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第三章 建国祭編

86 いざ!社交界

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 それからはとんとん拍子で話は進んだ。俺に与えられた指示はとてもシンプルで簡単である。"ソフィさんに全て任せる"である。まず話す言葉はイヤーカフ型通信機で全てソフィさんが指示を出してくれるとのこと。ダンスや作法は魔法でソフィさんの動きとリンクさせて乗り越えるらしい。
 それにしてもイヤーカフ型通信機という現代的な機器がある事に驚いたが、どうやら魔法の力で通信できるようにしているだけらしい。科学的発明でなく魔法のごり押し機器である。それでできてしまう魔法ってのはとても便利な代物である。

「説明はこんなところかしら。誰でもいいから一人に婚約者だって紹介すれば、全体に一瞬で広まって誰も話しかけてこないはずよ! あとはダンスを軽く踊ってアピールしとけばOKって感じかしら」
「う、うん……何となくはわかったけど、本当にやるんだよな」

 やはり俺なんかでいいのかという心配で最後に今一度リズに確認を取る。リズはまだ言っているのかと呆れている。

「大丈夫よ。そもそもサタローだから頼んでるのよ。他のやつにはこんなこと頼まない……頼めないわよ」

 いつもの明るいリズの顔に影が落ちている。リズの言葉がどういう意味なのか、俺の脳内はますますモヤがかかってしまった。少し重い雰囲気になってしまったこの場に気がついたソフィさんがリズの言葉に付け足すように喋り出す。

「お嬢様にはこのようなお願いができるお相手はサタロー様以外にはいないのです」
「え……」

 ソフィさんの言葉に俺は少し驚いて小さく声を出す。リズのような誰にでも分け隔てなく接する少女にはたくさんの頼れる友達がいそうなものである。

「お嬢様はこの国の王女です。だからサタロー様のようにフランクに接してくれる人がいないのですよ。それに仮とはいえリズ様の婚約者役などすれば、本気になってしまう者が現れるかもしれません」
「……なるほど」

 俺も最初は王女様呼びだったのに堅苦しいからリズと呼べと言われた。せめて様付けさせてくれと言ったが、ダメだと言われ今ではリズ呼びが定着してしまった。それにリズと話す内容といえば大声では話せないような卑猥なことが多かった気がする。そんな話を王族だと意識している相手に話すなど無礼千万にもほどがある。
 確かに俺はリズを王女様としては見なくなっていたなと今更ながら気づいたし、式典でリズを見て王女だったと再認識したぐらい分け隔てなく接していた。
 王女様の周りに集まって来る人など貴族が大半である。無礼な行いなど自分の家の評価を下げるだけの自殺行為でしかない。特に失うもののない俺はそういうことを気にしないのでこういう仲になれたのだろう。

 そしてもう一つの理由に関しても問題ない。俺は異性に興味ないことはリズも承知の上である。万が一にもリズを本気で好きになることなどないというわけだ。リズの容姿なら一目惚れする男性は多いだろうし、普段からあの変態発言をしていない限り、美人で明るい良き姫様である。惚れてしまうのも分からなくない。

 リズの苦悩を知った上で、そして彼女からの熱い信頼を無碍にするわけにはいかない俺は婚約者(仮)を実行することに対しての腹を括った。



◇◇◇



 目の前には大きな扉がある。その先には社交界の舞台となる巨大なホールとなっている。社交界はもう始まっているらしい。

 あの後腹を括った俺にリズも気合いが入ったようでドレスに髪型、メイクを全てやり直すと言い出した。ソフィさんは大きなため息をついていたようだが、よくあることなのか否定することなくリズの手伝いをしていた。
 俺はその間ソワソワしながらただ待っていることしかできなかった。
 「お待たせ~」とるんるんな足取りで現れたリズの見た目は確かに変わっていたが相変わらず美人なことには変わりなかった。余裕を持って準備したはずが気づけば2時間以上経っていた。リズ曰くレディは準備に時間がかかるので遅れてくるのは当然だから問題ないとのこと。

 華やかなクラッシック音楽と参加者達の声が扉越しに聞こえてくる。隣にはリズが小さくあくびをしながら至極面倒くさそうに立っている。俺は今にも心臓が飛び出しそうなほどに緊張しているというのに。

「さて、そろそろ行きますか」
「う、うん」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。サタローはただ立ってニコニコ笑ってればいいんだから」
「お、おう」

 すると俺の肘が勝手に曲がり、その隙間にリズの手が入り込む。ソフィさんによる身体共有魔法である。足を一歩前に近づけると扉が自動的に開き、中の様子が徐々に見え始めた。

 豪華絢爛とはまさにこのことかと天井にはキラキラと宝石のように光り輝くシャンデリアがいくつも取り付けられている。参加者達の衣装も皆豪華でどれ一つとして同じものはない。テーブルには様々な料理が並んでおり、いつも食べていた焼きシリーズとは似ても似つかない彩り豊かな料理ばかりである。
 一般庶民では到底来ることのできないこの場に圧倒されている俺がいた。

 呆然とその場に立ち尽くしているとリズに腕を引っ張られ会場内に入っていく。右を見ても左を見ても豪華な装飾に身を包んだ人ばかりで眩しくてクラクラしそうだ。
 緊張で縮こまる身体だが、耳元でソフィさんに喝の声が聞こえ背筋をピンと伸ばす。

 途中参加のため辺りは談笑している者が多い。会場内の中央ではダンスを踊っている者がちらりと見える。そこには男女ペアだけでなく、男性同士や女性同士のペアも優雅に踊っている。
 会場内を歩いているとリズの姿に気づいた男がこちらに近づいてきた。

 見た目は長身で相変わらずイケメンだ。甘い微笑みで俺のことなんて存在しないかのようにリズに話しかける。

「お待ちしておりましたよ。エリザベス様」
「あら、クラウス公爵。ごきげんよう」

 リズも優しい微笑みで返している。とても作り笑いとは思えない表情管理に感心する。どうやらこの男公爵家の御子息のようだ。公爵とか伯爵とかよくわからないが偉いことだけはなんとなくわかる。

「もしよければ私とあちらでお話でもしませんか?」

 完全に俺のことを無視してリズをナンパする男だが、一瞬チラリと俺の事を見た彼の目は勝ち誇ったような表情をしていた。公爵家の息子という地位とそのルックスで負け知らずなんだろうな。それにこんな大勢の前で堂々とするぐらいだからリズがオッケーすると確信しているんだろう。
 はてさてリズの反応はというと、一瞬表情筋がぴくりと動き作り笑いが崩れそうになったが、なんとか持ち堪えたようだ。

「お誘いありがとうございます。しかし、わたくしこちらのサタロー様と婚約しておりますのでお断りさせていただきますわ」
「…………は?」

 リズの言葉を聞いたクラウス公爵の間抜け過ぎる顔ときたら、今世紀最大の顔芸だった。スマホがあったら写真撮ってたのにな。彼には何の罪もないが勝ち誇ったイケメンくんがフラれる姿は少しスカッとする。
 そんなことよりも周りの反応の方が気になるところだが、案の定ザワザワと会場がざわめき立っている。

「それは本当なのですか? エリザベス様!?」
「えぇ、勿論。なのでお誘いは大変有り難いのですが。お断りさせていただきますので」

 今度のリズの笑顔は作り笑いなどではない本当の心の底からの笑みだということが俺にはわかった。ここまで喜ばれたら手伝った甲斐も少しはあったと思える。
 大事にならなきゃいいけど、そういうわけにもいかないだろうな。そのことは今は忘れよう。

 その後はリズとダンスを踊って、リズと交友関係がある貴族と談笑しとりあえず婚約者ぽい事をして社交界を過ごした。


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