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百度参れば

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ヒアカの姿をした僕に縋って眠るヒャクを、僕はそっと撫でた。

クレイの姿をしていた時もそうだったが、こうしてヒアカの姿をしていても、胸の奥が熱を持つ。

それで分かる。ヒアカもヒャクのことを愛していたのが。

ヒャクは、クレイにもヒアカにも愛されていたんだ。だからこそなんだろうな。ヒャクの朗らかさは。

ただ、この<愛という気持ち>も、時には厄介極まりないものになるのが人間というものだ。



それは、人間が生贄を寄越すのを『十二年に一度』という風に決める少し前だった。

一人の女が、毎日、僕の洞を参るようになったんだ。一目見ただけで正気じゃないのが分かる女だった。

髪を振り乱し、白粉おしろいを塗りたくった上に血のように赤い紅を唇に差しているという、異様な風体の。

その女が僕に願ったのは、

『あの女を殺してほしい……!』

というものだった。

女の念が強すぎる上に取り止めがなくて僕にさえ上手く伝わってこなかったけど、どうやら惚れた男の女房を呪い殺してほしいということらしいというのだけは分かる。

この手の<願い>をする人間も少なくない。そして、

『一日も欠かすことなく百度、竜神の洞に参ると、願いが成就する』

などという<迷信>が人間達の間に広まっているらしい。

僕はそんな風に勝手に思われるのが嫌だったからその手の願いについては一切、聞き入れなかった。

なのに、たまたま願いが叶った奴が、

『百度、竜神を参ったおかげだ!』

みたいなことを吹聴するから真に受ける奴が後を絶たなくて。

まったく、迷惑極まりない。

この女も、そういうのを真に受けたのの一人なんだろう。

だけど僕はそいつには構わなかった。もちろん願いなんて聞き入れてやらない。

なのに女は、

『百度参れば』

というのを心の支えにして、毎日、毎日、僕を参ったんだ。

それをするには、朝早く家を出て、休みなく歩き、そして参ったらそのまま家に帰るという風にしないといけないはずなのにな。

そうだ。朝から晩まで歩き通しに歩いてやっとできることのはずなんだ。僕は竜神だから里まで歩くのもわけもないものの、人間には決して楽なことじゃない。

なんてことを、一日も欠かさず百度繰り返そうとかする暇があるなら、別のやり方を探せばいいと思う。

まあ、<他のやり方>じゃ上手くいかなかったから<最後の頼みの綱>としてやるのかもしれないけど。

初めて現れた時から女は異様な風体だったものの、<お参り>を何度も重ねるうちに、ますます異様さに磨きが掛かっていった。

元々、顔色はよくなかったんだろう。それを隠すための白粉と紅だったんだろうが、どうやら、先の白粉を落とさずにそのままさらに塗り重ねているらしくて、粉が吹き、それこそ<仮面>でも被っているようなそれになっていったんだ。

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