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いざとなればまた

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ヒャクが<ヒャクリ亭>で祖父母と一緒に仕込んだ味噌は、野草と木の実と猪や兎の肉だけの質素な鍋を、極上の料理へと変えてくれた。

飯を食う必要のない僕でも、人間の体を使っている時には味だって分かる。しかも、ヒャクの母親であるクレイと同じ体だからな。体がこの味噌の味を覚えていたようだ。なんともいえない気分にもなる。

たぶん、人間が<懐かしさ>とか<郷愁>とか呼ぶものだろう。でも、悪くはない。

何よりヒャクが嬉しそうな貌をして食うからな。

そこで今度は米を手に入れることを考えた。

とは言え、今年の米の収穫は望めない。あの街とは別の、遠く離れた、干ばつを免れた人間の里に行けば手に入るかもしれないものの、それはそれで何か違う気もするし、あくまでヒャクが家族と共に暮らした街の米を手に入れたいところだ。

干ばつが終わったこの地は、それまでが嘘だったかのように潤い、すぐに収穫ができる作物については豊作となった。去年までのことを思えば貧相この上ないとしても、少なくとも酷く飢えることもこれでなくなっただろう。

カブリに告げたように川にも魚が戻り、豊漁となったそうだ。僕はそれを、何度か街に出向いて確かめた。カブリとは顔を合わすこともなかった。わざわざあいつとあいつの弟妹らが暮らす橋の方には足を運ばなかったというのもあるけど。

また、僕とヒャクが暮らす山も、やはり去年までに比べれば干ばつのあおりは免れなかったものの木の実や野草もそれなりに実り、ヒャクが飢える心配はまったくなくなった。

まあ、いざとなればまた蚯蚓みみず団子でも用意してやれば済む話だから、僕自身は何も心配してなかったけどな。

もっとも、ヒャクが最初に口にした団子が蚯蚓団子だったことは、彼女にはまだ告げてない。わざわざ告げる必要もないだろうし、告げるつもりはない。

その一方で、僕は、毎日、ここで生きるのに必要なことを彼女に伝えていった。

兎を捕らえるための罠の作り方もヒャクはすぐに覚えて、自ら兎を捕らえて調理もする。兎を捌くのは初めてだったそうだが、元々、ヒャクリ亭で調理も手伝ってたからか、思ってたよりは平然としてたな。

すぐ泣くくせに逞しいやつだ。

でも、そんな彼女の姿を見ているのも悪い気はしない。

家も、倒壊しないように僕がだいたい直しておいたけど、ヒャクも、自分で細かいところを直すようにし始めた。

それと、

「毛皮を調えた方が寝心地も良くなると思うんです」

獣の毛皮を縫い合わせたものの中に干草を詰めた布団の手入れも自分で始める。

しかも、僕が使ってる方の布団から。

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