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風呂を直す

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さすがに涼しくなってきて水浴びだと厳しくなってきたから、今日は風呂を直すことにした。

それは、倒壊した小屋の中にあった。どうしても湿気るから傷みも早く、手入れをできる者がいなくなったら早々に倒壊したんだ。

僕はヒャクと一緒にその潰れた小屋の前に立ち、

「今から風呂を掘り出す。一から作ってもいいんだが、手頃な大木を切り倒すのはお前には無理だからな。ここにあるのを直して使おう」

まあ、切り倒すのは僕がやってもよかったけどな。出来る限りヒャクに<仕事>を作りたかったんだ。ここじゃすることは他にないし。することもなく怠惰に時間を過ごすというのは、ヒャクのような人間にはむしろ苦痛だろう。

「無理する必要はない。怪我をしないようにだけ気を付けろ」

「はい…!」

彼女は引き締まった貌で応えて僕と一緒に崩れ落ちた小屋の残骸をどけ始める。

もっとも、ヒャクにはそれこそ小さな木っ端を除けてもらうだけだ。彼女の力じゃどうすることもできない大きなものは僕が除ける。

まだ形がいくらか残って大きな塊になっていた屋根の一部を、僕は木っ端を持ち上げるように軽々と抱えた。

「すごい……!」

そんな僕にヒャクが目を見開いて声を漏らす。僕にとってはそれこそなんてことのないものだったけど、彼女の感嘆が素直に心地好い。

そうして屋根の一部を除けると、人間の大人が二人でようやく抱えられるくらいの大きな木の切り株の中をくり貫いて木桶にした風呂が見えた。これも、かつての生贄が自分で作ったものだ。

それまでは、皆、外の湧き水で汗を流すか、濡らした布で体を拭くかだったのが、きこりの息子だったという小僧が生贄として寄越された時、たまたま森で猪に襲われて死んだ樵が使っていた斧と鋸を僕が拾ってきてそれで作ったものだった。

そう言えばその小僧は、働き者だが酷く無口で、ここにいる間にも片手で足りるくらいしか口をきいたことがなかったな。

そいつも、ヒャクと同じように親を亡くして、引き取り手がなく生贄として僕のところに寄越されたんだったな。

愛想のない小僧だったけど、真面目な働き者だったこともあって、他の生贄達からも可愛がられていたのを覚えてる。

でも、大人になる前に病を患って、呆気なく死んだ。自分が作った風呂にも入ることなくな。

なのにそいつは、満足そうに笑みを浮かべながら死んだよ。何か一つやり遂げて、それで親の下に行けたからかもしれない。

風呂を作った以外にも、家の傷んだところを直すのが上手かった。もっとちゃんとした道具があればいろいろできたかもしれない奴だった。

そいつが作った風呂が、百年かぶりに姿を現した。

風呂としてしっかり使われていたからすっかり黒くなってしまっているけどな。

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