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怠け者の割には

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だけど、この時の思い付きは<当たり>だった。ミズモは、生贄の一人が身に付けていた櫛を巧みに使い、僕の髪を綺麗に梳いてみせた。

思わぬところに才があったんだ。

普通の奴は、手早く済まそうとして一度に多くの髪を梳こうとするが、ミズモは、最初は少しずつ丁寧に梳き、大まかに整えた後で全体をまとめるように梳くという形でやってみせた。

まったく。人間という奴は本当に不思議だ。どうしようもなく駄目な者に見えても何か秀でた一芸を持っていたりするんだからな。

ただ、それが里にいた頃に分かっていたら、また違った生き方もできたのかもしれない。

でも、過ぎたことを悔やんでも詮無い話だ。

ミズモ自身、自分が髪を梳くと綺麗になるのが楽しいらしく、

「竜神様、髪を梳かせてください」

自分でそんなことを言い出すまでに。

さらには、木の実を絞った油で僕の髪を結い始めさえした。

これには他の生贄達も感心し、

「私の髪も結っておくれよ」

「私も…!」

と、次々、申し出たりもした。

最初は戸惑っていたミズモだったものの、結ってやるとすごく喜ばれて、それでミズモ自身も気をよくして、僕と生贄達の髪を結うのが彼女の仕事になっていった。

とは言え、それ以外のことは何もやらず、髪を結うための道具の用意や片付けさえしなかった。当然、木の実から油を絞る仕事を手伝うこともない。

でも、この頃にはもう、他の生贄達も、

『ミズモは、髪を結うのだけが取り得』

と割り切ってくれて、髪を結ってもらう代わりに他のことはしてやるという『持ちつ持たれつ』が出来上がっていった。

どんなに駄目そうな奴にも、一つや二つは<取り得>があって、それを活かすことができれば、なるほど役にも立てるということかもしれない。

僕自身は、『髪を結ってもらえて嬉しい』というわけでもないからどうでもよかったけど、他の生贄達から認められたのは、ミズモにとっても嬉しいことだっただろうな。

ただ、髪を結うことしかしないクセによく食うから、髪を結うのさえ『ふうふう』と息を切らしながらするようになる始末。

二十年くらい経った頃には、ここに来た頃のミズモ三人分くらいの大きさにまでなってしまった。

「ミズモ、あんたさすがにまずいんじゃないの?」

「……大丈夫…大丈夫……」

他の生贄達が心配して声を掛けても聞く耳を持たない。

『人間の本質は変わらない』ということなんだろうな。

でも、さすがにそこまで大きくなってしまうと、心の臓も大変だったようだ……

ある日、ミズモは起きてこなかった。

主と同じく、心の臓も怠け者だったんだろう。主が寝ている間に動くことをやめてしまったようだ。

「ミズモ……」

他の生贄達が見守る中、僕は彼女の体を抱き上げ、森へと運び、埋めた。僕にとってはこのくらいは造作もないからな。

「まったく……お前は本当に怠け者だな……生きることさえ怠けるとか……

……でも、怠け者の割には、頑張った方かもしれないな……」



今、ミズモを埋めたところには、油がよく採れる実をつける木が立派に育ち、明かり取り用の油はほとんどその木の実を使ってる。

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