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僕と一緒に暮らしてるつもりだったのかも

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その人間は、獲物を追ってるうちに彷徨いこんできた若い男だった。

若いと言うか、まだ子供だったな。ヒャクよりは少し上くらいの。

あの頃は人間もまともな<言葉>を持っていなくて、ものを表す僅かな語彙と身振り手振りがすべてだった。

帰り道が分からなくなり、雨も降り出して、その人間は、僕がいる洞で夜を明かそうとしたんだ。

そのついでに、洞の中も確かめようとしたんだろう。もしかしたら何か獲物になる獣がいるかもしれないと思ったのもあったみたいだ。奥へ奥へと進んで、僕が体を横たえていた地の底の湖の畔まで来た。

そこで、湖から顔を覗かせた岩の上で休んでいる僕を見付けたんだ。

その人間は、あまりに大きな獣に見える僕に大層驚いて、腰を抜かしてしまっていた。

あの頃は僕も<言葉>を持たなくて、貧相で弱々しい生き物に気付いて頭を持ち上げただけだった。

なのにそいつは、小便まで漏らして。

だけど僕は別に興味もなかったから、そいつを一瞥しただけでまた寝たんだけどな。

するとそいつは、僕がすぐに襲い掛かってくることはないってのも分かったんだろう。何とか這いずって逃げていった。

でも、洞からは出て行かなくて……

翌朝、雨が上がると洞の近くで木の実を採ってそれを食べて、洞を寝床にしたんだ。

図々しい奴だとは感じたけど、僕の方も別にそんなに気にならなかったから放っておいた。

そうしてそいつはすっかり居ついてしまって、普通に暮らしてた。

年老いて死ぬまで。

他の人間とは出会うこともなかったから、ずっと一人だったけど、寂しそうにしてる様子もなかった。

代わりに、何度も僕のところまで来てたな。

そいつにしてみれば僕と一緒に暮らしてるつもりだったのかもしれない。

そう考えると、今、ヒャクが僕と一緒に暮らしているのも、この時の感じに近い気もする。



いったい、いつ頃からだっただろう……

人間の<祈り>が無闇に面倒臭いものになっていったのは……

とにかく、

『他人よりいい思いをしたい』

『他人を出し抜きたい』

『他人を貶めたい』

というものばかりで、本当に面倒臭くなった。

願いを聞き入れてやりたいと思えるものじゃなくなった。

それでも、生贄達はさすがに自分の命が掛かってるからか必死だったけどな。

だから、面倒臭いけど聞いてやってもいいかなと最初は思えてた。

けれど、毎度毎度次々と生贄を送り込んでくることにはうんざりしたよ。しかも、僕が『やめろ』と言っても聞かないという態度には、心底辟易させられた。

そんなことを延々と続けてきたら、いくら<神>だってやる気を失うってもんだ。

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