たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
56 / 60

幕間 竜王の白日夢③

しおりを挟む
 ニコラオスは最後の宴を迎えた。
 今夜は隣にサギニはいない。本人が拒んだし、ニコラオスもそのほうが良いと思ったのだ。
 ──そして、大広間の扉が開いてソティリオスにエスコートされたディアナが現れた。

「ディアナ王女。……いや、ディアナ王妃よ。私と踊ってくれないか」
「喜んで、竜王ニコラオス陛下」

 ずっと形だけの王妃であることも認めず、リナルディ王国の王女と突き放してきた彼女を王妃と呼んでしまったのはなぜなのか。
 とてもディアナに似合っていたけれど、従弟ソティリオスの髪や瞳と同じ銀色の煌めきを放つ紫の布地のドレスのせいかもしれない。ふわりと柔らかく広がった黒髪には、薄紅に色づく白い花びらが散らされていた。その黒髪を優しくまとめているのも銀の鎖だった。
 ニコラオスの胸は激しく騒いでいた。

 ソティリオスにエスコートされて大広間まで来たせいか、ディアナからはほんのりと麝香草タイムの香りがした。
 べつに従弟の専売特許でないことはわかっている。精霊王のことで離宮を訪ねたとき、いつもディアナが淹れてくれていたお茶の香りだ。
 だがニコラオスはなぜかそれが気に入らなかった。

 ニコラオスは麝香草タイムの香りが消えるまでディアナを抱き締めて踊り続けた。
 竜王妃である彼女に自分以外の人間が踊りを申し込もうとしていることが信じられなかった。
 リナルディ王国との付き合いはこれからも続く。公表はしていないが、目聡いものなら竜王が離縁後のディアナを大公家に嫁がせようとしていることに気づいている。竜王国を救う行動をしながらも、正式な公務には顔を出さず離宮に引き籠っていた彼女と繋ぎをつけるのは今夜が最適だ。だからなのに、そんなことは頭にも浮かばなかった。

 その反面不思議と冷静な自分もニコラオスの中にあった。
 まるで恋でもしたかのように自分はディアナを求めている。
 サギニといるときのようだが、少し違う。欲情ばかりに溢れているわけではないし、舌に残る酒の味に頭が蕩けてもいない。

 ニコラオスは踊りながら大広間を見回した。
 ソティリオスは壁に背中を預けて、こちらを見ている。その白銀色の瞳には静かな怒りが灯っているように思えた。
 メンダシウム男爵の姿はない。気まずかったのだろう。最初の夜会のとき、旅装から正装へと着替える時間も与えずにディアナを連れて来た裏には、男爵の暗躍があったと最近わかった。ソティリオスが気づかなければ、離宮で暮らすディアナのための費用も男爵の懐に入っていたに違いない。

 養女であるサギニを案じてのことだ、とこれまでのニコラオスは思っていた。
 だがメンダシウム男爵はサギニを愛人にしていたこともある男なのだ。
 オレステスに真実を報告されてもニコラオスはサギニを手放そうとしなかった。つがいであるということが、すべての問題を解決してくれると信じ込んでいたのだ。

(……本当に?……)

 秋の大暴走スタンピードで巨竜化したニコラオスは暴走しかけた。
 あのときの自分を戻してくれたのはだれだったのか。
 つがいであるサギニの近くに来たから収まったのだと思っていた。自分の唇が彼女の名前を紡いだことをうっすらと覚えている。

(だが……)

 ニコラオスが暴走しかけたことを聞いたサギニは、怯えてしばらくは顔さえ見せてくれなかった。
 元から部屋を訪れても入れてもらえていなかったが、顔さえ見せてもらえないのはかなり辛かった。
 辛かったけれど、時間が経つごとに慣れていった。あの酒の味が舌から消えていくのに従ってサギニへの想いも薄れていくような気がした。

(サギニがいなくても私は平気なのか? では彼女は?)

 窓辺に佇み、月光に照らされたディアナを見つめながらニコラオスは考えた。
 彼女はニコラオスのつがいではない。ヒト族だし、光の魔力が強いと言われる竜人族にとっては天敵のような存在の闇の魔力を思わせる黒い髪と紫の瞳の持ち主だ。
 竜王のつがいであるはずがない。

(しかし彼女は美しい。どうしてこれまで気づかなかったのだろう。明日、彼女はいなくなるのか? もしカサヴェテス竜王国に戻って来たとしても、そのときはソティリオスの妻として?)

「……陛下」
「なんだい、ディアナ王妃」

 銀色の月光に包まれた彼女を美しいと思いながらも、その月光に従弟ソティリオスの存在を感じて、ニコラオスは自分の胸を掻き毟りたくなった。
 自分の胸に生じたのが嫉妬だと気づいたとき、ディアナは言った。

 ──竜王ニコラオス陛下。あなたは私のつがいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

愛は見えないものだから

豆狸
恋愛
愛は見えないものです。本当のことはだれにもわかりません。 わかりませんが……私が殿下に愛されていないのは確かだと思うのです。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...