婚約を破棄されたら金蔓と結婚することになってしまいました。

豆狸

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第七話 夜会

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 婚約破棄から一ヶ月が過ぎ去りました。
 今夜は王太子殿下主催の夜会です。
 王太子殿下は在学中から学園生を対象にした夜会を季節ごとに主催していらっしゃいました。私達貴族子女が成人して貴族社会へ出て行くときのための練習です。いつの世代もそのとき在学していらっしゃる王族か、学園生と近い年齢の王族が夜会を主催してくださっています。

 今回の夜会はいつもの季節ごとの夜会とは少し開催日時が違っています。変則的な開催なのです。
 理由は先日教室でナタリア様が教えてくださいました。

『ジュリアナ様! 新しいあの生地、本当に素敵でしたわ。王太子殿下が生地の装飾を活かす意匠のドレスを贈ってくださいましたの。ああ、早く夜会へ着て行きたいですわ!』

 ……王太子殿下は、ナタリア様が大好きなのです。
 未来の国王陛下と王妃様の仲がよろしいのは、家臣として幸せなことです。
 でも、それは理由のひとつに過ぎないのかもしれません。

 私に虐められたと偽証していたクェアダ様のご実家のペリゴ男爵家の領地が、近衛騎士隊と国軍によって封鎖されているのです。
 タチの悪いやまいが流行しているとのことですが、本当のところはわかりません。
 男爵令嬢であるクェアダ様にも真実が知らされていないようで、一度学園の廊下で、ロナウド様を奪われたアルメイダ侯爵令嬢の嫌がらせではないのか、と詰め寄られたことがあります。

 うーん、私にはそこまでのことは出来ませんね。
 つまりそこまでのことが出来るどなたかが動いていらっしゃるのです。
 夜会には貴族社会での命綱である情報が渦巻いています。時季外れの夜会が開かれる本当の理由は、そちらのほうが大きいのかもしれません。

 クェアダ様といえば、彼女は最初から私に良い印象をお持ちではないようでした。
 彼女の髪や制服がボロボロになっていたのはロナウド様と親しくされるようになるより前で、私はすぐに南部貴族派の方々の関与を疑いました。
 排他的で身内意識の強い南部貴族派の方々は、だからといって身内に優しいというわけではありません。外部からの干渉に対しては庇い合うというだけで、自分達だけのときは足を引っ張り合い貶め合っているのです。特に身分の低い人間に対しては、身内だからこその威嚇行為をおこなって上下を明らかにしようとします。

 大丈夫ですか? と声をおかけした私にクェアダ様はおっしゃいました。

 ──アタシに擦り寄ったって相手になんかしてあげないわよ。アンタなんか、南部貴族派のみんなに嫌われてるくせに!

 まあ嫌われているのはわかっています。
 ブラガ侯爵家の跡取りであるロナウド様は、南部貴族派の中では王子様のような存在でした。筆頭貴族の令息ですし、ロナウド様は夏の日差しのような金髪と夏の若葉のような緑色の瞳を持つ美しい少年でした。今は美しい青年です。
 だれもが憧れていた存在が突然現れたほかの派閥の人間と婚約するなんて、面白いわけがありません。

 いずれロナウド様の妻となったとき、南部貴族派の方々を制御しなくてはいけないとわかってはいたものの、強く言えば彼に密告して私を悪者にする、東部新商品の生地を目立たぬ形で提供しても感謝もしない相手になにが出来たでしょう。
 それに、あんな目に遭わされていたクェアダ様があの方々に好かれているとも思えないのですが……排他的で身内意識の強い南部貴族派の社会で生まれ育った彼女には、あの方々と関りがなくなることのほうが怖いことだったのかもしれません。
 そんなわけで、そのときの私はクェアダ様になにもしてあげることは出来ませんでした。

 東部に住む人間は職人気質で、他人との意思の疎通が下手だと言われています。
 そのせいか私は、南部貴族派の方々の行動を困ったなーと思いつつも、深くは気にしていませんでした。それがさらにあの方々の怒りを買ったのかもしれません。
 今はもう、考えても仕方のないことです。この十年間南部が不作続きだったこともあり、ほかの地域では麦ではないけれど主食となり得る作物の栽培研究が進んでいます。婚約も破棄されたことですし、今後は南部貴族派の方々とお会いすることも少なくなるでしょう。

 現在ペリゴ男爵家の領地でなにが起こっているのかは気になりますが、お父様に聞いても教えていただけなかったので仕方がありません。
 筆頭貴族のロナウド様ならご存じでしょうから、クェアダ様は彼にお尋ねになれば良いのではないでしょうか?
 東部新商品の販売に影響があるようなら、それはそのとき考えます。南部を通過して販売する計画はロナウド様に聞いていただけなかったので実行していませんし、あまり影響はないのではないでしょうか。

 私は今夜の夜会で、お美しいナタリア様のお力もお借りして東部新商品の宣伝に努めるだけです。
 それだけ、なのですが──

「ああ、それが東部の新商品なのですね。ただ細かい宝石を使うだけでなく、ちゃんと光を反射する角度を理解して利用していますね。さすが東部の職人技です。……とてもよくお似合いですよ、ジュリアナ様。貴女のお父君に今夜のエスコートを許された僕は、なんと幸運な男なのでしょうか」

 どうしてパートナーがお父様でもお兄様でもなくてバジリオ様なのでしょうか。
 おふたりともこの方の正体をご存じですよね?
 王都にあるアルメイダ侯爵邸へ迎えに来てくださったバジリオ様を前に戸惑う私を見て、彼はいつもの優しげな笑みを崩しました。

「……一介の商人に過ぎない僕では、金蔓どころか一夜のパートナーにすら相応しくないとおっしゃいますか?」
「そんなことはありませんわ。今夜のバジリオ様がとても素敵でいらっしゃるので言葉を失っていただけです。迎えに来てくださって、ありがとうございます」
「素敵と言っていただけるだなんて光栄です。ダラダラのんびり暮らしたいジュリアナ様のことは、馬車までも抱き上げてお運びしたほうがよろしいでしょうか?」
「自分で歩きますので、お手をお借りしてよろしいですか?」
「はい、喜んで」

 そうですね。今夜一晩のことなのですから、深く考える必要はないでしょう。
 私はバジリオ様の大きな手に自分の手を重ね、馬車へと歩き出しました。
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