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第六話 friend's side『私の主人公』
6-1 異世界の話題
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出入り口の一つであるらしい、整えられた生垣の途切れ目で、小型犬を散歩させているおじさんとすれ違う。
ついさっきまで、ここは貸し切りの散歩コースになっていたのだろう。静かに闇色をくゆらせる遊歩道に人影はなく、ぽつぽつと並ぶ外灯が真っ白な光を停滞させるばかりである。
公園の敷地は外から見た印象よりも奥行きがないのか、向かい側からは時折、自動車のエンジン音の通り過ぎる音が耳に届いた。
生垣や木の陰が多いからなのか、単に時間が経過したからなのか、それとも外灯が眩しいせいでかえってそう思えるのか、公園の中は駅前や歯医者の前よりも更に薄暗い。こんな場所に慧真が一人きりでいただなんて。思い浮かべるに堪えない、面白さの欠片もない光景が、頭の後ろの辺りをぞわぞわと凍えさせる。
遊歩道の脇にある背のないベンチに慧真が座ったので、私はそのすぐ隣に腰かけて、肩掛けにしていた学生鞄を膝に置いた。足元に目をやると、ベンチの下にポイ捨てのペットボトルが顔を覗かせていて、この場所に感じる憂鬱さをいくらか増幅させた。
「家にね、帰りたくなかったんだあ。帰りたいけど、帰れないっていうか。家が嫌っていうわけじゃあないんだけどね」
「家族のことで?」
鞄の肩紐をいじる自分の指先を眺めた後、口を尖らせて否定する慧真。
「わかちょんさぁ、副部長のこと、どう思う?」
「演劇の?」
「うん」
遊歩道のどこか――たぶん、正面にある外灯の根元――をじっと眺めている長い睫毛の横顔に、わたしは喉の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。これが話の本題なのだと確信した。
それだけじゃない。突然現れた登場人物に、少なからず居心地の悪さも感じてしまった。
三年生である副部長は、有り体に言ってしまえば優男風のイケメンである。背が高くて、鼻が高くて、話が上手い。部の出し物の中でも主役や二枚目を演じることが多いらしく、さぞや女子に人気があるのだろうとは思うのだけれど、私の知っている限りでは、同級生や二年生の男子に囲まれていることが多かった。
周りの男子よりも少し高くて大きい彼の声はその気がなくても耳に入り込みやすくて、直接話したことはほとんどないけれど、彼が昔のロボットアニメが好きで、SNSによくネタ写真を投稿しているらしいということは同じ部活にいれば誰もが知っているはずだった。
どう思うのかと聞かれれば、少しオタク趣味があるという所には好感が持てるから、私自身、副部長に対して全く興味がないと言えば嘘になる。だけど、それだけだと言ってしまえばそれまでだ。直接話したこともあまりないし、人柄を判断できるほど彼のことをよく見たこともない。副部長は表向きの私とも、素の私とも住む世界が違うのだ。
「よく分からないかな。あんまり接点ないし。まあ、人気ありそうだよね」
「うん、人気あるんだあ、先輩」
普段の元気いっぱいな慧真とは違う、淡い笑顔。暗い地面に向けられているはずの視線は、きっともっと遠くを見つめていて、私の居心地の悪さはその距離の分だけはっきりと重くなるのだった。
ついさっきまで、ここは貸し切りの散歩コースになっていたのだろう。静かに闇色をくゆらせる遊歩道に人影はなく、ぽつぽつと並ぶ外灯が真っ白な光を停滞させるばかりである。
公園の敷地は外から見た印象よりも奥行きがないのか、向かい側からは時折、自動車のエンジン音の通り過ぎる音が耳に届いた。
生垣や木の陰が多いからなのか、単に時間が経過したからなのか、それとも外灯が眩しいせいでかえってそう思えるのか、公園の中は駅前や歯医者の前よりも更に薄暗い。こんな場所に慧真が一人きりでいただなんて。思い浮かべるに堪えない、面白さの欠片もない光景が、頭の後ろの辺りをぞわぞわと凍えさせる。
遊歩道の脇にある背のないベンチに慧真が座ったので、私はそのすぐ隣に腰かけて、肩掛けにしていた学生鞄を膝に置いた。足元に目をやると、ベンチの下にポイ捨てのペットボトルが顔を覗かせていて、この場所に感じる憂鬱さをいくらか増幅させた。
「家にね、帰りたくなかったんだあ。帰りたいけど、帰れないっていうか。家が嫌っていうわけじゃあないんだけどね」
「家族のことで?」
鞄の肩紐をいじる自分の指先を眺めた後、口を尖らせて否定する慧真。
「わかちょんさぁ、副部長のこと、どう思う?」
「演劇の?」
「うん」
遊歩道のどこか――たぶん、正面にある外灯の根元――をじっと眺めている長い睫毛の横顔に、わたしは喉の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。これが話の本題なのだと確信した。
それだけじゃない。突然現れた登場人物に、少なからず居心地の悪さも感じてしまった。
三年生である副部長は、有り体に言ってしまえば優男風のイケメンである。背が高くて、鼻が高くて、話が上手い。部の出し物の中でも主役や二枚目を演じることが多いらしく、さぞや女子に人気があるのだろうとは思うのだけれど、私の知っている限りでは、同級生や二年生の男子に囲まれていることが多かった。
周りの男子よりも少し高くて大きい彼の声はその気がなくても耳に入り込みやすくて、直接話したことはほとんどないけれど、彼が昔のロボットアニメが好きで、SNSによくネタ写真を投稿しているらしいということは同じ部活にいれば誰もが知っているはずだった。
どう思うのかと聞かれれば、少しオタク趣味があるという所には好感が持てるから、私自身、副部長に対して全く興味がないと言えば嘘になる。だけど、それだけだと言ってしまえばそれまでだ。直接話したこともあまりないし、人柄を判断できるほど彼のことをよく見たこともない。副部長は表向きの私とも、素の私とも住む世界が違うのだ。
「よく分からないかな。あんまり接点ないし。まあ、人気ありそうだよね」
「うん、人気あるんだあ、先輩」
普段の元気いっぱいな慧真とは違う、淡い笑顔。暗い地面に向けられているはずの視線は、きっともっと遠くを見つめていて、私の居心地の悪さはその距離の分だけはっきりと重くなるのだった。
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