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第四章
三十八話
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船の甲板デッキの上で、リオとランチした。
海風がとても気持ちいい。
今日も天気が良かった。
「……そろそろ到着すっかな」
「どこに?」
リオが見ている方角……そちらの方へと目を凝らすと、海の遠くに小さく島が見えた。
もしかして、あそこに上陸するつもりなのだろうか。
「あれはナターリアの聖域があるとされる島」
「ナターリアの……」
「とは言っても、本当に何もねぇとこだがな。古い神殿の跡が残されているだけで、あそこには誰もいねぇが、せっかく近くを通るし少しだけ寄っていこうかと」
私たちは島に降りた。
クラークさんたちは、このまま船で待っているらしい。
なんでもこの地は、ダンシェケルト家の血族か、女神に認められた者しか入ってはいけない決まりになっているのだとか。
綺麗な砂浜に、透き通ったグリーンの海を見れば、人が滅多に足を踏み入れていないのがよく分かる。
砂浜の先には緑豊かな森が、ずっと先まで広がっていた。
私はリオの腕に掴まりながら、森の中へとゆっくり歩いていく。
(森に入るのは少しトラウマが……)
しばらく歩いて辿り着いた場所には、古く朽ちた神殿の跡らしきものがあった。
神殿と言っても、ここには柱や床の模様くらいしか残っていない。
「昔、この世界で活躍したナターリアの最後の場所だ。もう何千年も前のことだが、人間と魔族との最後の戦いの場だとされている。ここが見つかったのは、人類の船が世界を横行するようになった数百年くらい前のことで、そん時にはすでに復元も不可能なほどボロボロだったんだと」
「へぇ……」
私はこの空間にどこか懐かしいような、何かを知っているような、そんな不思議な感覚がしていた。それが一体何なのかまでは分からないけども。
「まぁ、特に面白味もない場所だけどな。一度くらいは来てもいいだろ」
「うん……」
ここは時の流れがどこか違う気がする。
そして、先ほどから胸元の聖痕が少しずつ疼くのだ。リオの方は気にならないのだろうか。
「リオ、胸の文字がちょっと痛むんだけど、リオは……リオ?」
えっ、リオが……なんで?
さっきから全然動いてない。
ずっと同じ場所で立ったままで、呼吸も聞こえない。
そういえば木々の音や鳥や虫の声も消えた。
何かおかしい。
周りが生きている感じがしない。
『ソア……いや、香桜、ワシの声が聞こえるか?』
「……誰?」
頭の中に懐かしい感じの声がする。
この声を私はなぜか知っている。
『周りの時間は今止めてある』
「も、もしかして、前に夢に出てきたナターリア? でもなんで、そんなことを?」
『体が結ばれれば、コイツはきっとお前をここに連れて来ると思っていた。時間を止めたのは、『女神の恩恵』を無事手に入れたお前だけに、言わねばならぬことがあるからだ。世界の破滅を防ぐためにも』
世界の破滅……?!
なんかこの女神、ちょっと怖いこと言い出してる。
頼むよぉ……私はただの元女子高生だってば。
もしこれで魔王とかなんかヤバいものが、なんやかんやと出てきちゃったから世界を救えとか言われても、絶対に無理な話だって。
『お前は転生者だが、この世界は乙女ゲームの世界ではない。この世界に模した乙女ゲームをワシが作ってお前に渡しただけだ。まずそこから理解を改めよ』
「えっ……」
な、なにそれ……ここにきて、乙女ゲームの世界じゃないとか……意味わからない。
この世界の人間って本当に後出しが好きだな! まぁ、こっち神だけど。
『じゃあ聞くが、お前はあのゲームをいつから手に入れて、いつからやっている? 覚えていないだろう? それはそうだ、大きくなったらやれとワシが渡したのは、お前がもっと小さい頃の話だ』
ふぇ……心の声、読んどるんかい。
いつから……?
え、いつ買ったっけ……あ、本当だ、全然思い出せない。
うちの両親に買ってもらった記憶も、自分で買った覚えもない。
今あるのは高校生の時にやたらハマって、あのゲームのオタクになったという事実だけ。
『お前があちらの世界で、あの時、あの時間に死ぬことはワシには分かっていた。あれは、この世界にお前が来ても混乱せずに済むよう、この時代、この時間軸に存在する現実の人物を使って多少の設定を加え、興味を持つようにと作ったものだ』
興味を持つようにわざわざ?
……ええ、えらく興味を持ちましたとも。
私が好きなタイプの推しキャラがいっぱいだったからな。この女神、よく分かってるじゃないか。
『ふふ、分かっているだろう? お前の記憶はすでに消してあるが、お前が死ぬ少し前、ワシは一度お前と会っている。ワシは来たるべき時が来たら、ゲームのヒロインそっくりに転生させてやろうと伝えた。しかしお前は、この『ソア』というキャラクターが良いと。この死んでしまう運命の子が可哀想でならないから、自分がこの子の物語を繋ぐと言ったんだ。それならばとその部分の記憶は消し、コイツが持っていたメダルはすぐに転生したソアを追うよう調整した』
この世界観と攻略用キャラの仕様を本物からピックアップしたこと以外、全てナターリアが勝手に作ったデタラメだった。
元々『ソア』という人物もヒロインもこの世界にはいなくて、女神がゲーム内だけに作り出したもの。
だからたまに設定がブレることがあったんだ……。
『あの『ソアの手紙』をわざと残すことで、今のお前はすっかり信じ込んでいたが、異世界に転移する『女神の書』など存在しない。まぁすべては我が子孫とお前をくっつけるための仕掛け。そして、人の愛に飢え、力を持ちすぎたコイツが将来起こす世界の悲劇を止めるためだ』
力を持ちすぎたリオが、将来起こす悲劇?
リオが世界の破滅を起こすの? なんで?
ナターリアの作ったあのゲーム内では、リオ・ダンシェケルトは攻略用キャラと設定されていても、どうしても攻略できないようになっていたらしい。
そうすることで、私がこの世界に来た時に逆にリオに興味を持つだろうという計らいだったとか。
ただ、本人によーく沿って作ってしまったから、かなり性格に難ありなキャラとなってしまい、臆病な私はゲーム内でリオに模したキャラと一切関わろうとしなかったというのが今回のオチ。
『そこは誤算であったが、まぁ最終的にはくっついたから良しとしよう。いいか? 香桜よ、お前はこの世界で誰の代わりでもない『ソア』として、あの少年を止めよ。全力でな。『ソア』とはお前だ。いいな? 誰かの代わりなんかじゃない。ワシが選別した特別な生命だ』
神はそれだけ告げて頭の中から消えていった。
私はリオを止めるために、具体的にいったい何をすれば良いのかと尋ねたら、神は『ただ、愛せばいい』とだけ言っていた。
子孫が将来起こしそうになった危機は『50年前にもあった』とも。
ナターリアの声が聞こえなくなった後、すぐに周りの時間は動き出した。
リオは何も分かってない様子で、私の心中は複雑な気持ちである。
将来のこの男は一体世界に何をするのだろう。
リオの能力は、周りと比べても異様なほどに高い。
こんな才能を持った人間が、人の愛に飢え、世界を破滅させるなどと言われて、私に止めることなど本当にできるのだろうか。
海風がとても気持ちいい。
今日も天気が良かった。
「……そろそろ到着すっかな」
「どこに?」
リオが見ている方角……そちらの方へと目を凝らすと、海の遠くに小さく島が見えた。
もしかして、あそこに上陸するつもりなのだろうか。
「あれはナターリアの聖域があるとされる島」
「ナターリアの……」
「とは言っても、本当に何もねぇとこだがな。古い神殿の跡が残されているだけで、あそこには誰もいねぇが、せっかく近くを通るし少しだけ寄っていこうかと」
私たちは島に降りた。
クラークさんたちは、このまま船で待っているらしい。
なんでもこの地は、ダンシェケルト家の血族か、女神に認められた者しか入ってはいけない決まりになっているのだとか。
綺麗な砂浜に、透き通ったグリーンの海を見れば、人が滅多に足を踏み入れていないのがよく分かる。
砂浜の先には緑豊かな森が、ずっと先まで広がっていた。
私はリオの腕に掴まりながら、森の中へとゆっくり歩いていく。
(森に入るのは少しトラウマが……)
しばらく歩いて辿り着いた場所には、古く朽ちた神殿の跡らしきものがあった。
神殿と言っても、ここには柱や床の模様くらいしか残っていない。
「昔、この世界で活躍したナターリアの最後の場所だ。もう何千年も前のことだが、人間と魔族との最後の戦いの場だとされている。ここが見つかったのは、人類の船が世界を横行するようになった数百年くらい前のことで、そん時にはすでに復元も不可能なほどボロボロだったんだと」
「へぇ……」
私はこの空間にどこか懐かしいような、何かを知っているような、そんな不思議な感覚がしていた。それが一体何なのかまでは分からないけども。
「まぁ、特に面白味もない場所だけどな。一度くらいは来てもいいだろ」
「うん……」
ここは時の流れがどこか違う気がする。
そして、先ほどから胸元の聖痕が少しずつ疼くのだ。リオの方は気にならないのだろうか。
「リオ、胸の文字がちょっと痛むんだけど、リオは……リオ?」
えっ、リオが……なんで?
さっきから全然動いてない。
ずっと同じ場所で立ったままで、呼吸も聞こえない。
そういえば木々の音や鳥や虫の声も消えた。
何かおかしい。
周りが生きている感じがしない。
『ソア……いや、香桜、ワシの声が聞こえるか?』
「……誰?」
頭の中に懐かしい感じの声がする。
この声を私はなぜか知っている。
『周りの時間は今止めてある』
「も、もしかして、前に夢に出てきたナターリア? でもなんで、そんなことを?」
『体が結ばれれば、コイツはきっとお前をここに連れて来ると思っていた。時間を止めたのは、『女神の恩恵』を無事手に入れたお前だけに、言わねばならぬことがあるからだ。世界の破滅を防ぐためにも』
世界の破滅……?!
なんかこの女神、ちょっと怖いこと言い出してる。
頼むよぉ……私はただの元女子高生だってば。
もしこれで魔王とかなんかヤバいものが、なんやかんやと出てきちゃったから世界を救えとか言われても、絶対に無理な話だって。
『お前は転生者だが、この世界は乙女ゲームの世界ではない。この世界に模した乙女ゲームをワシが作ってお前に渡しただけだ。まずそこから理解を改めよ』
「えっ……」
な、なにそれ……ここにきて、乙女ゲームの世界じゃないとか……意味わからない。
この世界の人間って本当に後出しが好きだな! まぁ、こっち神だけど。
『じゃあ聞くが、お前はあのゲームをいつから手に入れて、いつからやっている? 覚えていないだろう? それはそうだ、大きくなったらやれとワシが渡したのは、お前がもっと小さい頃の話だ』
ふぇ……心の声、読んどるんかい。
いつから……?
え、いつ買ったっけ……あ、本当だ、全然思い出せない。
うちの両親に買ってもらった記憶も、自分で買った覚えもない。
今あるのは高校生の時にやたらハマって、あのゲームのオタクになったという事実だけ。
『お前があちらの世界で、あの時、あの時間に死ぬことはワシには分かっていた。あれは、この世界にお前が来ても混乱せずに済むよう、この時代、この時間軸に存在する現実の人物を使って多少の設定を加え、興味を持つようにと作ったものだ』
興味を持つようにわざわざ?
……ええ、えらく興味を持ちましたとも。
私が好きなタイプの推しキャラがいっぱいだったからな。この女神、よく分かってるじゃないか。
『ふふ、分かっているだろう? お前の記憶はすでに消してあるが、お前が死ぬ少し前、ワシは一度お前と会っている。ワシは来たるべき時が来たら、ゲームのヒロインそっくりに転生させてやろうと伝えた。しかしお前は、この『ソア』というキャラクターが良いと。この死んでしまう運命の子が可哀想でならないから、自分がこの子の物語を繋ぐと言ったんだ。それならばとその部分の記憶は消し、コイツが持っていたメダルはすぐに転生したソアを追うよう調整した』
この世界観と攻略用キャラの仕様を本物からピックアップしたこと以外、全てナターリアが勝手に作ったデタラメだった。
元々『ソア』という人物もヒロインもこの世界にはいなくて、女神がゲーム内だけに作り出したもの。
だからたまに設定がブレることがあったんだ……。
『あの『ソアの手紙』をわざと残すことで、今のお前はすっかり信じ込んでいたが、異世界に転移する『女神の書』など存在しない。まぁすべては我が子孫とお前をくっつけるための仕掛け。そして、人の愛に飢え、力を持ちすぎたコイツが将来起こす世界の悲劇を止めるためだ』
力を持ちすぎたリオが、将来起こす悲劇?
リオが世界の破滅を起こすの? なんで?
ナターリアの作ったあのゲーム内では、リオ・ダンシェケルトは攻略用キャラと設定されていても、どうしても攻略できないようになっていたらしい。
そうすることで、私がこの世界に来た時に逆にリオに興味を持つだろうという計らいだったとか。
ただ、本人によーく沿って作ってしまったから、かなり性格に難ありなキャラとなってしまい、臆病な私はゲーム内でリオに模したキャラと一切関わろうとしなかったというのが今回のオチ。
『そこは誤算であったが、まぁ最終的にはくっついたから良しとしよう。いいか? 香桜よ、お前はこの世界で誰の代わりでもない『ソア』として、あの少年を止めよ。全力でな。『ソア』とはお前だ。いいな? 誰かの代わりなんかじゃない。ワシが選別した特別な生命だ』
神はそれだけ告げて頭の中から消えていった。
私はリオを止めるために、具体的にいったい何をすれば良いのかと尋ねたら、神は『ただ、愛せばいい』とだけ言っていた。
子孫が将来起こしそうになった危機は『50年前にもあった』とも。
ナターリアの声が聞こえなくなった後、すぐに周りの時間は動き出した。
リオは何も分かってない様子で、私の心中は複雑な気持ちである。
将来のこの男は一体世界に何をするのだろう。
リオの能力は、周りと比べても異様なほどに高い。
こんな才能を持った人間が、人の愛に飢え、世界を破滅させるなどと言われて、私に止めることなど本当にできるのだろうか。
応援ありがとうございます!
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