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第六話 friend's side『私の主人公』

6-2 これってアレですか?

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「あたしもね、先輩のこと良いなって思ってて。だから演劇部に入ったの、副部長がいるからだったんだ」
 私は、生返事をした。慧真の現実味のある恋バナを受け止める度量がなかったからである。
 そう。これは恋バナだ。間違いない。
 これまでにも、あの男子格好良いよね、だとか、あの先生素敵だよね、といった話をしたことはあったけれど、だからといって私たちは彼らに対して何か行動を起こすということはなかった。冗談やただの憧れの話ばかりで、現実味はなかったのだ。
 それが、今、初めて、現実味のある恋バナに突入しようとしている。突然に!
「先輩とは小学生の頃からの幼馴染でね、藤葉に入学したのはたまたまだったんだけど、せっかく先輩がいるなら同じ部活に入ってみようかな、って。ほんのちょっとだけど――ううん、昔から、結構、格好良いなって思ってたし」
 私の相槌を待たずに、もちろん演劇も好きだよ、と慌てて付け足した。
 私の気持ちがまとまらないうちに、慧真の話はどんどん青春の濃度を高めていく。幼馴染と来ましたか。
 ああ、やっぱりこれ、恋愛相談なんだな。
 慧真とそういう親密な会話ができるのはもちろん嬉しいけど、だけど、なんか想像してたのと違うぞ。私がどっしりと腰を据えて待ち構えていたのは、なんかこう、もっとネガティブな、嫌がらせとかそういうのだったんたけど。
 まずいな、ちょっとそういう話、免疫無いんだよ。基本的にアニメや漫画や小説の中のお話なんだよなあ、そういうの。
「そういえば慧真、副部長とよく楽しそうに話してるよね」
 あれは慧真も副部長もフレンドリーだから、すぐに打ち解けただけなんだと思ってたよ。
「うん、それでさ、先週なんだけど、付き合ってほしいって言われたんだよね」
「うえええっ?!」
 私が大声を出して立ち上がると、慧真の小さな肩がオジギソウみたいにしゅっと縮こまった。
 すごい声出ちゃった。私らしくない。それは話が急ってもんだよ慧真。
「よっ」
「よ?」
「よかった、じゃん」
「振ったんだよ」
「んんっ?」
 文字通り、言葉を失った。何が言いたいのかもよく分からないまま、私の喉では声が渋滞し、しばらくの間撥音を漏らし続けることしかできなかった。
「なんでっ?」
 渋滞を解消させたはずの私はそう言ったつもりだったけれど、きちんと「な」を発音できていない自覚があった。だからベンチに腰を下ろす前にもう一度「なんで」と言い直した。
 俯く慧真の顔をちらりと覗き込むと、想像していた通り、小さくきゅっと縮こまっている。紛れもなく、何かを責められているときの表情だった。
「いや、ごめん、慧真。驚いて大きい声出た。話、続けて」
 控えめに頷く視線は、なんとか公園の中まで戻って来てくれたように感じる。僅かながら普段のクールさを取り戻した私に、慧真も安心してくれたのだろうか。
「だって先輩には、彼女がいるし。あたしはそのこと知らないって思ってたらしいんだけど、そのこと指摘したら、彼女とは別れるからって。なんかそういうの嫌だったし、二股かけようとしてたのかなって思うと、冷めちゃって」
「それで、部活は居心地悪いってことか」
 星が煌めきだす前の空を見上げると、隣から曖昧な返事が聞こえた。
 私は冷静だった。唐突に、冷静になっていた。後ろめたくて慧真の顔を直視できないほどなのだけれども、甘くて酸っぱい恋愛のお話にはならなさそうな気配を感じて、私は冷静さを取り戻すことができていた。
 私って本当に性格悪いんだな。だけど心配してるのは本当なんだよ、慧真。
「先輩、今までに振られたことなんてほとんどなかったらしくて。だからあたしに振られたのが、許せなかったみたいで。その日から先輩、急に怖くなって。先輩と仲の良い人たちも、あたしのことを嫌うようになって」
「なにそれ」
「気づいてなかったでしょ、わかちょん」
 力のない声。見ると、慧真の悪戯っぽい笑顔があった。息が止まりそうだった。
「いや、だって、だって、なんで――」
 なんで気づいてなかったんだ、私は。
「わかちょんには気づかれないようにしてたもん、あたし」
「なんでだよ」
「わかちょん――」
 怒らないでね、とか細い声が言った。怯えた声が、精一杯に焦ってそう言った。
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