56 / 60
幕間 竜王の白日夢③
しおりを挟む
ニコラオスは最後の宴を迎えた。
今夜は隣にサギニはいない。本人が拒んだし、ニコラオスもそのほうが良いと思ったのだ。
──そして、大広間の扉が開いてソティリオスにエスコートされたディアナが現れた。
「ディアナ王女。……いや、ディアナ王妃よ。私と踊ってくれないか」
「喜んで、竜王ニコラオス陛下」
ずっと形だけの王妃であることも認めず、リナルディ王国の王女と突き放してきた彼女を王妃と呼んでしまったのはなぜなのか。
とてもディアナに似合っていたけれど、従弟の髪や瞳と同じ銀色の煌めきを放つ紫の布地のドレスのせいかもしれない。ふわりと柔らかく広がった黒髪には、薄紅に色づく白い花びらが散らされていた。その黒髪を優しくまとめているのも銀の鎖だった。
ニコラオスの胸は激しく騒いでいた。
ソティリオスにエスコートされて大広間まで来たせいか、ディアナからはほんのりと麝香草の香りがした。
べつに従弟の専売特許でないことはわかっている。精霊王のことで離宮を訪ねたとき、いつもディアナが淹れてくれていたお茶の香りだ。
だがニコラオスはなぜかそれが気に入らなかった。
ニコラオスは麝香草の香りが消えるまでディアナを抱き締めて踊り続けた。
竜王妃である彼女に自分以外の人間が踊りを申し込もうとしていることが信じられなかった。
リナルディ王国との付き合いはこれからも続く。公表はしていないが、目聡いものなら竜王が離縁後のディアナを大公家に嫁がせようとしていることに気づいている。竜王国を救う行動をしながらも、正式な公務には顔を出さず離宮に引き籠っていた彼女と繋ぎをつけるのは今夜が最適だ。だからなのに、そんなことは頭にも浮かばなかった。
その反面不思議と冷静な自分もニコラオスの中にあった。
まるで恋でもしたかのように自分はディアナを求めている。
サギニといるときのようだが、少し違う。欲情ばかりに溢れているわけではないし、舌に残る酒の味に頭が蕩けてもいない。
ニコラオスは踊りながら大広間を見回した。
ソティリオスは壁に背中を預けて、こちらを見ている。その白銀色の瞳には静かな怒りが灯っているように思えた。
メンダシウム男爵の姿はない。気まずかったのだろう。最初の夜会のとき、旅装から正装へと着替える時間も与えずにディアナを連れて来た裏には、男爵の暗躍があったと最近わかった。ソティリオスが気づかなければ、離宮で暮らすディアナのための費用も男爵の懐に入っていたに違いない。
養女であるサギニを案じてのことだ、とこれまでのニコラオスは思っていた。
だがメンダシウム男爵はサギニを愛人にしていたこともある男なのだ。
オレステスに真実を報告されてもニコラオスはサギニを手放そうとしなかった。番であるということが、すべての問題を解決してくれると信じ込んでいたのだ。
(……本当に?……)
秋の大暴走で巨竜化したニコラオスは暴走しかけた。
あのときの自分を戻してくれたのはだれだったのか。
番であるサギニの近くに来たから収まったのだと思っていた。自分の唇が彼女の名前を紡いだことをうっすらと覚えている。
(だが……)
ニコラオスが暴走しかけたことを聞いたサギニは、怯えてしばらくは顔さえ見せてくれなかった。
元から部屋を訪れても入れてもらえていなかったが、顔さえ見せてもらえないのはかなり辛かった。
辛かったけれど、時間が経つごとに慣れていった。あの酒の味が舌から消えていくのに従ってサギニへの想いも薄れていくような気がした。
(サギニがいなくても私は平気なのか? では彼女は?)
窓辺に佇み、月光に照らされたディアナを見つめながらニコラオスは考えた。
彼女はニコラオスの番ではない。ヒト族だし、光の魔力が強いと言われる竜人族にとっては天敵のような存在の闇の魔力を思わせる黒い髪と紫の瞳の持ち主だ。
竜王の番であるはずがない。
(しかし彼女は美しい。どうしてこれまで気づかなかったのだろう。明日、彼女はいなくなるのか? もしカサヴェテス竜王国に戻って来たとしても、そのときはソティリオスの妻として?)
「……陛下」
「なんだい、ディアナ王妃」
銀色の月光に包まれた彼女を美しいと思いながらも、その月光に従弟の存在を感じて、ニコラオスは自分の胸を掻き毟りたくなった。
自分の胸に生じたのが嫉妬だと気づいたとき、ディアナは言った。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
今夜は隣にサギニはいない。本人が拒んだし、ニコラオスもそのほうが良いと思ったのだ。
──そして、大広間の扉が開いてソティリオスにエスコートされたディアナが現れた。
「ディアナ王女。……いや、ディアナ王妃よ。私と踊ってくれないか」
「喜んで、竜王ニコラオス陛下」
ずっと形だけの王妃であることも認めず、リナルディ王国の王女と突き放してきた彼女を王妃と呼んでしまったのはなぜなのか。
とてもディアナに似合っていたけれど、従弟の髪や瞳と同じ銀色の煌めきを放つ紫の布地のドレスのせいかもしれない。ふわりと柔らかく広がった黒髪には、薄紅に色づく白い花びらが散らされていた。その黒髪を優しくまとめているのも銀の鎖だった。
ニコラオスの胸は激しく騒いでいた。
ソティリオスにエスコートされて大広間まで来たせいか、ディアナからはほんのりと麝香草の香りがした。
べつに従弟の専売特許でないことはわかっている。精霊王のことで離宮を訪ねたとき、いつもディアナが淹れてくれていたお茶の香りだ。
だがニコラオスはなぜかそれが気に入らなかった。
ニコラオスは麝香草の香りが消えるまでディアナを抱き締めて踊り続けた。
竜王妃である彼女に自分以外の人間が踊りを申し込もうとしていることが信じられなかった。
リナルディ王国との付き合いはこれからも続く。公表はしていないが、目聡いものなら竜王が離縁後のディアナを大公家に嫁がせようとしていることに気づいている。竜王国を救う行動をしながらも、正式な公務には顔を出さず離宮に引き籠っていた彼女と繋ぎをつけるのは今夜が最適だ。だからなのに、そんなことは頭にも浮かばなかった。
その反面不思議と冷静な自分もニコラオスの中にあった。
まるで恋でもしたかのように自分はディアナを求めている。
サギニといるときのようだが、少し違う。欲情ばかりに溢れているわけではないし、舌に残る酒の味に頭が蕩けてもいない。
ニコラオスは踊りながら大広間を見回した。
ソティリオスは壁に背中を預けて、こちらを見ている。その白銀色の瞳には静かな怒りが灯っているように思えた。
メンダシウム男爵の姿はない。気まずかったのだろう。最初の夜会のとき、旅装から正装へと着替える時間も与えずにディアナを連れて来た裏には、男爵の暗躍があったと最近わかった。ソティリオスが気づかなければ、離宮で暮らすディアナのための費用も男爵の懐に入っていたに違いない。
養女であるサギニを案じてのことだ、とこれまでのニコラオスは思っていた。
だがメンダシウム男爵はサギニを愛人にしていたこともある男なのだ。
オレステスに真実を報告されてもニコラオスはサギニを手放そうとしなかった。番であるということが、すべての問題を解決してくれると信じ込んでいたのだ。
(……本当に?……)
秋の大暴走で巨竜化したニコラオスは暴走しかけた。
あのときの自分を戻してくれたのはだれだったのか。
番であるサギニの近くに来たから収まったのだと思っていた。自分の唇が彼女の名前を紡いだことをうっすらと覚えている。
(だが……)
ニコラオスが暴走しかけたことを聞いたサギニは、怯えてしばらくは顔さえ見せてくれなかった。
元から部屋を訪れても入れてもらえていなかったが、顔さえ見せてもらえないのはかなり辛かった。
辛かったけれど、時間が経つごとに慣れていった。あの酒の味が舌から消えていくのに従ってサギニへの想いも薄れていくような気がした。
(サギニがいなくても私は平気なのか? では彼女は?)
窓辺に佇み、月光に照らされたディアナを見つめながらニコラオスは考えた。
彼女はニコラオスの番ではない。ヒト族だし、光の魔力が強いと言われる竜人族にとっては天敵のような存在の闇の魔力を思わせる黒い髪と紫の瞳の持ち主だ。
竜王の番であるはずがない。
(しかし彼女は美しい。どうしてこれまで気づかなかったのだろう。明日、彼女はいなくなるのか? もしカサヴェテス竜王国に戻って来たとしても、そのときはソティリオスの妻として?)
「……陛下」
「なんだい、ディアナ王妃」
銀色の月光に包まれた彼女を美しいと思いながらも、その月光に従弟の存在を感じて、ニコラオスは自分の胸を掻き毟りたくなった。
自分の胸に生じたのが嫉妬だと気づいたとき、ディアナは言った。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
182
お気に入りに追加
4,534
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる