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第二話 彼の訪問
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エドアルド殿下が王都にある侯爵邸を訪れたのは、ジューリオ殿下がいらっしゃってから半月ほど経ってのことでした。
先触れもなく突然のことでしたが、私は彼と会うことにしました。
ジューリオ殿下のおかげで霊がいなくなったので、私は寝台どころか自室からも歩いて出られるほどに体が回復していたのです。
エドアルド殿下は不機嫌そうなお顔で、我が家の応接室のソファに座っていらっしゃいました。
入室した私に視線を向けて、殿下は表情を変えました。
そういえば、ドローレ様がお亡くなりになってからですので、実に数ヶ月ぶりの再会となります。殿下は私がどのような状態になっているのか、詳細をご存じなかったのでしょう。
「随分と……その、やつれたな」
私は微笑んで、殿下に頷きました。
「いろいろと、ございましたから」
改めて挨拶をして着席の許可をいただいた後で、私はエドアルド殿下にご訪問の理由を尋ねました。
殿下は私から視線を逸らし、言いにくそうに言葉を紡ぎます。
「男爵令嬢とのことは私が悪かった」
「殿下……謝罪なんて、もう結構ですわ。私のほうが酷いことをいたしましたもの」
「ああ、そうだな」
自嘲の笑みを浮かべて、殿下はおっしゃいます。
「君のおかげで私は廃太子となった。新しい王太子は神殿育ちのジューリオだ。それに伴って、二十年前の公爵家の件も減刑されるらしい。公爵家が叛意を見せたのは事実だが、叙情酌量の余地もあったとして」
「……」
減刑によって、国が徴収した公爵家の領地や財産の一部がジューリオ殿下に返済されることとなるのでしょう。
王太子となる方には自身の資産と後ろ盾が必要ですから。
平民の女性を母に持つエドアルド殿下も、我が侯爵家の後ろ盾を必要としていました。私が婚約者でなかったら、いくら王妃様がお産みになった嫡子でも王太子には選ばれなかったことでしょう。
殿下と私が幼いころにお亡くなりになられた王妃様──今はもういない方の懐かしい面影が脳裏を過ぎって、言いようのない想いが胸に広がります。
私は、浄霊の後も我が家へ通って、私を力づけてくださったジューリオ殿下の微笑みを思い出しました。気持ちが乱れたときはそうして欲しい、と言われていたのです。
目の前のエドアルド殿下によく似た、だけどまるで違う優しい微笑みは、私の乱れた心を落ち着かせてくれました。
「私はいずれ王族籍を抜けて、母の実家を継ぐようにと言われている」
「……」
王妃様が国王陛下、当時王太子殿下だった方の妃となる少し前に、王妃様のご実家は爵位を授与されて貴族家となっています。
ジューリオ殿下のご実家である今は無き公爵家の領地や財産の一部を与えられての叙爵でしたが、その後はあまり活躍なさっていません。
せっかくの領地や財産の価値を毎年落としていると、お父様が嘆いていらっしゃいました。
「……キアラ」
エドアルド殿下は苦しげな声で私の名前を呼びました。
「こんなことを言える義理ではないとわかっている。しかし、婚約破棄を撤回して私とよりを戻してもらえないだろうか。母の実家は崩壊寸前だ。祖父母も伯父も貴族には向いていなかった。父上が与えた有能な家臣達にも見限られて……」
「……」
「私ひとりでは立て直すことなど出来ない。因縁のあるジューリオに支援を求めるなんて出来るはずがない。……キアラ。君は長年私のために妃教育に勤しんでくれていた。私のことも良く知っている。君となら、これからの人生を共に歩んでいけると思うんだ」
「……」
婚約破棄の前ならば、殿下のお言葉を嬉しいと思ったかもしれません。
頼りにされている、期待されていると喜べたかもしれません。
でも今は無理でした。だって──
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」
「……彼女は死んだ」
先触れもなく突然のことでしたが、私は彼と会うことにしました。
ジューリオ殿下のおかげで霊がいなくなったので、私は寝台どころか自室からも歩いて出られるほどに体が回復していたのです。
エドアルド殿下は不機嫌そうなお顔で、我が家の応接室のソファに座っていらっしゃいました。
入室した私に視線を向けて、殿下は表情を変えました。
そういえば、ドローレ様がお亡くなりになってからですので、実に数ヶ月ぶりの再会となります。殿下は私がどのような状態になっているのか、詳細をご存じなかったのでしょう。
「随分と……その、やつれたな」
私は微笑んで、殿下に頷きました。
「いろいろと、ございましたから」
改めて挨拶をして着席の許可をいただいた後で、私はエドアルド殿下にご訪問の理由を尋ねました。
殿下は私から視線を逸らし、言いにくそうに言葉を紡ぎます。
「男爵令嬢とのことは私が悪かった」
「殿下……謝罪なんて、もう結構ですわ。私のほうが酷いことをいたしましたもの」
「ああ、そうだな」
自嘲の笑みを浮かべて、殿下はおっしゃいます。
「君のおかげで私は廃太子となった。新しい王太子は神殿育ちのジューリオだ。それに伴って、二十年前の公爵家の件も減刑されるらしい。公爵家が叛意を見せたのは事実だが、叙情酌量の余地もあったとして」
「……」
減刑によって、国が徴収した公爵家の領地や財産の一部がジューリオ殿下に返済されることとなるのでしょう。
王太子となる方には自身の資産と後ろ盾が必要ですから。
平民の女性を母に持つエドアルド殿下も、我が侯爵家の後ろ盾を必要としていました。私が婚約者でなかったら、いくら王妃様がお産みになった嫡子でも王太子には選ばれなかったことでしょう。
殿下と私が幼いころにお亡くなりになられた王妃様──今はもういない方の懐かしい面影が脳裏を過ぎって、言いようのない想いが胸に広がります。
私は、浄霊の後も我が家へ通って、私を力づけてくださったジューリオ殿下の微笑みを思い出しました。気持ちが乱れたときはそうして欲しい、と言われていたのです。
目の前のエドアルド殿下によく似た、だけどまるで違う優しい微笑みは、私の乱れた心を落ち着かせてくれました。
「私はいずれ王族籍を抜けて、母の実家を継ぐようにと言われている」
「……」
王妃様が国王陛下、当時王太子殿下だった方の妃となる少し前に、王妃様のご実家は爵位を授与されて貴族家となっています。
ジューリオ殿下のご実家である今は無き公爵家の領地や財産の一部を与えられての叙爵でしたが、その後はあまり活躍なさっていません。
せっかくの領地や財産の価値を毎年落としていると、お父様が嘆いていらっしゃいました。
「……キアラ」
エドアルド殿下は苦しげな声で私の名前を呼びました。
「こんなことを言える義理ではないとわかっている。しかし、婚約破棄を撤回して私とよりを戻してもらえないだろうか。母の実家は崩壊寸前だ。祖父母も伯父も貴族には向いていなかった。父上が与えた有能な家臣達にも見限られて……」
「……」
「私ひとりでは立て直すことなど出来ない。因縁のあるジューリオに支援を求めるなんて出来るはずがない。……キアラ。君は長年私のために妃教育に勤しんでくれていた。私のことも良く知っている。君となら、これからの人生を共に歩んでいけると思うんだ」
「……」
婚約破棄の前ならば、殿下のお言葉を嬉しいと思ったかもしれません。
頼りにされている、期待されていると喜べたかもしれません。
でも今は無理でした。だって──
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」
「……彼女は死んだ」
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