくれていたホアナが応接室へ戻って来ました。
お礼を言う私の目に、困惑した表情の彼女が飛び込んできます。
なにかあったのでしょうか。
「お嬢様、アラーニャ侯爵家のハロルド様がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか」
「ハロルド様が……?」
私が彼の恋人に突き飛ばされたことを謝りにいらしたのでしょうか?
お父様はいらっしゃいませんし、婚約者と言っても今の私は記憶喪失です。ハロルド様とお会い出来る状態ではありません。
でも──
「わかりました。着替えておいて良かったです。ハロルド様をこちらにご案内して」
「よろしいのですか?……かしこまりました」
それからしばらくして応接室へ現れたのは、私の知らない男性でした。
応接室で長椅子に座り、お菓子を頬張ります。
だれかが頭には糖分が必要だと言っていました。イレーネ様に聞かされたことを整理するには、頭を働かせるための糖分が大量に必要です。
──ハロルド様はこの三年間、私と聖花祭を過ごすことはなかったそうです。
私はこの三年間、いいえ、昨日は除いて、聖花祭はイレーネ様のところへ押しかけていたと言います。
イレーネ様の婚約者は第二王子殿下の護衛騎士で、聖花祭の王都を巡回する第二王子殿下に付き添うため昼間は一緒に過ごせないのです。第二王子殿下が聖花祭の王都を巡回なさるのは飾られている花の種類や色を確認して、それを育てている農村地帯の環境や土壌の変化を確認するためだとか。
それはともかく、イレーネ様も婚約者の仕事が終わるまではひとりなので、私と一緒に過ごしてくださっていたのです。
昨日の私はイレーネ様のところへ行きませんでした。
はっきりと聞いてはいないものの、ハロルド様の恋人のところへ行ったのではないかと思う、と彼女は言いました。
私から離れることのない侍女のホアナに確かめるとその通りで、私はハロルド様の恋人の家へ行って彼女に突き飛ばされたのだとの話です。彼女の隣にはハロルド様ではなく柄の悪い男の姿があって、ホアナはそちらに気を取られていて私を助けるのが遅れたのだと謝ってくれました。
自分のことなのに、記憶がないので実感がありません。
私はハロルド様の恋人のところへなにをしに行ったのでしょうか。
どんな方か確かめるため? ハロルド様と別れてくださいと頼むため? はっきりした目的はなく、ただただ嫉妬をぶつけるため? どんなに考えてもわかりません。
夢の中で聞いたハロルド様の言葉を思い出して心臓にヒビが入ったような気持ちになりましたが、記憶がないおかげで悲しみが湧いてきません。
胸の中にぽっかりと穴が開いているだけです。
ハロルド様の恋人に突き飛ばされた私は倒れて頭を打ち、意識を失ったところに通りかかった第二王子殿下とイレーネ様の婚約者に家まで運んでいただいたそうです。嫁入り前の貴族令嬢のことですので、イレーネ様にもその情報は伝えられていませんでした。貴族令嬢が街中で気を失って倒れただなんて醜聞にしかなりません。
私と一緒にホアナの話を聞いたイレーネ様は、親友の私に教えないなんて! お従兄様は昔から四角四面過ぎるのよ! と息巻いていらっしゃいましたが、ご存じだったらハロルド様の恋人のところへ押しかけて行ってそうですので、お伝えしていなくて正解だったと思います。
お父様がお出かけなさっているのも、そちらの関係だったとのことです。
記憶を失った私にすべてを話すのは酷かもしれないと、お父様がホアナに話すことを禁じていたのです。もっとも私本人が知りたがった場合は教えても良いという条件で。
「……お嬢様」
「ああ。ホアナ、ありがとう」
お茶のお代わりを用意しに行ってくれていたホアナが応接室へ戻って来ました。
お礼を言う私の目に、困惑した表情の彼女が飛び込んできます。
なにかあったのでしょうか。
「お嬢様、アラーニャ侯爵家のハロルド様がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか」
「ハロルド様が……?」
私が彼の恋人に突き飛ばされたことを謝りにいらしたのでしょうか?
お父様はいらっしゃいませんし、婚約者と言っても今の私は記憶喪失です。ハロルド様とお会い出来る状態ではありません。
でも──
「わかりました。着替えておいて良かったです。ハロルド様をこちらにご案内して」
「よろしいのですか?……かしこまりました」
それからしばらくして応接室へ現れたのは、私の知らない男性でした。
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