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獣として見れば

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そいつの案内で覗き込んだ小屋は、今、ヒャクが住んでいる家の土間よりは少し広いだけのものだった。橋の下に作られてるから橋そのものが雨避けにはなってるものの、たぶん、風があって雨が斜めに降り込むような時には酷く雨漏りもするだろうなという、およそ人が住むものとしてのていを成してない、<獣の巣>のようなものだった。

いや、本当に獣の巣だな。何しろそこには目だけが異様にギラギラと光を放っている<獣>が五匹、いや、子供が五人、膝を抱えて蹲っていたんだ。その間に、さらに子供が一人、横たわっていた。

「みんな俺の弟や妹だ。まあ、血が繋がってないのもいるが、俺にとっては弟妹だよ。でも、みんな、まともに食えてないんだ……」

僕を案内した奴が、呟くように言う。こいつらの事情なんか僕の知ったことじゃないけれど、まあ、いいだろう。

ただ……

『……こいつはもう駄目だな……』

薄いゴザに横たわった、それこそ骨と皮だけの、出来の悪い人形のような子供を見た僕には分かってしまった。こいつは<死病>を患ってる。

たぶん、元々煩ってたんだろう。そこに加えて飯を口にできてないから命の火種が余計に縮まっただけだ。もう、助からん。

僕は、病は治せないからな。

それでも……

僕は背負っていたかめの一つを下して、蓋を開けた。

すると子供らは我先にと群がって、手を突っ込んで味噌を掴み、口へと押し込む。

『やはり獣だな……』

ただただ『生きるために食う』だけのそれを見て、僕はしみじみ思った。

そんな弟妹らの間を縫って、僕を連れてきた奴も瓶に手を差し込み味噌を掬って、

「ほら、味噌だぞ。食え……!」

横たわっている子供の口元に寄せる。

と、その子供は、

「……」

言葉もなく口を辛うじて動かして味噌を含んだ。そして、

「にいちゃ……おいしい……」

ほんの僅かに口元を緩めて、そして……

……死んだ。

これまで最後の足掻きを見せていたであろう心の臓が、ホッと力を抜いたかのように休んだんだ。

味噌を味わいながら……

「イブリ……イブリぃ……」

僕を連れてきた奴は、<イブリ>と呼んだその子供を抱き上げて、泣いた。剽賊ひょうぞくのクセに、他人の命をも踏みにじって奪おうとしていたクセに。

だが、それもこれも、この弟妹達を養うためだったんだろう。自分と自分の家族を生かすために戦っていたということだ。だからあの時、一目散に逃げた。捕らえられるわけにはいかなかったから。それに比べれば、<面子>など糞の役にも立たんかったわけだ。

人の世では認められることじゃないが、許されることじゃないが、獣として見れば至極まっとうな行いをしていただけとも言えるだろうな。

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