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第三章 建国祭編

84 式典

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「何でお前もついてきてるんだよ!?」
「え~、俺はただ警備がてらに歩いてるだけだしー」

 時間になると式典を見ようと多くの民衆が城門へ現れた。俺もその流れに乗り、城の中へ入ったのだが、後ろからレオが飄々と着いてきている。いつも通りの彼だが、いつもと違うところが一つだけ、それは軍帽を被っていることだ。他の兵士も被っているものもいるがレオは普段帽子なんて被っていない。まるで耳を隠すかの様に被っている様だ。よく見ると尻尾もズボンの中にしまわれている。
 今さっきあんな話を聞いてしまったばかりなので、レオのこの格好は獣人だということを隠している様にしか思えない。というか、多分そうなのだろうが触れだところで良いことがあるわけではないので触れないでおこう。

 着いてきても彼にとって利益などなさそうだ、わざわざ俺に着いてくるなんて、こいつはどれだけ仕事したくないんだ。

 それにしても……

「すごい人だな……」
「そりゃまあ、年に一度の一大イベントですから」
「あ! あれリズじゃないか!」
「本当だ……しおらしい顔してらー。あの変態姫様」

 城の大きなバルコニーに王族であろう一族が並んでいる。そこには見知った顔の女性が一人、国王の娘のエリザベスである。何故か仲良くなって無礼にも愛称のリズ呼びをしている。あともう一人知った顔が、第二王子のエドガー王子である。リズの兄に当たる人物だが、初対面でいきなりキスされたので、良い印象は全く持ってない。むしろこの距離ながらに警戒心剥き出しである。周りからの評判も決して良い物ではないので今後も関わりたくないと思っている。

 見知った顔はその二人だけで後はお初にお目にかかる顔ばかりだ。それにしても全員揃って顔が整いすぎている。変態のリズとエドガー王子でさえ口さえ閉じていればただの美男美女だ。人は見かけによらないとはよく言ったものである。
 そんな二人の横に知らない顔がいくつかある。

「なぁ、二人の隣に立ってるのってリズのお兄さんか?」
「ん? あぁ、アラン皇太子ね。時期国王候補」
「じゃあ隣の男の人は? 子ども抱っこしてるけど……弟?」

 一人は確かにリズとエドガー王子によく似ている。その横の俺と同じか少し低いくらいの身長の男性が子供を抱っこしていた。

「あー、あれはノエル皇太子妃だよ。アラン皇太子のお嫁さん、抱っこしてるガキは二人のの子どものリオン王子だよ」
「二人の子どもって……二人とも男だよな……」
「そーだよ。サタローも知ってるでしょ、この国の国宝」

 男同士で子を産むというあり得ない状況を目の当たりにした俺は動揺しまくっていた。そりゃ同性同士で妊娠なんて天変地異が起きたって不可能なことであった。それがあっさり可能になってしまう物などあるわけがないと、思うではないか。しかし、レオの言葉を聞き確かそんなことをリズが言っていたと急に冷静になって記憶を遡り思い出す。確かモイラの手帳とかいうノートに名前を書くと何故か男でも妊娠できる身体になるとかならないとか。俺には関係のない話なのでテキトーに聞き流していたが、まさか本当に存在して、子を産んでいるものがいるとは驚きだ。それもこの国のトップとなる王子にだ。だから男同士ってのに抵抗感がないものが多いのかもしれない。同性婚を否定することは次期国王を否定することになるのだから。

「だからサタローも手帳に名前を書けば子どもができるんだよー」
「ひっ! やめろ!」

 いやらしい手つきで俺の下腹部を撫でるレオの手に身震いした。確かに名前を書けば出来るというのは本当の様だが、生憎そんな予定はない。今目の前にノートを出されても意地でも書かない。いくら積まれようと書かない……と思う。
 レオの手を無理やり剥がし、文句を言っているとどこからか視線を感じて顔を上げるとリズがコチラを見てニヤけている様な気がした。こんな人がいるのだ気のせいであろう。
 
 この後現国王が祝辞を述べられ建国祭の式典は終わった。因みに現王妃はリズそっくりの女性であった。
 

「さてと、俺はそろそろ任務に戻るとしますか」
「そうしろよ。サボってないで真面目に働け」
「厳しいなー。で、サタローはどうするのよ?」

 この後はパーティーが行われるようだ。所謂社交界って奴だ。貴族でも王族でもない俺には縁もゆかりもない催しである。つまり暇である。王都には昨日行ったし、城の中に留まるわけにもいかないし、レオの警備の手伝いでもしようかと思ったが、もし危ない奴がいても撃退できないし、寧ろ人質になり皆に迷惑をかける未来が見えるので辞めておこう。

「宿舎に戻るよ。することないし……」
「……そっか、じゃあね」

 哀れそうに俺を見たレオは俺の肩をそっと叩き任務に戻って行った。なんか腹立つな……

 さてさて、どうしたものか。式典を観に集まった民衆は続々と王都へ戻っていく。貴族達は城の中へ入っていく姿を俺はぼーっと眺めていた。すると俺の背後から凛とした女性の声が聞こえた。

「サタロー様、少しお時間宜しいでしょうか」

 振り返るとリズの使用人であるメイドのソフィさんが立っていた。

「……! 時間ならいくらでもありますけど、どうしたんですかソフィさん」
「リズ様がお呼びでございます」

———リズが俺に?

 嫌な予感しかしないが、さっきまであのバルコニーで国民に手を振っていたこの国で最も偉い国王の娘の命令に背くわけにはいかない。そんなこと今では微塵も感じずに接しているのだけれどね。
 俺は二つ返事で引き受けるとソフィさんの後について城の中へリズの部屋へと向かった。

 リズの部屋へ向かう途中、前を歩いていたソフィさんが急に足を止め、俺の方へ振り返る。

「サタロー様、つかぬ事をお聞きしますが、先ほどレオンハルト様とご一緒に式典に参加されておりましたよね?」
「えっ、は、はい! してましたけど」
「その際お腹を撫でられておられましたが、まさかご懐妊されたのでしょうか!」

 何をいうかと思えば真剣な顔でとんでもないことを口にしたソフィさん。冗談を言っているのかと一瞬思ったが、この真剣な眼差しは本気マジだろう。そんなわけないと思いたいが、あのリズの使用人だけあってこの人もたまに変な発言をしてくる。

「してないですよ。するわけないでしょ」

 俺は苦笑いしながらソフィさんの言葉を否定した。するとソフィさんはどこかホッとした顔をした。あれこれもしかしてソフィさんレオのこと好きなのか? と思ったが違うなこれは、俺は直感的にそう感じた。だってロキの時に感じたキュンが全く感じない、微笑ましさが皆無だ。嫌な予感しかしない……いや、いやらしい予感しかしないと言った方が正しい気がする。

「ぜひご懐妊されるならレオ様でお願いします! わたくしレオ様は右固定がマストなので!」
「は、はあ?……」

 何を言っているのかわからないが取り敢えず返事だけしておく。そんな俺の反応にムスッとしたソフィさんが更に説明し出す。

「つまりですね、サタロー様がレオ様を淫らによがらせてあんあん言わせるということです!」
「ぶっ!! ゴホッゴホッ」

 美人の口から発せられるあまりに下品な言葉に咽せてしまった。あまりに残念な美人である。
 ソフィさんのせいでリズがあんなことになったのかもしれない。咽せている俺を差し置いて、言いたいことを言って満足したソフィさんはまた前を向きリズの部屋へと歩き出した。

 移動中、俺とレオの立場を逆にして想像してみたがあいつがあんあん言うところなんて全く想像が出来なかった。逆に自分が返り討ちにあい泣かされるという状況が浮かんでしまったので俺は急いでその想像を打ち消した。

 そんなことを考えている間にリズの部屋の前に到着した。この部屋に来るのも3回目になる。緊張はないが嫌な予感がどうも拭えない。
 ソフィさんは扉をノックし声をかけると扉の奥からリズの声が聞こえた。その声を聞きソフィさんが扉を開けてくれたので俺を部屋の中へゆっくりと入った。

「ご機嫌ようサタロー」
「ご機嫌ようリズ」

 リズにつられて、少女漫画のお姫様しか使わないようなセリフを口にした俺だが、リズの姿はあまりご機嫌な様子ではなかった。
 高級そうな……実際に高級であろう椅子に座り机に突っ伏している姿は明らかに疲れ切っている。そんな姿さえ絵になってしまうのだから美人とは罪である。さっきまで民衆にむけていた笑顔などどこにもない。
 笑顔を振り撒くのに疲れたのだろうか? 俺は首を傾げながらリズを見ているとソフィさんに椅子を引かれて座るよう言われたのでリズの正面に用意された椅子に腰掛けた。

「どうしたんだよ。そんなに疲れ切って」
「……そりゃ疲れるわよ! どいつもこいつもうちの王子を、是非よろしくお願いしますって紹介されて休む暇もないわ!」

———あぁ、そういう事ね

 リズの疲労の原因はおそらく他国の貴族による見合い話であろう。何不自由なく暮らしているお姫様にも苦労はあるようだ。今からある社交界はリズにとってはくだらない見合い話を勧めてくる煩わしい会なのだろう。

「リズって婚約者とかいないの?」

 変態とはいえ仮にも一国の王女、何より美人。そんな彼女だ、婚約者など一人や二人簡単に出てきそうだ。

「いないわよ。私ガッチリしたマッチョが好きなの! それなのにそこら辺の王子さま~ときたらどいつもこいつも細っちょろいヒョロガリばっか!」

 少しマニアックというか変態っぽい好みを口にしているこの少女は本当にこの国の姫だろうかと疑ってしまう。好みなど人それぞれ否定することはしないが、たまに軍の本部に来て理由を知ることができた。兵士達は普段から鍛えているため美しい筋肉を所持している。
 好みでないなら断るしかないよな。しかし、そんな好み口にするわけにもいかないだろうし、笑顔で断り続けているのだろう。

「大変だな、一国のお姫様ってのも」

 本当に悩んでいるリズには申し訳ないが、一般庶民の俺には到底分かり得ない悩みである。取り敢えず適当な言葉を掛けておくとしよう。
 そんな適当な返事に気づいたリズは突っ伏していた顔を上げるとジーッと俺の顔を見る。

「人ごとだと思って、そんなサタローに一つ頼みがあるの」
「な、なんだよ……」

 不機嫌そうな態度から一転しなんだが面白そうにニヤニヤと笑いながらコチラを見ている。こういう時は大抵良からぬことが起きるのだ。俺は息を呑みながらリズの言葉を待った。

「私の婚約者にならない?」
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