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ますらお

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ミズモと一緒に暮らした生贄達の中には、ミズモがやる髪結いを見様見真似で覚えた者もいたものの、彼女のそれには到底及ばず、しばらくは半端な髪結いを続けつつも後が続かず、百年も経たないうちに廃れてしまった。

ミズモが他の生贄から譲り受けた櫛も、擦り切れ、一本、二本と歯が欠けて、使い物にならなくなった。

僕が買ってやってもよかったけど、ミズモのそれでないと張り合いがないらしく、欲しがる者もいなかったからそのままにしておいた。

こういうところ、人間は、いい加減と言うか気まぐれと言うかだな。

ただ、そうかと思うと無闇に生真面目で勤勉な奴もいる。

まだ、僕を祀るための祠もなくて、生贄を決まった時期に寄越す習慣もなかった頃、僕を退治しようとした<ますらお>も、そういう奴だったな。



力がいるところは僕も手伝いながらも、ほとんどヒャクが捌いたししの肉を、塩の岩を砕いたものをまぶして揉み、石の上に並べていった。干し肉にするためだ。

そう言えばこの石、あの<ますらお>が割ったものだったか。

そいつは、激しい雨と風が荒れ狂う嵐の中、現れた。人間にしては大きな体をした、獣の気配を放っている男だった。

「民草を苦しめる悪神め!! 俺の名はザンカ!! 貴様を討ち滅ぼし嵐を祓う!!」

心地好く雨風を浴びて寛いでいた僕に、いきなりそんな口上を。

「……なんだ人間? 藪から棒に。何を言っている?」

そうだ。僕の縄張りに赦しもなく踏み込んで悪態を吐く。人間というのはそういう生き物だとは知っていたが、それにしても無礼が過ぎる。

すると、そいつ、<ザンカ>は、手にした剣を僕に向かって突き付けながら、

「とぼけるな! 貴様が起こしたこの嵐の所為で、川が溢れ、田畑は流され、山から<じゃ>が下りて村々を呑み込んだ! すべて貴様の仕業であろう!?

何人もの生贄を喰らいながら、まだ足りないか!? この欲深き邪竜め!!」

とか何とか。

「……何を言ってるんだお前は? この嵐は我が起こしたものでは……」

「問答無用!!」

僕が事情を説明しようとしているというのにザンカは耳も貸さず、剣を構えて駆けてくる。

だから僕は、

「話を聞かんか! この、うつけ者がぁああぁぁーっっ!!」

叱責したんだ。

すると、ザンカの体は旋風の前の落ち葉のように舞い、へし折れた木々の間を転げた。

まあ、人間の中ではおそらく、<ますらお>、<ごうの者>として名を馳せているんだろうが、そんな者、僕の前では羽虫と変わらない。

「ふん……!」

この一喝だけで大抵の人間は、耳が潰れ肺腑が裂け、死ぬ。

人間の中だけでどれほど力を誇ろうが、武器を持たねばししにも勝てん人間風情が、身の程を知れというんだ。

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