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平伏

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僕が作ったものとはいえ、本物の金貨と同じものである以上は、人間にとってはれっきとした金貨としての価値がある。

僕から受け取った金貨を、娘は、そのまま金貸しに渡し、代わりに証文と釣銭を受け取った。これで、その金貸しから借りた分については終わったわけだ。

ただし、僕は、その金貸しに対して、

「今後はこの娘らに関わるな。あと、金貸しを続けるのはいいが、足元を見て吹っ掛けるのもやめておけ。でなければ、そう遠くないうちに大損をするぞ」

と釘を刺しておく。

「あんたに指図されるいわれはないね…!」

金貸しは忌々し気にそう言いながら立ち去った。それを見送った後、

「本当にありがとうございました……!」

娘は深々と頭を下げる。

僕は買い取った剣を手にしながら、

「気にするな。ただの気まぐれだ。次はない。だからこそ、身の程をわきまえて身の丈に合った生き方を心掛けるんだな。

あと、勝手に剣を売ったことで、ミブリが怒り出すかもしれないが、それについては『竜神に献上したと思って』とでも言っておけ。その上で、『身の程をわきまえんと、今度は指を痛めるだけではすまんぞ』と言ってやれば、察するさ」

と告げておいた。あと、

「それから、ミブリが私の縁の娘に入れ込んでる件だが、思ったよりは時間がかかりそうだ。それについてはすまん」

とも口にしたら、

「そんな、滅相もない!」

逆に恐縮されてしまったな。

そんなこんなで娘と別れ、魚の干物を買って、洞へと帰る。



こうして帰って早々、

「焼いて食うか?」

干物をかざして問い掛ける僕に、

「いいですね」

ヒャクも嬉しそうに笑って応えた。だから干物を火で炙ると、なんとも言えない香ばしい匂いが。

「いい匂い」

そう口にしたヒャクのかおがまた良くて、僕は気分が良かった。

僕は、こうやってヒャクと一緒に暮らせていればそれでいいんだ。それ以上に望むことなんて何もない。

死なず、滅びず、朽ちることのない僕には、人間のような<欲>がない。そんなものがなくても何も困らない。



そして数日後、またミブリが訪れた。

でも今度は、祠の前で手と膝を着いて平伏して、

「センリから話は聞いた。あいつを助けてくれてありがとう。しかも借金まで……なんて感謝すればいいのか分からねえ……!」

だと。

借金のすべてがなくなったわけじゃないが、楽になったのは確かなんだろう。娘が、<センリ>が勝手に剣を売り払ってしまったことについては思うところがないわけでもなかっただろうが、現に楽になった以上はな。

センリには僕の正体は明かしてないものの、彼女が語った僕の人相と話ぶりと<竜神>という言葉で察したわけだ。

そして、平伏して僕に感謝するミブリの様子に、ヒャクも、少しは見直したようだな。

ただ、これでミブリをフッてやることについてはまた少し遅れるかもしれないのが、申し訳ない気もするな。

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