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人間としての力

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小屋の残骸の中から掘り出した風呂を僕は抱えあげ運び、まずヒャクの家の前に下した。そして石の刃物を彼女に渡し、

「これで削れ、こんな真っ黒のままでは気分よく風呂に入れんだろう」

「は、はい」

戸惑いながらもヒャクは僕に言われたとおり、風呂に石の刃物を押し当て、ガリガリと削り始める。すると、黒ずんでいた部分が細かくなって剥がれ落ち、やがて白い木肌が見え始めた。

「あ…!」

その光景に、彼女も自分が何をさせられているのか察したようだ。<ヒャクリ亭>にも風呂はあったが、あれは石で組まれたものだったからな。木桶風呂とは違う。

それが分かると、ヒャクは懸命に風呂を削り始めた。

僕も石の刃物を手にして削る。あくまで<人間としての力>で。

竜神としての力を使えば、そもそもこんなことをする必要もない。一撫でで、まっさらなものにしてしまえる。

でも、僕は敢えてヒャクと一緒に石の刃物で削ることにしたんだ。

そうしたくて。

道具も、この風呂を作った小僧に使わせていた斧などがあればよかったかもしれないけど、生贄達が手入れの仕方もよく分からずに無理な使い方をしていたから今じゃすっかり赤茶けた石と変わらなくなってしまった。だから、石同士でぶつけ合えば薄く鋭く割れるこれの方がまだ使い勝手もいいんだ。

だけど、そうだな。今度は道具も買ってこよう。取り敢えずは包丁と鋏と針と櫛だな。飯の用意と裁縫と、ヒャクの髪を梳くのにいる。

そんなことを考えながら僕は黙々と手を動かした。ヒャクも、子供にとっては、いや、大人にとってもだろうけど決して楽な仕事じゃないはずなのに、文句も言わずに続ける。

これが自分のための仕事だということも分かっているからだろうな。

僕も、そんな彼女のためにと思うと、すごくはかどる。そうして僕がやってるからまた、ヒャクも頑張れるんだろう。

そして夜まで掛かって、木桶風呂はようやく、元の綺麗な姿を取り戻した。使う者がいなくなってから百年以上、作られてからならもう二百年近く経っても、こうして削ってやれば木の匂いがする。

まったく、<木>というやつは大したもんだ。それに比べれば人間はなんと脆い。

なのに、脆いくせに、時に驚くくらいのしぶとさも見せる。

変な生き物だよ。

その<変な生き物>なヒャクは、綺麗になった風呂を前にして、頬を桜色に染めつつ、嬉しそうに笑っていた。僕と一緒にそれを成し遂げたことを喜んでいるんだ。

でも、まだだぞ、ヒャク。ここからは湯を張らなくちゃいけないからな。

だけど、その前に飯だな。

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