上 下
62 / 100

怠け者の割には

しおりを挟む
だけど、この時の思い付きは<当たり>だった。ミズモは、生贄の一人が身に付けていた櫛を巧みに使い、僕の髪を綺麗に梳いてみせた。

思わぬところに才があったんだ。

普通の奴は、手早く済まそうとして一度に多くの髪を梳こうとするが、ミズモは、最初は少しずつ丁寧に梳き、大まかに整えた後で全体をまとめるように梳くという形でやってみせた。

まったく。人間という奴は本当に不思議だ。どうしようもなく駄目な者に見えても何か秀でた一芸を持っていたりするんだからな。

ただ、それが里にいた頃に分かっていたら、また違った生き方もできたのかもしれない。

でも、過ぎたことを悔やんでも詮無い話だ。

ミズモ自身、自分が髪を梳くと綺麗になるのが楽しいらしく、

「竜神様、髪を梳かせてください」

自分でそんなことを言い出すまでに。

さらには、木の実を絞った油で僕の髪を結い始めさえした。

これには他の生贄達も感心し、

「私の髪も結っておくれよ」

「私も…!」

と、次々、申し出たりもした。

最初は戸惑っていたミズモだったものの、結ってやるとすごく喜ばれて、それでミズモ自身も気をよくして、僕と生贄達の髪を結うのが彼女の仕事になっていった。

とは言え、それ以外のことは何もやらず、髪を結うための道具の用意や片付けさえしなかった。当然、木の実から油を絞る仕事を手伝うこともない。

でも、この頃にはもう、他の生贄達も、

『ミズモは、髪を結うのだけが取り得』

と割り切ってくれて、髪を結ってもらう代わりに他のことはしてやるという『持ちつ持たれつ』が出来上がっていった。

どんなに駄目そうな奴にも、一つや二つは<取り得>があって、それを活かすことができれば、なるほど役にも立てるということかもしれない。

僕自身は、『髪を結ってもらえて嬉しい』というわけでもないからどうでもよかったけど、他の生贄達から認められたのは、ミズモにとっても嬉しいことだっただろうな。

ただ、髪を結うことしかしないクセによく食うから、髪を結うのさえ『ふうふう』と息を切らしながらするようになる始末。

二十年くらい経った頃には、ここに来た頃のミズモ三人分くらいの大きさにまでなってしまった。

「ミズモ、あんたさすがにまずいんじゃないの?」

「……大丈夫…大丈夫……」

他の生贄達が心配して声を掛けても聞く耳を持たない。

『人間の本質は変わらない』ということなんだろうな。

でも、さすがにそこまで大きくなってしまうと、心の臓も大変だったようだ……

ある日、ミズモは起きてこなかった。

主と同じく、心の臓も怠け者だったんだろう。主が寝ている間に動くことをやめてしまったようだ。

「ミズモ……」

他の生贄達が見守る中、僕は彼女の体を抱き上げ、森へと運び、埋めた。僕にとってはこのくらいは造作もないからな。

「まったく……お前は本当に怠け者だな……生きることさえ怠けるとか……

……でも、怠け者の割には、頑張った方かもしれないな……」



今、ミズモを埋めたところには、油がよく採れる実をつける木が立派に育ち、明かり取り用の油はほとんどその木の実を使ってる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

気まぐれな太陽の神は、人間の恋愛を邪魔して嬉しそう

jin@黒塔
ファンタジー
死ぬまでずっと隠しておこうと決めていた秘密があった。 身分の違う彼の幸せを傍で見守り、彼が結婚しても、子供を持っても、自分の片思いを打ち明けるつもりなんてなかったはずなのに…。 あの日、太陽の神であるエリク神は全てを壊した。 結ばれない恋を見ながら、エリク神は満足そうに微笑んでいる。 【王族×平民の波乱の恋】 あぁ、この国の神はなんて残酷なのだろう____ 小説家になろうで完結したので、こちらでも掲載します。 誤字等は後に修正していきます。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...