彼を愛したふたりの女

豆狸

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第三話 彼女の死について

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「ドローレ様がお亡くなりになったのは私のせいです。殿下は私を憎んでいらっしゃらないのですか?」

 私の質問に、殿下は心底驚いたような顔をなさいました。

「あのときはだれもが見ていた。私も側近達もほかの生徒も……君はドローレを突き飛ばせるような位置にはいなかったし、そもそも君が嫉妬でドローレを害するような状況ではなかった。あの数日前に、君と侯爵家からの提案で私達の婚約は破棄されていたのだから」

 私はエドアルド殿下に、婚約破棄という不名誉な形になってしまったことをもう一度謝罪しました。
 本当は解消か白紙撤回にして欲しかったのですけれど、王家から持ち込まれた婚約だったのにと殿下の不貞に怒り心頭だったお父様が、破棄という形にこだわったのです。
 その上でお父様は、私に傷がつかない結末もちゃんと考えてくださっていました。あのときは抵抗を感じましたが、今はお父様のお考えに感謝しています。

「それでも……あの事故は、ドローレ様を救えなかったのは私のせいなのです。あのとき私が彼女を追いかけて、すぐに手を差し伸べてさえいれば」

 エドアルド殿下は呆れたように溜息をつきました。

「キアラ。君はもっと賢い人間だと思っていたよ。確かにドローレには助かって欲しかった。私も……私こそが、そう思っている。しかし、あのとき君がドローレの手を掴んでいたら、ふたり揃って階段を落ちて首の骨を折っていたことだろう」
「ドローレ様は階段を落ちたせいで首の骨を折ったのではありませんわ」
「君が先に首の骨を折って殺しておいて、死体を階段から落としたとでも言うのかい? そんなことは無理だよ。私達が見ていたんだから」
「いいえ、ドローレ様は階段から落ちた後も生きていらっしゃいましたわ」

 殿下の眉間に皺が寄りました。

「一番最初に駆け寄った私が、彼女を殺したとでも言うのかね?」
「……いいえ」

 私は首を横に振りました。

「ドローレ様を階段から突き落としたのも、ドローレ様の首の骨を折って殺したのも王妃様です」
「母は私達が子どものころに亡くなっている。キアラ、いくら君であっても母を侮辱するのは許さない」
「いいえ」

 私はもう一度首を横に振りました。

「お亡くなりになられても王妃様はいらっしゃったのです。霊として、ずっと。……殿下を愛するがゆえに」

 ジューリオ殿下の公爵家無き後、この王国で権勢を振るっていたのは王妃様のご実家の新興貴族家、ではなく我が侯爵家でした。
 侯爵令嬢である私とエドアルド殿下の婚約は、生前の王妃様の強いご要望によって結ばれたものだったのです。
 平民女性の身でありながら公爵令嬢から今の国王陛下を略奪した王妃様や、理不尽な婚約破棄に怒りを隠さなかった公爵家に叛意ありとして潰し、奪った財産と領地で築かれたご実家に味方する貴族家はいませんでしたから。我が家にしても王命であったことと、これ以上国を乱したくないという思いで渋々受け入れた婚約でありました。

 私がエドアルド殿下をお慕いしなければ良かったのかもしれません。
 愛の無い政略結婚を王国のためだと受け入れて、殿下とドローレ様を祝福していれば良かったのかもしれません。
 そうすれば、でも……私にも心があるのです。いずれ限界が来たことでしょう。それになにより、子どもを犠牲にしたくはありません。

「王妃様の霊は、ご自身と同じように力を持たない男爵令嬢のドローレ様を殿下のお相手としてお認めになりませんでした。エドアルド殿下を愛するがゆえに、です」
「キアラ、君は……君は霊が見えるのか?」
「見えるというより感じるのです。そこに……いると。ああ、いえ!」

 怯えたように辺りを見回す殿下に、私は慌てて言い添えました。

もういらっしゃいません」
「ああ、そうか。半月前のジューリオの浄霊で……」
「……申し訳ございません」
「いや、死者には行くべき場所がある。それに、君や侯爵家の人間が大きな被害を受けていたと聞く。てっきりドローレの霊が逆恨みしているのだと思っていたのだが」

 新しい王太子として教育中のジューリオ殿下にわざわざ浄霊に来ていただけたくらいなのですから、当然王宮の方々は侯爵邸の怪異が王妃様の霊によるものだとご存じでした。
 でもだれもエドアルド殿下にはお伝えしなかったのでしょう。
 王宮では亡き王妃様を悪しく言うことは禁じられています。たとえそれが真実であってでも、です。

 ですから私も二十年前の件については、かなり最近まで知ることはありませんでした。
 お父様やお母様も、私が先入観でエドアルド殿下を見ないようにと口を噤んでいらっしゃったのです。
 エドアルド殿下と婚約を破棄するまで、私にとって王妃様は幼いころに遊んでいただいた優しい方という印象でした。お亡くなりになった後も、殿下を守護する温かい存在と認識していました。
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