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42・たとえ夢が終わっても
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私が現れると、大広間は静まり返りました。
痛いほど視線が集まって来ます。なんだか皆様驚いた顔をしていらっしゃるのは、私の姿が浮いているからなのかもしれません。
……最後の夜です。ドレスを贈ってくださったソティリオス様のためにも着飾らせてくれたメイド達のためにも、ヒト族はこういうものなのだと押し切ることにしましょう。
一足早く驚愕から抜けて、竜王ニコラオス陛下が近づいてきます。
陛下は優しい笑みを浮かべていました。
申し訳ないことに、今夜はサギニ様の姿がありません。私の最後の夜だからと気を利かせてくださったのでしょうか。
「ディアナ王女。……いや、ディアナ王妃よ。私と踊ってくれないか」
「喜んで、竜王ニコラオス陛下」
儀礼的なものに過ぎないとしても、竜王陛下に踊っていただけるのは嬉しいものです。
前のときのように離れても心が騒ぎ続けることはありませんでしたが、それでも黄金の髪に黄金の瞳、美しい陛下を前にすると頭の中で声がするのです。
この方が、この方こそが私の番なのだ、と。
「……ソティリオス様?」
「ああ、その……すみません」
ソティリオス様に預けていた手を握られて、私は彼を振り向きました。
手を放す前にどこか悲しげな顔をなさっていたのは、せっかく贈ってくださったドレスを私が着こなせていなかったからかもしれません。申し訳ないことをしました。
私は竜王陛下に手を取られて大広間の中央へと歩み出しました。陛下の手に触れるのは、これが初めてかもしれません。ほんのりと胸が熱くなりました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから私は竜王ニコラオス陛下と踊り続けました。
最後の夜だからでしょうか、ほかの貴族の方に誘われることもあったのです。けれどそんなときも陛下が先約があるとおっしゃって、私と踊り続けられたのです。
形だけとはいえ王妃なので竜王陛下以外とは踊らないほうが良かったのかもしれません。もうカサヴェテス竜王国で交友関係を広げる必要もありませんしね。
「疲れているようだね、ディアナ王妃」
「申し訳ありません、陛下」
「気にすることはない。ヒト族の君の体力を考えなかった私が悪い。……少し窓辺で休もうか」
何曲目かが終わったときに言われて、私は陛下と窓辺へ移りました。
私と別れたソティリオス様が壁に背を預けてこちらを見ています。今夜は近衛騎士隊長としてでなく大公家長男としてのご出席なのに、今も護衛として守ってくださっているのです。
白銀色の瞳と一瞬だけ視線が交差した気がします。
「ディアナ王妃」
「はい」
侍従が持ってきてくれた飲み物を陛下が私へと差し出してくださっていました。
私はそれを受け取って、開かれた窓から夜空を見上げました。
銀色の月が輝いています。
「……」
「陛下?」
「すまない。君に……見惚れていた。月光を浴びた君は夜の化身のようだ」
「ありがとうございます、陛下」
褒めてくださっているのでしょうか。
最後の夜だから気を遣ってくださっているのでしょうね。
わかっていても嬉しいと心が騒ぎます。たとえ番だと感じなかったとしても、私はこの方に恋していたのかもしれません。いいえ、恋してしまったから番だと思い込んだのかもしれません。
私が夜の化身なら、黄金色に輝く竜王ニコラオス陛下は太陽の化身のようです。
昼も夜もない牢獄に囚われて長い年月を過ごし、導きの光のような存在だった母を喪い、右も左もわからない異国の地へやって来た私は、彼に焦がれずにはいられなかったのでしょう。自分に与えられなかった光り輝く世界を求めずにはいられなかったのでしょう。
その憧れの方に優しく扱われ、踊っていただいた今夜は夢の中にいるような気分でした。
今の私はいろいろなものを手に入れた……つもりです。
黒髪と紫色の瞳が示す闇の魔力は扱えるようになりました。恐れていた私の力で竜人族の病を癒し、魔物の大暴走をもたらす魔力の澱みを解くことが出来ました。ただの幻だったのかもしれませんが、前のときの世界の終わりは訪れませんでした。竜王陛下もお元気です。
精霊王様とお会いして、ご家族にも仲良くしていただけるようになりました。
だから大丈夫、なはずです。
今ならあの言葉を言っても良いはずです。
この夢のような夜ならば、前とは違う優しい言葉が返ってくるかもしれません。
「……陛下」
「なんだい、ディアナ王妃」
私は窓の外の月を背にして、その言葉を口にしました。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
大広間に入ってからずっと、優しく私を見つめていた竜王ニコラオス陛下のお顔が硬直しました。
ああ、やっぱりこれだけは言ってはいけなかったのですね。
矮小なヒト族の私が竜王陛下の番だなんて。陛下にはサギニ様という真の番がいらっしゃるというのに!
「ディアナ……王女、今、なんと?」
私は黄金色の瞳から顔を背けました。
「……なんでもありませんわ、陛下。ちょっと戯言を口にしただけです。だって最後の夜なのですもの」
「あ、ああ、そうだな。最後の夜だ」
竜王陛下はそれ以上聞かないでくださいました。
しばらくして、私は陛下と別れて離宮へ戻りました。
離宮へはソティリオス様が付き添ってくださいました。明日は早起きをして、白銀色の巨竜と化したソティリオス様にリナルディ王国まで運んでいただくのです。……夢は終わりました。
痛いほど視線が集まって来ます。なんだか皆様驚いた顔をしていらっしゃるのは、私の姿が浮いているからなのかもしれません。
……最後の夜です。ドレスを贈ってくださったソティリオス様のためにも着飾らせてくれたメイド達のためにも、ヒト族はこういうものなのだと押し切ることにしましょう。
一足早く驚愕から抜けて、竜王ニコラオス陛下が近づいてきます。
陛下は優しい笑みを浮かべていました。
申し訳ないことに、今夜はサギニ様の姿がありません。私の最後の夜だからと気を利かせてくださったのでしょうか。
「ディアナ王女。……いや、ディアナ王妃よ。私と踊ってくれないか」
「喜んで、竜王ニコラオス陛下」
儀礼的なものに過ぎないとしても、竜王陛下に踊っていただけるのは嬉しいものです。
前のときのように離れても心が騒ぎ続けることはありませんでしたが、それでも黄金の髪に黄金の瞳、美しい陛下を前にすると頭の中で声がするのです。
この方が、この方こそが私の番なのだ、と。
「……ソティリオス様?」
「ああ、その……すみません」
ソティリオス様に預けていた手を握られて、私は彼を振り向きました。
手を放す前にどこか悲しげな顔をなさっていたのは、せっかく贈ってくださったドレスを私が着こなせていなかったからかもしれません。申し訳ないことをしました。
私は竜王陛下に手を取られて大広間の中央へと歩み出しました。陛下の手に触れるのは、これが初めてかもしれません。ほんのりと胸が熱くなりました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから私は竜王ニコラオス陛下と踊り続けました。
最後の夜だからでしょうか、ほかの貴族の方に誘われることもあったのです。けれどそんなときも陛下が先約があるとおっしゃって、私と踊り続けられたのです。
形だけとはいえ王妃なので竜王陛下以外とは踊らないほうが良かったのかもしれません。もうカサヴェテス竜王国で交友関係を広げる必要もありませんしね。
「疲れているようだね、ディアナ王妃」
「申し訳ありません、陛下」
「気にすることはない。ヒト族の君の体力を考えなかった私が悪い。……少し窓辺で休もうか」
何曲目かが終わったときに言われて、私は陛下と窓辺へ移りました。
私と別れたソティリオス様が壁に背を預けてこちらを見ています。今夜は近衛騎士隊長としてでなく大公家長男としてのご出席なのに、今も護衛として守ってくださっているのです。
白銀色の瞳と一瞬だけ視線が交差した気がします。
「ディアナ王妃」
「はい」
侍従が持ってきてくれた飲み物を陛下が私へと差し出してくださっていました。
私はそれを受け取って、開かれた窓から夜空を見上げました。
銀色の月が輝いています。
「……」
「陛下?」
「すまない。君に……見惚れていた。月光を浴びた君は夜の化身のようだ」
「ありがとうございます、陛下」
褒めてくださっているのでしょうか。
最後の夜だから気を遣ってくださっているのでしょうね。
わかっていても嬉しいと心が騒ぎます。たとえ番だと感じなかったとしても、私はこの方に恋していたのかもしれません。いいえ、恋してしまったから番だと思い込んだのかもしれません。
私が夜の化身なら、黄金色に輝く竜王ニコラオス陛下は太陽の化身のようです。
昼も夜もない牢獄に囚われて長い年月を過ごし、導きの光のような存在だった母を喪い、右も左もわからない異国の地へやって来た私は、彼に焦がれずにはいられなかったのでしょう。自分に与えられなかった光り輝く世界を求めずにはいられなかったのでしょう。
その憧れの方に優しく扱われ、踊っていただいた今夜は夢の中にいるような気分でした。
今の私はいろいろなものを手に入れた……つもりです。
黒髪と紫色の瞳が示す闇の魔力は扱えるようになりました。恐れていた私の力で竜人族の病を癒し、魔物の大暴走をもたらす魔力の澱みを解くことが出来ました。ただの幻だったのかもしれませんが、前のときの世界の終わりは訪れませんでした。竜王陛下もお元気です。
精霊王様とお会いして、ご家族にも仲良くしていただけるようになりました。
だから大丈夫、なはずです。
今ならあの言葉を言っても良いはずです。
この夢のような夜ならば、前とは違う優しい言葉が返ってくるかもしれません。
「……陛下」
「なんだい、ディアナ王妃」
私は窓の外の月を背にして、その言葉を口にしました。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
大広間に入ってからずっと、優しく私を見つめていた竜王ニコラオス陛下のお顔が硬直しました。
ああ、やっぱりこれだけは言ってはいけなかったのですね。
矮小なヒト族の私が竜王陛下の番だなんて。陛下にはサギニ様という真の番がいらっしゃるというのに!
「ディアナ……王女、今、なんと?」
私は黄金色の瞳から顔を背けました。
「……なんでもありませんわ、陛下。ちょっと戯言を口にしただけです。だって最後の夜なのですもの」
「あ、ああ、そうだな。最後の夜だ」
竜王陛下はそれ以上聞かないでくださいました。
しばらくして、私は陛下と別れて離宮へ戻りました。
離宮へはソティリオス様が付き添ってくださいました。明日は早起きをして、白銀色の巨竜と化したソティリオス様にリナルディ王国まで運んでいただくのです。……夢は終わりました。
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