婚約を破棄されたら金蔓と結婚することになってしまいました。

豆狸

文字の大きさ
8 / 10

第八話 騒動

しおりを挟む
 季節外れの夜会で、東部新商品の宣伝は順調に進んでいます。
 東部新商品の生地で作ったドレスを纏ったナタリア様は女神もかくやという麗しさで、夜会の主催であり中心人物でもある王太子殿下に寄り添っていらっしゃいます。
 ナタリア様の取り巻きの方々もすべてが東部新商品の生地製ではないものの、ドレスやアクセサリーのどこかに生地を使って印象的に見せてくださっています。

 ……未来の王太子妃様の補佐官になることはお断りしたのに、こんなにしていただいて良いのでしょうか。
 婚約破棄の翌日にお断りしたときは、残念だとおっしゃりながらも、気が変わったらいつでも来なさいと、バジリオ様と同じようなことを言ってくださったのですよね。
 まあ、強制するような真似はなさらないでしょうから、私はダラダラのんびり暮らしながら考えましょう。

 ひと通り挨拶も終わったところで、バジリオ様がおっしゃいました。

「ジュリアナ様、お疲れのようですのでお飲み物を持ってきましょうか?」
「……」
「ジュリアナ様?」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

 つい悩んでしまったのです。
 この方にそんなことをさせても良いのかと。
 でも変に遜っていたら、私が彼の正体を知っていることに気づかれてしまいます。それはそれで良くないような気がするのです。

 婚約者だったときのロナウド様はパートナーとして夜会までは連れて来てくれていましたが、私の様子など気にもなさらず南部貴族派の方々とおしゃべりなさっていましたね。
 そんなことを思い出しながらバジリオ様の後姿を見送っていたら、だれかに名前を呼ばれました。

「……ジュリアナ、様」

 嫌そうに様付けして呼んでいるのは、葡萄の果実水を入れた杯を手にしたクェアダ様でした。
 学園で詰め寄られたとき以来のような気がします。
 あのときは通りかかったバジリオ様が彼女を止めてくださって、彼の指示でほかの方が呼んできたロナウド様が連れて行ってくださったのでしたね。ぼんやり思い返している私の前で、クェアダ様はプルプルと震え始めました。なにやら呟いています。

「……ア、アタシは悪くない。アンタが、アンタが悪いのよ!」

 急に叫んだ彼女は、私のドレスに葡萄の果実水を浴びせてきました。
 この葡萄は西部のものでしょう。海に面した西部は潮風のせいで農業が難しいと聞きますが、葡萄の栽培は古くから盛んなのです。
 真っ赤な葡萄の果実水がドレスに染み込んでいきます。たくさんの小さな宝石を装飾にした生地で作っているので、このドレスは水洗い出来ません。

「クェアダっ! なんてことを! すまない、ジュリアナ」

 気づいて駆け寄って来たロナウド様は、クェアダ様を取り押さえながらも、少し離れたところに立つ南部貴族派の方々に視線を向けました。

 王族主催の夜会では新しいドレスを仕立てるものです。
 私的な集まりではお気に入りのドレスを着続けることもありますが、公的な集まり用に作ったドレスは一回限りで使用人に下げ渡すのが普通です。
 もちろん使用人は派手なドレスをそのまま着ることは出来ません。装飾を外したり、分解したりして使うのです。分解した後ならば売ってお金にすることも黙認されています。

 南部貴族派のご令嬢方の新しいドレスには、東部新商品の生地は使われていませんでした。
 私とロナウド様の婚約が破棄されたのだから当たり前です。
 でも彼女達には許し難いことだったのでしょう。

「ご自分が婚約を破棄した相手に対して敬称もなく呼びかける時点で、本気で謝罪しているとは思い難いですね」

 檸檬の果実水を持って戻って来たバジリオ様が、ロナウド様を睨みつけて言いました。檸檬も西部の──

「まあジュリアナ様、大丈夫?」
「大丈夫です、ナタリア様。ご心配ありがとうございます」
「……バジリオ殿、ジュリアナ嬢を休憩室へ連れて行ってあげてくれ。俺が主催の夜会での騒動だ。新しいドレスはこちらで用意しよう」

 王太子殿下に檸檬の果実水を渡して、バジリオ様が私の肩を抱きました。
 クェアダ様は、ロナウド様の婚約者だったのに南部貴族派の方々を制御出来なかった私のせいでご自身が虐められているのだと言いたかったのかもしれません。
 でも私になにが出来たのでしょうか? 仲良くなろうにもあの方々はお茶会にも来てくださらないし、そのことを話して相談しようとしてもロナウド様は聞いてくださらない。クェアダ様だって、あのとき私を拒んだではないですか。

 私とバジリオ様は、数人のメイドとともに夜会が開催されていた王宮の大広間から出ました。
 婚約者のいない貴族令嬢が男性とふたりきりになることは出来ません。
 たとえ相手が一介の商人でなくても、です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。

欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]

ラララキヲ
恋愛
 「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。  妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。 「わたくしの物が欲しいのね」 「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」 「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」  姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。  でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………  色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。 ((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です)) ◇テンプレ屑妹モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。 ◇なろうにも上げる予定です。

襲ってきた王太子と、私を売った婚約者を殴ったら、不敬罪で国外追放されました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 癒しの聖女は身を削り激痛に耐え、若さを犠牲にしてまで五年間も王太子を治療した。十七歳なのに、歯も全て抜け落ちた老婆の姿にまでなって、王太子を治療した。だがその代償の与えられたのは、王侯貴族達の嘲笑と婚約破棄、そして実質は追放と死刑に繋がる領地と地位だった。この行いに、守護神は深く静かに激怒した。

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。 しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。 彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。 ............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。 招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。 送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。 そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。 『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』 一日一話 14話完結

処理中です...