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息災ならそれでいい

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「じゃあ、行ってくる。たまには顔も出そうと思う」

巣立ちの日、ランガはそう言って<おとこの顔>で僕を見た。

あんな小さな赤子が、今は、人間の女の姿をしてるとはいえ僕が見上げなければいけないほどになった。それを改めて思うと、また胸の奥が熱を持つのが分かる。

これが<母親の気持ち>というものかもしれないな。

<竜神>としての僕は子を成すこともないけど、こうして人間の体になれば、体の方が勝手に<気持ち>を表してくる。

何かが込み上げてきそうになるのは堪えて、僕は、

「まあ、無理はしなくていい。息災ならそれでいい」

と言って送り出した。



でも、それを最後にランガの姿を僕は見ることはなかった。

人間なんてそんなものだ。口先ではあれこれ言おうと、その場限り。

そんなものだ……



だけど、ランガが僕の下を巣立ってからいくつもの季節が巡ったある日、僕の洞を二人の人間が尋ねてきた。凛々しい顔立ちの二人の若い男だった。

ランガにとてもよく似た。

僕は顔を出すことはなく、洞の奥から様子を窺う。

すると若い男達は、手にしていた供え物が入った籠を祠の前に置きながら、

「誰か!」

「誰かいないか!?」

声を上げる。その声もランガによく似ている。僕は察した。

『ああ…ランガの息子達だな』

と。

だけど僕は応えない。応えたところで意味があるとは思えなかったからな。すると二人は、

「さすがにいないか……」

「ああ、もう三十年以上になるはずだからな……」

そう嘆息を吐いた後で、語りだす。

祖母ばあ様。俺達はあんたの息子のランガの息子だ」

「つまりあんたの孫だ」

「今日は、親父があんたと交わした約束を、俺達が代わって果たしに来たんだ」

「あんたの息子は、とっても立派だったよ」

「戦で多くの功を挙げて、お館様の娘の一人を嫁にもらったんだぜ」

「そして俺達が生まれた」

「親父は俺達を立派に鍛え上げてくれた」

「でもな、先の戦で相手の大将と相打ちになってな……」

「最後の最後まで立派だった。ただ、祖母ばあ様との約束を果たせなかったことだけが心残りだったそうだ」

「だから俺達が代わりにこうして来たってわけだ」

祖母ばあ様。あんたが血の繋がらない捨て子だった親父を育ててくれたおかげで俺達は、今、ここにいる」

「その恩を、親父は一日だって忘れたことはなかったぜ」

「俺達もだ。ありがとう…!」

「本当にありがとう……!」



……まったく……人間ってやつは……約束した本人が顔を出さなきゃ意味がないだろうが……

何が<恩>だ。そんなものより、お前が来い。ランガ……

この親不孝者めが……

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