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第三章 建国祭編

83 獣人

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 次の日俺はいつもよりかなり遅い時間に起きた。
 昨日はあの後、アルと一緒に帰り門の前で別れた。アルはどこか寂しそうにしている様に見えたがきっと気のせいだろう。

 俺は朝の身支度を整えると食堂へ遅めの朝食兼早めの昼食を食べに向かった。いつもならちらほらと兵士の姿が見えているのだが今日は食堂に兵士たちの姿を見られなかった。不思議に思い厨房を覗くと料理人も一人もいない。
 辺りをキョロキョロと見回すと張り紙が一枚貼ってあるのに気がついた。張り紙には何か文字が書いてあったが生憎この国の文字は読めない。しかし張り紙が貼ってある場合は大体やっていないということだ。数字だけは何となく読めるので、恐らくだが建国祭の影響で営業時間がいつもより早まっていたと思われる。
 式典の後はパーティーがあると聞いた。その食事の準備をしているのだろう。そう言えばこの5日間でデニスさんが色々と俺にレシピを聞いてきていた。この日のために聞いてきたのかもしれない。俺の教えた味が来訪者に喜んでもらえるかと考えると少し緊張してしまう。

———って、それは大袈裟だよな。

 妄想で一人盛り上がってしまった。それにしても本当に一人きりで、何だが世界に俺しかいないみたいだ。本日の予定はない。王都は今日も出店で賑わっているだろう。ロキとラケルさんは今日、王都へ行くと言っていた。一人で行ってばったり出会したら気まずいし、ここで大人しくしていたほうがいいだろう。暇すぎるので、式典を行う城の方へ行ってみようと思う。聞くところによると一般向けの参列席も用意されているらしい、昨日アルに我儘上等と言われたので自由にやらせてもらうことに決めた。

 とりあえず食べ逃した朝食を食べてから行くことにしよう。厨房に入り何かないか探し朝食を作ることにした。勝手に使って大丈夫かと思うかもしれないが、デニスさんに自由に使っていいと言われているのでそこは問題ない。
 俺はちゃちゃっと朝食を作り腹を満たし、式典が行われる城へ向かった。

 城門が見えてくると兵士の姿も見えてきた。城門の前は長く大きな橋になっており、等間隔で兵士達が立っている。来訪者はここで馬車を降り城に入るのだろう。ちらほらと豪華な正装に身を包んだ者たちが門をくぐり城の中に入っていくのが見える。一般参加の入城時間は決められておりまだ30分も時間がある。流石に中に入ることはできないので門の外に知っている兵士がいなかと眺めていると見知った顔を見つけた。

「おーいマオ!」
「あれ? サタローにいちゃんだ!」

 俺の天使マオだ。いつもの可愛い洋服とは違いアルやギルが来ている軍の制服を着ている。本当に兵士だったようだ。こんなに小さな男の子が国のために働いているというのに俺は呑気に祭りを楽しんでいたことに少し情けなくなる。
 それにしてもマオ以外の獣人は見当たらない。マオだけここを任されているのだろうか。可愛いからみんなに見せびらかす為かもしれない。その気持ちはすごくわかる。
 俺の登場に大層喜んでいるマオの姿に俺は癒されていると知った声が聞こえた。

「おい、マオ! こんなところにいたのかよ!」
「あ! ルディにいだ!」

 焦った様子のルディは俺の姿を見て驚いた様子だったが、すぐにマオの方に視線を向けるとマオの腕を掴んだ。

「俺たちの警備区域はここじゃない! 移動するぞ!」
「あれそうだったっけ?」

 どうやら警備する場所を間違えていたようだ。呑気に笑っているマオとは違い、焦っているルディ。何か急ぎの用事でもあるのだろうか。他に知り合いもいないのでルディの後に俺もついて行くことにした。

「痛っ、ご、ごめんなさい!」
「「大丈夫か!」」

 門へ向かって行く客人を避けて小走りで進んでいくとマオが男の人とぶつかり尻餅をついた。俺とルディはマオの側に駆け寄る。すぐにマオは謝ったが俺が見た感じだと男はわざと当たったように見えた。正装に身を包んだ男はどこかの国のお偉いさんだろうか、美形が多いと感じるこの世界だがそいつはでっぷりと太ったいかにも性格が捻じ曲がったような見た目の男であった。

「なぜ貴様ら獣人がそのような格好をしている?」

 太った男は尻餅をついているマオに謝りもせず冷たい口調でそう言った。

「この国では人として扱われているようです」

 男の少し後ろを歩いていた使用人であろう男が太った男の問いに答える。

奴隷ペットごときが人間と同じ扱いとはいい気なものだな? 我が国に生まれたのなら私が存分に可愛がってやったのに、特に狼は珍しいからな」

 舐めるようにルディを見ている。いつもならすぐに言い返すルディはじっと黙ったまま真っ青な顔をしていた。マオは怯えて俺の服を掴んで震えていた。

「陛下、そんな奴らは放っておいて中へ」
「ん? ああそうだな」

 使用人の言葉で男は見下した目で俺達の横を通り過ぎていった。どうやらどこかの国王のようだ。あんな国に転移しなくて心底良かったと思う。
 ルディもホッと息を吐いているが、青白い顔には変わりないので心配だ。マオは今だに震えて目に涙を浮かべている。

「ルディ立てるか?」
「う、うん」

 ここはひと目につく為、俺はマオを抱っこしルディの肩を支えて橋を渡りきり、少し外れた人気のない場所へ移動した。

 それにしてもあいつのあの態度なんだったんだ。まるでマオやルディを人間として見ていなかった。それに二人の怖がりようを見るとあの態度がどういう事なのか分かっているかのような感じである。
 二人を木陰に座らせる。ルディの顔色はさっきよりも良くなっていて、マオも震えはおさまり落ち着いたようだ。

「二人とも大丈夫か?」
「あ、あぁ。わりぃ、取り乱した……」

 ルディの声は弱々しくいつもの勢いのある生意気な少年の姿はどこにもない。何だか調子が狂う。

「なあ、あれってどういう事なんだ? あの男お前らを人間として見てなかった感じだったけど……」

 俺は恐る恐る二人にさっきの状況について尋ねる。しかし二人は俺の言葉を聞き俯き下を向いてしまった。マオに至ってはまた泣きそうな顔をしている。

「わ、悪い! 嫌なら話さなくてもいいから!」

 俺は慌ててさっきの言葉を取り消す。
 このどんよりした空気を俺にはどうすることもできず、頭を抱え二人と一緒に俯いた。

「なーにやってんの3人とも俯いて?」

 悪い空気を打ち消すように明るい声が聞こえ、俺は顔を上げた。そこにいたのは二人の所属している第一連隊の隊長レオンハルトことレオだった。
 俺は助けを求めるかのようにレオにさっき起きたことを話した。

「なるほどねえ。ギルが気を利かせて人気のないところの警備にしてくれたのにマオお前バカだなあ」
「うう、ごめんなさい」

 デリカシーの無い言葉を部下に吐き捨てるレオ。言い方ってもんがあるだろうにとレオに言おうと思ったが状況が掴めない今、割って入るのは良く無いと俺は黙っていた。

「いいから二人は自分達の区域に戻れ」
「……ああ、ほらいくぞ」
「……うん」

 マオはルディに手を引かれ本来自分達が担当する警備区域へ歩いていった。二人が見えなくなるとレオは小さくため息をつき二人が座っていた木のそばに腰を下ろした。すると自分の座っている横の芝生を手で叩きながら俺の顔を見る。ここへ座れということだろう。俺は黙ってレオの横へ腰を下ろした。

「聞きたいんでしょ。さっきの状況について」
「ああ、でも無理して話さなくてもいいからな!」
「別にいいよ。話すって」

 レオは俺の反応に苦笑いをし、さっきの男の態度がどう言う意味なのか説明し始めた。

「俺たちはこの国では獣の特徴を持った人間って立場で暮らしてる。でも国によっては人間のような見た目をした動物って扱いのところもある」

 俺からしてみれば耳と尻尾が生えただけの人間の様にしか見えない。動物寄りなら童話の美女と野獣に出てくる野獣みたいな姿のことを言うと思うのだけれど、捉え方は人それぞれなのだろうか。この場合国それぞれだな。

「そう言う国では俺たちは奴隷として扱われる。人の言葉が通じる奴隷ペットとして、人間に飼われるんだ」
「飼われてどうなるんだ……」
「飼い主のマニアックな遊びプレイに付き合わされる。そしていらなくなったら捨てられる。薬漬けにされて中毒死する奴らもいる」

 レオは遠い目をしてそう言った。まるでその姿を見たことがあるかの様に……いつも笑ってふざけている彼の過去に何があったのだろうか。人の過去に土足で踏み込むのは良く無い。俺だって過去など知られたく無いし忘れたい。

「そんなこと許されるのか?」
「国がそう決めたんだ。それが当たり前だからね。誰も疑問になんて思わないよ。当たり前ってのは洗脳と一緒さ小さい頃からそれが当たり前なら誰も疑問になんて思わない」

 レオは諦めた顔でそう言った。今まで見たことのない彼の姿に俺は何と言葉をかければいいのかわからなくなった。マオやルディのあの怯えた姿、そう言う国があると聞いただけの反応とは思えない。恐らくだが二人もそういった経験があるのかもしれない。これは俺の憶測でしかない為、確証は全くない。

 これ以上レオから聞き出すのは酷である。いつもふざけている奴だからと言って、何でもかんでも聞いていいわけじゃない。

「そっか、話してくれてありがとな」
「いえいえ」

 レオはもういつも通りの表情に戻っていた。このクロノス王国はどうやら相当恵まれた豊かな国の様だ。そんな寛容な国の国王とは一体どんな人物なのだろうか。リズやみんなからバカ王子と呼ばれているエドガー王子の父親に当たる存在がこの国の国王なわけだ。勝手ながらにこの国に住まわせて貰っている身としては、国王の顔知っておき毎日感謝しながら過ごしたほうがいいだろう。
 しかしあの二人の親か……美形ではあるだろうが、ぶっ飛んだ考えしてそうだ。

「ところで何でサタローはこんなところにいるの? ちなみに俺はサボり~」

 ヘラヘラ笑いながら堂々とサボり宣言をする隊長様。さっきのしんみりした空気どこいった?

「式典を見に来たんだ。国王の顔を一度でいいから拝見しておこうと思って」
「ほー、んじゃ俺が案内してあげる。人も多いし迷うだろうから」
「ほんとか! あっ……でもな……うーん、お前サボりだし……」
「大丈夫だって、俺がサボるのはいつものことだから誰も何とも思わないって」
「……それ自分で言ってて情けなくならないのか……いいよ一人で行くからさっさと仕事に戻れって」

 レオの提案に悩んだ結果、結局断ることにした。サボりの常習犯であるレオがいなくなったところで本人の言うとおり誰も疑問には思わないだろう。しかし、サボりと気づいた時の副隊長であるアーサーのことを思うと罪悪感しか生まれないので一人で行くことにした。城の中だ、危険なことはないだろうし一般客もたくさんいるため案内も必要ないだろう。レオの悲しそうな顔を尻目に俺は一般参加者の入城時間になるまで待って城の中へ入った。
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