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5巻
5-3
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別のカウンターの上を指させば、ジョーが訝しげに私を見る。
「ここにか?」
「うん……」
「俺がここに置いたのかぁ? ガレル、覚えているか?」
「あ、ああ。そうかもしれないが、マヨネーズなら氷室にもう十分ある」
ガレルさんが話を合わせ、いつもの私の真似をしてこちらにこっそりと親指を向けてきたので、私も親指を返す。ガレルさん……相当マヨネーズに思うところがあったのだろう。
ジョーにアイスクリームのレシピを説明する。
「――面白そうだな」
「うん。魔法が必要なレシピと、魔法がなくてもできるレシピの二つ」
「魔法が必要なレシピか……面白いな」
どちらのアイスクリームのレシピも泡立て器が活躍するのだと説明する。
作る予定のアイスクリームは、一つは前世で一度は誰もが食べたであろう一般的なアイスクリーム。バニラがないのでミルクベースのアイスクリームになるけど。
それからもう一つはシャーベットだ。今回、シャーベットにはボーナの実と蜂蜜を使う。ボーナは以前マイクにもらった、この国特有の柑橘系の果物だ。
基本のアイスが上手くできれば、あとはそれぞれにフレーバーを加えていくだけで、たくさんの種類のアイスクリームやシャーベットが作れると思う。
「お父さん。早くマゼマゼしよう!」
「分かった分かった」
始めに、卵黄がとろりとするまでボウルの中で混ぜ、砂糖、ミルク、生クリームの順に混ぜ込んでいく。
「お父さん、砂糖の残りはあとどれくらいあるの?」
「結構使っているからな。残りはこれくらいだぞ」
ジョーが砂糖の入った容器の中を見せる。くぅ! 底が見え始めている!
砂糖が高価なのは本当にどうにかしたい。アイスに果物を使えば、使う砂糖の量は少し減らせるかなぁ。
次に、氷魔法で出した小さな氷を別に用意したボウルの中に入れ、塩をかける。氷魔法がなくても氷室に入れている氷を砕いて使えばいいけど、勿体ないので今日は魔法に頼る。
「本当に透明な、純度の高い氷だな……」
すでにジョーには何度か私の魔法を披露しているけれど、氷魔法を使う私を見てジョーは改めて感心しているようだ。
「ここに塩をかけて――」
「なんで塩をかけるんだ?」
ジョーが眉間に皺を寄せながら塩をまぶした氷を眺める。
「塩をかけると氷が溶けるのが早くなって凄く冷たくなるからかな」
「そうなのか?」
私も詳しい原理を知らないので説明できない。念のため触ってみたら、魔法で作った氷も普通の氷と同じようによく冷えている。
先ほど材料を合わせたボウルを氷が入ったボウルの上に乗せ、ジョーに泡立て器を渡す。
「お父さん、あとはよろしく」
「おう! 任せろ」
泡立て器で混ぜること五分、ジョーがこちらを「まだか?」という顔で見てくる。
見た感じ、まだ全然固まっていない……
「お父さん、私がボウルを押さえるから、一緒に頑張ろう!」
「よし、もう少し腰を入れるか!」
混ぜることさらに五分、親子二人でボウルの中身に集中する。
「おお! ミリー、だんだんと固まってきたぞ。しかし、腕が痛てぇな」
少し息を弾ませながらジョーが言う。でも、本番はここからなのだ!
「もうすぐだよ」
木べらで削るように混ぜ、さらに泡立て器で混ぜるとすぐにソフトクリーム状になり始めた。
(わぁ……アイスクリームだ!)
どんどん見覚えのあるアイスクリームへと変わっていくと、ジョーが手を止めた。
「どうだ、できたか?」
「うんうん! お父さん、早く皿に載せて食べよう!」
「待て待て、今よそってやるから、そう急かすな」
ジョーから受け取ったアイスクリームを一口食べると、優しいミルクの味が口いっぱいに広がる。あー至福、至福。もうアイスクリームボウルの中に顔を埋めたい。
ジョーもアイスクリームを一口食べ、真顔で言う。
「ミリー、これは生キャラメルと同じくらい美味いな」
「ふふ、キャラメルをこれにかけると天にも昇れるよ」
「なんだよ、それ。美味そうじゃねぇか」
出来立てのアイスクリームをジョーと二人で堪能する。
よし、この調子でシャーベットも完成させよう。
卵白などは使わずにボーナ、蜂蜜、水だけでできる簡単なシャーベットを作ることにする。
果肉をたっぷり搾ったボーナの汁に蜂蜜と水を加える。
「そっちも氷の上で混ぜんのか?」
ジョーが自分の腕を見ながら苦笑いをする。連続してマゼマゼしたのだ、疲れているよね。
「ううん。こっちは魔法でちゃちゃっと」
本来は冷凍庫に数時間入れるけど、氷室ではその役目を果たせない。氷魔法を使い、ボウルの中身を凍らせればシャーベットの完成だ。なんで今まで作らなかったのだろうと思うほど簡単にできる。
「おお、凄いな」
凍りついたボウルに触れながらジョーが感心する。
早速、シャーベットの味見をする。
シャリっと一口食べる。おお、酸っぱいけど爽やかな味だ。
「こっちはシャリシャリしてまた食感が違うな」
「美味しいよね」
「ああ、でも俺が混ぜたアイスクリームも、あんなに苦労しなくとも魔法ですぐできたんじゃねぇか?」
「そしたら、私のいない時にお父さんは作れないよ」
「まぁ、そうだが……すぐ溶けるようだし、猫亭では出せねぇな。ミリーがいない時は作る必要もないだろ?」
ジョー、考えが甘いよ。アイスクリームってのは偉大なんだよ。
休みの従業員も加え、残りのアイスクリームを猫亭のみんなにシェアする。特に女性陣の反応が良くマリッサとケイトの目が輝く。
「あら、美味しい」
「わぁぁ。凄い。何これ!」
やっぱりアイスクリームは偉大だね。ジョーの腕に向けてお祈りを始める。
案の定、ジョーはマリッサやケイトからアイスクリームを日々おねだりされることになる。ラジェも遠慮がちにジョーにお願いしていたのが可愛かった。
そのおかげか、マヨネーズは以前ほど頻繁に食卓に出ないようになった。とりあえず、ガレルさんは安心したようだ。
私も手伝ったりしたけど……ジョーはその後、アイスクリーム作りで腕がパンパンの日々が続いたので、こっそりとヒールをかけてあげた。
菓子店レシアの視察
今日はリサでのお手伝いの日だ。実は明日ついに、ルーカスさんと共に菓子店レシアへ視察に向かう予定だ。
昨日でスライムちゃんの期間限定販売が終了したので、また別の季節限定品を考案できればいいなと思っている。
アイスクリーム? まだ秋だからいけるだろうけど……店では販売不可だろう。
まず、氷室やショーケースでは残念ながらアイスクリームを十分に冷やせない。それにアイスクリームは他の食べ物から臭いが移りやすい。だから保存用に専用の冷凍庫がいるのだ。使う砂糖の量も多いからコストもかかるし、今後の課題だね。
猫亭のみんながアイスクリームにハマったおかげで、すでに底が見えていた砂糖がゴリゴリと減っていった。今は砂糖を使う量を減らし、フルーツを練り込んで甘さを補ったアイスクリームをジョーがせっせと作っている。
アイスケーキもいつか作りたい。夢は私より大きいやつ!
冷凍庫のようなものを作れれば、いろいろと役に立つと思うんだけどな。
お魚事情とか、お魚事情とか、お魚事情とか!
でも、冷凍庫の構造なんて知らない。なにせ冷蔵庫と違って氷点下まで冷やさなくてはいけないのだ。氷魔法で出せる氷だと、零度より冷たくはならないので、それだと温度が高すぎる。こちらには氷の魔石というファンタジーな物があるので可能性はゼロではないけど、今は忙しいのでとりあえず保留かな。
明日から十の月。毎年この時期に開催される中央街の祭りへの参加申請書は、一応提出したのだけど……今回の祭りはリンゴ飴で勝負する気満々だった。
(森に行けないのは痛手だなぁ)
現在、魔物が増えているせいで、森に小さなリンゴを取りに行けない。市販のリンゴは大きいからリンゴ飴には合わないし、とにかく高価だ。市場で小さなリンゴを探してみたが、見当たらなかった。
(まぁ……リンゴ飴がダメなら、フルーツ飴で行くか?)
そんなことを考えていたら、ルーカスさんに見て欲しいものがあると厨房横の休憩室へと呼ばれる。
「ミリー様、これなんですが……」
テーブルの上には、色付けされた白餡でピンク色の薔薇や、王都に咲く緑色とピンク色のグラデーションを持つ蓮に似た花を象った菓子があった。
これ、和菓子だ! 凄い! それに、懐かしい。
「綺麗……これ、作ったのですか?」
「はい。レイラが作った物ですが、出来が良かったので。本人は残りの餡で遊びがてらに作ったみたいですが……」
日本の職人のクオリティーには劣るが、薔薇は特によくできている。花びらを一枚ずつ作ったのかな? なんせ、レイラさんが白餡からここまで自力でたどり着いたことに感動だ。
「さすがレイラさん。素晴らしいです。次回の期間限定の商品にしてもいいと思います。店のシンボルの貝などもあれば嬉しいですね」
「本当ですか? レイラも喜ぶと思います」
一つ一つ作業の時間もかかるだろうから、数量限定ではあるだろうけど。餡を見ていたら、どら焼きが食べたくなってきた。どら焼きか……意外と簡単に作れそう。
屋台の出し物の一つはどら焼きにするかな……ジョーに相談しよう。
「ルーカスさん、明日のレシアの視察ですが、こちらを渡しておきますね」
ルーカスさんに小金貨一枚を渡す。明日の菓子店レシアでの支払い、ルーカスさんの家族に参加をお願いしたことでかかった準備金、それから休日出勤手当だ。
「これは……貰いすぎでは?」
「明日の支払い分も込みで渡しています。私、明日はたくさん食べる予定なので。ルーカスさんの子供たちの服も新調したのですよね?」
中央街の店を訪れるのに、庶民のつぎはぎの服では行けない。ルーカスさんと奥さんは男爵家で働いていた時に作った一張羅があると言っていたが、子供たちの服は新調したはずだ。
「いや、新調はしてないです。綺麗な古着を直してもらっただけで……」
「そうですか。でも馬車を手配されたのですよね? それの費用も含んでいると思って受け取ってください」
「……分かりました」
ルーカスさんが小金貨を大切にポケットへと仕舞う。
私、「明日はたくさん食べる気だから、お金が足りなかったらどうしよう」なんて呑気に考えていたけど……小金貨一枚はルーカスさんの一か月分の給与だ。少し配慮が足りなかったかな。
明日が楽しみすぎて失敗したとしゅんとしていると、ルーカスさんが笑顔で言う。
「子供たちも明日を凄く楽しみにしています!」
「う、うん! 私も楽しみです!」
今日のリサでの仕事を終え、迎えに来た馬車へと乗る。商業ギルドへ寄ってから家に帰る予定だ。
商業ギルドへ到着。そのまま執務室へと向かう。
「来たか。お主の服が仕上がっているぞ」
爺さんがニカッと笑いながら言う。今日は機嫌が良さそうだ。隣にいるミカエルさんも上機嫌のようだ。
実は爺さんの知り合いのテーラーに、顧客の子息用に作ったものの購入されなかった服を私のサイズに直してもらっていたのだ。
新しい服に袖を通す。驚くほどぴったりフィットだ。この国では子供服でもハイウエストが流行なのか、おへその上までズボンがくる。ジョーが以前新調した服の小さい版だ。
くるりと回り足を左右に伸ばす。うん、動きやすくていい。
「よく似合っておるな。なぁ、月光」
爺さんが頷きながら言うと、ミカエルさんの隣で魔力が高まるのが分かった。
「ヒィ……」
ミカエルさんがいきなり現れた月光さんに小さな悲鳴を上げた。本当、もっと自然に出てきて欲しい。
月光さんが肩を揺らしながら笑う。
「ミリー嬢ちゃんの服もよく似合っていると思いま――」
ミカエルさんから私に視線を移した月光さんの動きが止まる。こちらを凝視してどうしたのだろう……私と同じ疑問を爺さんが尋ねる。
「ん? 月光。なんだ、急に黙って」
「いえ……大変よく似合っています」
「ありがとうございます」
ミカエルさんが奥から茶色のカツラを持ってくる。
「少し大きいかもしれませんが、こちらで髪型を変えましょう」
か、カツラ、この国で初めて見た。カツラがあるのなら毎回髪の毛を染めなくてもと思ったけど――
「お主、菓子をカツラにつけるでないぞ」
「そんなことはしませんが……これ、おいくらですか?」
「砂糖の小袋がたくさん買える値段だ」
「砂糖の小袋がたくさん……」
ニヤニヤしながら言う爺さんとカツラを交互に見ていると、ミカエルさんが苦笑いをする。
「ミリー様、大丈夫ですよ。これは古い物ですので気にせずお使いください」
「は、はい……」
ショートカットのカツラを被ってみる。少し大きいのでミカエルさんが調節してくれた。
「ありがとうございます。本当に男の子のようです」
この格好だったら、たとえ知り合いに会ったとしても私だと気づかれないだろう。
その上、カシアンさんは店先に立っていないとミカエルさんが情報を掴んでいる。
ミカエルさんは菓子店レシアにすでに二回も訪問しているそうだ。オープン前のプレパーティ、その後に視察で一度。
「二回もですか! 知らなかったです」
私も行きたかった……
「ミリー様に報告をしたら、自分も行くと言われそうでしたので……さすがに私と共に訪問してしまうと何かしら勘づく人がいると思います」
確かに、商業ギルドの見習いが特別待遇を受けているようにしか見えない。変に詮索されてしまうのは避けないとね。
「明日は気をつけます」
「お願いいたします」
最初に視察の予定を報告した時、ミカエルさんは少し不安な顔をしていた。
その後、いつもと違う変装をすることやルーカスさんとの設定を固めたことを伝えて、許可こそ貰ったけど……いまだ心配そうな表情だ。
大丈夫。明日、もしリサで働いている少年と同一人物だとバレたとしても、『商業ギルドの見習いが親とお菓子を食べに来た』ということで押し通す予定だ。親役はもちろんルーカスさん夫妻だ。
(明日が楽しみすぎて、どうしよう)
ルンルン気分で鼻歌交じりに家に帰った。
◆
次の日、ウキウキしながら商業ギルドで着替えた後、表でルーカスさんの迎えを待つ。
(早く来ないかなぁ)
そう思っていると目の前に馬車が停車し、中からルーカスさんが降りてくる。
「ジェームズ、おはよう」
「ルーカスさん、おはようございます」
元気いっぱいに挨拶をする。
「早速だが、レシアへ向かおう。予約の時間に遅れてしまう。さぁ、馬車に乗ってくれ」
馬車に乗り込むと、ルーカスさんの奥さんと子供たちが座席の左側に座っていたので挨拶をする。
「こんにちは」
「まぁ。とても可愛らしい男の子ね」
ルーカスさんの奥さんが微笑みながら言う。どうやら本気で私を男の子だと思っているみたいだ。
ルーカスさんが守秘義務を守ってくれているようで良かった。ルーカスさんには今日は息子のように接して欲しいとお願いしていた。ルーカスさんの妻にはルーカスさんが上手く説明したようで『今日はみんなで仲良く食事をしましょうね』と微笑まれた。
ルーカスさんの子供たちも興味深そうにこちらを見ているので、軽く微笑み挨拶をする。
「初めまして、商業ギルド見習いのジェームズです」
降りていたルーカスさんが馬車に乗り込み、私と一緒に右側の座席に腰を下ろす。
「出してくれ」
そう言いながらルーカスさんが軽く馬車の窓を叩くと、馬車がゆっくりと動き始めた。
ルーカスさんが三人を紹介する。
「ジェームズ。俺の妻のカーラと娘のジュリア、それから息子のグレンだ」
ルーカスさんの妻のカーラさんは子供が二人いるとは思えないほどの童顔で、ふんわりとした雰囲気の可愛らしい人だ。娘のジュリアは九歳でルーカスさんにそっくり。息子のグレンは七歳で私と同い年だ。グレンのほうはカーラさんにそっくりなふんわりとした面持ちだ。
子供たちも今日を楽しみにしていたようで、キラキラした目でお菓子の話をする。
「お父さん、お菓子楽しみだね!」
「ああ、ジュリア、ちゃんと行儀良くしろよ」
「僕、パウンドケーキ大好き!」
ルーカスさんは店のパウンドケーキを買って持って帰ったことがあるそうで、その後もパウンドケーキの話で盛り上がった。
リサでは菓子などを従業員が勝手に持ち帰るのは禁止しているが、購入するのなら問題ない。従業員は二割引で、月二回まで購入できるという決まりを設けている。この辺の決まり事についてはミカエルさんからの助言で決めている。
「お客さん。そろそろ着きますよ」
御者から声がかかる。
お喋りであっという間に感じたけど、気がつけば馬車に乗ってから一時間以上過ぎていた。
菓子店レシアは中央街の北の位置に店を構えている。貴族街にも近い立地だ。
馬車を降りると、すぐに菓子店レシアの看板が見えた。白い看板に黒い貴夫人のシルエットのロゴで高級感が漂う。建物は白く、開放的な窓は外から中の様子がよく見えるデザインだ。
店内で紅茶と菓子を楽しんでいる客には上品な男女が多い。貴族だろうか?
外から見ただけでも分かる。ここはお金がないと入れない場所だ。
「とても豪華ですね」
「ああ。予約を取りに訪問した時もやや緊張した」
シンプルだけど洗練された店だ。中央区の東にあったアズール商会も同じコンセプトなので、これはロイさんの趣味かもしれない。やるな、ロイさん。
リサにも貴族は来るけれど、どちらかというと持ち帰りの利用が多い。嬉しいことにいつも相当な量の持ち帰りを予約してくれる。
でもリサでは現状、そのほうが都合がいい。きっと貴族への接客は一味も二味も違うだろうから。偏見はいけないけど、貴族の第一印象がフィット男爵だったからなぁ。ザックさんたちのような貴族がレアなだけだろうな。
菓子店レシアの扉を開き、店内へ入るとすぐに甘いバニラの匂いが鼻をくすぐる。こちらの厨房は一部がオープンキッチンのようで、入り口からでも何かを調理している料理人が見える。
「ようこそ菓子店レシアへ。本日、ご予約はございますか?」
「ブラウンの名前で予約している」
「ブラウン様。五名様ですね。こちらへどうぞ」
店員に席へと案内される。途中オープンキッチンで焼いている物を盗み見たが、あれがミカエルさんに聞いていたアジュール巻きというお菓子なのだろうか?
……もしかしてワッフル?
中庭の見えるテーブル席に腰をかける。
(中庭にも席があるのか……)
中庭では何かのパーティが開かれているのか、着飾った女性たちと十二、三歳の子供たちがベージュ色のパラソルの下で優雅にお茶をしていた。
座った席から店の中を観察する。
(くぅぅ。金があるなぁ!)
店の中は白を基調としたデザイン。テーブルと椅子は猫足仕様で豪華だ。
貴族の客が多いかと思っていたけど、聞こえる会話からして裕福な平民のほうが多そうだ。
今日の服は私たちの中では着飾ったほうなのだが、周りを見ると平均的な格好に思える。
「こちらがメニューです」
メニューと共にグラスに入った無料の水が配膳される。
看板メニューは、やはりオープンキッチンで作っているアジュール巻きか。説明書きを見るとワーフルの果実クリーム盛りと説明があり、値段は銅貨三枚だった。ワーフル……これ、ワッフルのこと?
オプションで粉糖をかけるなら小銅貨五枚の追加料金らしい。
(悪い値段設定ではない――いやいや、十分高いよ!)
感覚がおかしくなってきたのか、良心的な値段に思える。だってリサのマカロンですら一個銅貨二枚なのだから。
周りの席を覗いても看板メニューのアジュール巻きを食べている人が多い。
「ここにか?」
「うん……」
「俺がここに置いたのかぁ? ガレル、覚えているか?」
「あ、ああ。そうかもしれないが、マヨネーズなら氷室にもう十分ある」
ガレルさんが話を合わせ、いつもの私の真似をしてこちらにこっそりと親指を向けてきたので、私も親指を返す。ガレルさん……相当マヨネーズに思うところがあったのだろう。
ジョーにアイスクリームのレシピを説明する。
「――面白そうだな」
「うん。魔法が必要なレシピと、魔法がなくてもできるレシピの二つ」
「魔法が必要なレシピか……面白いな」
どちらのアイスクリームのレシピも泡立て器が活躍するのだと説明する。
作る予定のアイスクリームは、一つは前世で一度は誰もが食べたであろう一般的なアイスクリーム。バニラがないのでミルクベースのアイスクリームになるけど。
それからもう一つはシャーベットだ。今回、シャーベットにはボーナの実と蜂蜜を使う。ボーナは以前マイクにもらった、この国特有の柑橘系の果物だ。
基本のアイスが上手くできれば、あとはそれぞれにフレーバーを加えていくだけで、たくさんの種類のアイスクリームやシャーベットが作れると思う。
「お父さん。早くマゼマゼしよう!」
「分かった分かった」
始めに、卵黄がとろりとするまでボウルの中で混ぜ、砂糖、ミルク、生クリームの順に混ぜ込んでいく。
「お父さん、砂糖の残りはあとどれくらいあるの?」
「結構使っているからな。残りはこれくらいだぞ」
ジョーが砂糖の入った容器の中を見せる。くぅ! 底が見え始めている!
砂糖が高価なのは本当にどうにかしたい。アイスに果物を使えば、使う砂糖の量は少し減らせるかなぁ。
次に、氷魔法で出した小さな氷を別に用意したボウルの中に入れ、塩をかける。氷魔法がなくても氷室に入れている氷を砕いて使えばいいけど、勿体ないので今日は魔法に頼る。
「本当に透明な、純度の高い氷だな……」
すでにジョーには何度か私の魔法を披露しているけれど、氷魔法を使う私を見てジョーは改めて感心しているようだ。
「ここに塩をかけて――」
「なんで塩をかけるんだ?」
ジョーが眉間に皺を寄せながら塩をまぶした氷を眺める。
「塩をかけると氷が溶けるのが早くなって凄く冷たくなるからかな」
「そうなのか?」
私も詳しい原理を知らないので説明できない。念のため触ってみたら、魔法で作った氷も普通の氷と同じようによく冷えている。
先ほど材料を合わせたボウルを氷が入ったボウルの上に乗せ、ジョーに泡立て器を渡す。
「お父さん、あとはよろしく」
「おう! 任せろ」
泡立て器で混ぜること五分、ジョーがこちらを「まだか?」という顔で見てくる。
見た感じ、まだ全然固まっていない……
「お父さん、私がボウルを押さえるから、一緒に頑張ろう!」
「よし、もう少し腰を入れるか!」
混ぜることさらに五分、親子二人でボウルの中身に集中する。
「おお! ミリー、だんだんと固まってきたぞ。しかし、腕が痛てぇな」
少し息を弾ませながらジョーが言う。でも、本番はここからなのだ!
「もうすぐだよ」
木べらで削るように混ぜ、さらに泡立て器で混ぜるとすぐにソフトクリーム状になり始めた。
(わぁ……アイスクリームだ!)
どんどん見覚えのあるアイスクリームへと変わっていくと、ジョーが手を止めた。
「どうだ、できたか?」
「うんうん! お父さん、早く皿に載せて食べよう!」
「待て待て、今よそってやるから、そう急かすな」
ジョーから受け取ったアイスクリームを一口食べると、優しいミルクの味が口いっぱいに広がる。あー至福、至福。もうアイスクリームボウルの中に顔を埋めたい。
ジョーもアイスクリームを一口食べ、真顔で言う。
「ミリー、これは生キャラメルと同じくらい美味いな」
「ふふ、キャラメルをこれにかけると天にも昇れるよ」
「なんだよ、それ。美味そうじゃねぇか」
出来立てのアイスクリームをジョーと二人で堪能する。
よし、この調子でシャーベットも完成させよう。
卵白などは使わずにボーナ、蜂蜜、水だけでできる簡単なシャーベットを作ることにする。
果肉をたっぷり搾ったボーナの汁に蜂蜜と水を加える。
「そっちも氷の上で混ぜんのか?」
ジョーが自分の腕を見ながら苦笑いをする。連続してマゼマゼしたのだ、疲れているよね。
「ううん。こっちは魔法でちゃちゃっと」
本来は冷凍庫に数時間入れるけど、氷室ではその役目を果たせない。氷魔法を使い、ボウルの中身を凍らせればシャーベットの完成だ。なんで今まで作らなかったのだろうと思うほど簡単にできる。
「おお、凄いな」
凍りついたボウルに触れながらジョーが感心する。
早速、シャーベットの味見をする。
シャリっと一口食べる。おお、酸っぱいけど爽やかな味だ。
「こっちはシャリシャリしてまた食感が違うな」
「美味しいよね」
「ああ、でも俺が混ぜたアイスクリームも、あんなに苦労しなくとも魔法ですぐできたんじゃねぇか?」
「そしたら、私のいない時にお父さんは作れないよ」
「まぁ、そうだが……すぐ溶けるようだし、猫亭では出せねぇな。ミリーがいない時は作る必要もないだろ?」
ジョー、考えが甘いよ。アイスクリームってのは偉大なんだよ。
休みの従業員も加え、残りのアイスクリームを猫亭のみんなにシェアする。特に女性陣の反応が良くマリッサとケイトの目が輝く。
「あら、美味しい」
「わぁぁ。凄い。何これ!」
やっぱりアイスクリームは偉大だね。ジョーの腕に向けてお祈りを始める。
案の定、ジョーはマリッサやケイトからアイスクリームを日々おねだりされることになる。ラジェも遠慮がちにジョーにお願いしていたのが可愛かった。
そのおかげか、マヨネーズは以前ほど頻繁に食卓に出ないようになった。とりあえず、ガレルさんは安心したようだ。
私も手伝ったりしたけど……ジョーはその後、アイスクリーム作りで腕がパンパンの日々が続いたので、こっそりとヒールをかけてあげた。
菓子店レシアの視察
今日はリサでのお手伝いの日だ。実は明日ついに、ルーカスさんと共に菓子店レシアへ視察に向かう予定だ。
昨日でスライムちゃんの期間限定販売が終了したので、また別の季節限定品を考案できればいいなと思っている。
アイスクリーム? まだ秋だからいけるだろうけど……店では販売不可だろう。
まず、氷室やショーケースでは残念ながらアイスクリームを十分に冷やせない。それにアイスクリームは他の食べ物から臭いが移りやすい。だから保存用に専用の冷凍庫がいるのだ。使う砂糖の量も多いからコストもかかるし、今後の課題だね。
猫亭のみんながアイスクリームにハマったおかげで、すでに底が見えていた砂糖がゴリゴリと減っていった。今は砂糖を使う量を減らし、フルーツを練り込んで甘さを補ったアイスクリームをジョーがせっせと作っている。
アイスケーキもいつか作りたい。夢は私より大きいやつ!
冷凍庫のようなものを作れれば、いろいろと役に立つと思うんだけどな。
お魚事情とか、お魚事情とか、お魚事情とか!
でも、冷凍庫の構造なんて知らない。なにせ冷蔵庫と違って氷点下まで冷やさなくてはいけないのだ。氷魔法で出せる氷だと、零度より冷たくはならないので、それだと温度が高すぎる。こちらには氷の魔石というファンタジーな物があるので可能性はゼロではないけど、今は忙しいのでとりあえず保留かな。
明日から十の月。毎年この時期に開催される中央街の祭りへの参加申請書は、一応提出したのだけど……今回の祭りはリンゴ飴で勝負する気満々だった。
(森に行けないのは痛手だなぁ)
現在、魔物が増えているせいで、森に小さなリンゴを取りに行けない。市販のリンゴは大きいからリンゴ飴には合わないし、とにかく高価だ。市場で小さなリンゴを探してみたが、見当たらなかった。
(まぁ……リンゴ飴がダメなら、フルーツ飴で行くか?)
そんなことを考えていたら、ルーカスさんに見て欲しいものがあると厨房横の休憩室へと呼ばれる。
「ミリー様、これなんですが……」
テーブルの上には、色付けされた白餡でピンク色の薔薇や、王都に咲く緑色とピンク色のグラデーションを持つ蓮に似た花を象った菓子があった。
これ、和菓子だ! 凄い! それに、懐かしい。
「綺麗……これ、作ったのですか?」
「はい。レイラが作った物ですが、出来が良かったので。本人は残りの餡で遊びがてらに作ったみたいですが……」
日本の職人のクオリティーには劣るが、薔薇は特によくできている。花びらを一枚ずつ作ったのかな? なんせ、レイラさんが白餡からここまで自力でたどり着いたことに感動だ。
「さすがレイラさん。素晴らしいです。次回の期間限定の商品にしてもいいと思います。店のシンボルの貝などもあれば嬉しいですね」
「本当ですか? レイラも喜ぶと思います」
一つ一つ作業の時間もかかるだろうから、数量限定ではあるだろうけど。餡を見ていたら、どら焼きが食べたくなってきた。どら焼きか……意外と簡単に作れそう。
屋台の出し物の一つはどら焼きにするかな……ジョーに相談しよう。
「ルーカスさん、明日のレシアの視察ですが、こちらを渡しておきますね」
ルーカスさんに小金貨一枚を渡す。明日の菓子店レシアでの支払い、ルーカスさんの家族に参加をお願いしたことでかかった準備金、それから休日出勤手当だ。
「これは……貰いすぎでは?」
「明日の支払い分も込みで渡しています。私、明日はたくさん食べる予定なので。ルーカスさんの子供たちの服も新調したのですよね?」
中央街の店を訪れるのに、庶民のつぎはぎの服では行けない。ルーカスさんと奥さんは男爵家で働いていた時に作った一張羅があると言っていたが、子供たちの服は新調したはずだ。
「いや、新調はしてないです。綺麗な古着を直してもらっただけで……」
「そうですか。でも馬車を手配されたのですよね? それの費用も含んでいると思って受け取ってください」
「……分かりました」
ルーカスさんが小金貨を大切にポケットへと仕舞う。
私、「明日はたくさん食べる気だから、お金が足りなかったらどうしよう」なんて呑気に考えていたけど……小金貨一枚はルーカスさんの一か月分の給与だ。少し配慮が足りなかったかな。
明日が楽しみすぎて失敗したとしゅんとしていると、ルーカスさんが笑顔で言う。
「子供たちも明日を凄く楽しみにしています!」
「う、うん! 私も楽しみです!」
今日のリサでの仕事を終え、迎えに来た馬車へと乗る。商業ギルドへ寄ってから家に帰る予定だ。
商業ギルドへ到着。そのまま執務室へと向かう。
「来たか。お主の服が仕上がっているぞ」
爺さんがニカッと笑いながら言う。今日は機嫌が良さそうだ。隣にいるミカエルさんも上機嫌のようだ。
実は爺さんの知り合いのテーラーに、顧客の子息用に作ったものの購入されなかった服を私のサイズに直してもらっていたのだ。
新しい服に袖を通す。驚くほどぴったりフィットだ。この国では子供服でもハイウエストが流行なのか、おへその上までズボンがくる。ジョーが以前新調した服の小さい版だ。
くるりと回り足を左右に伸ばす。うん、動きやすくていい。
「よく似合っておるな。なぁ、月光」
爺さんが頷きながら言うと、ミカエルさんの隣で魔力が高まるのが分かった。
「ヒィ……」
ミカエルさんがいきなり現れた月光さんに小さな悲鳴を上げた。本当、もっと自然に出てきて欲しい。
月光さんが肩を揺らしながら笑う。
「ミリー嬢ちゃんの服もよく似合っていると思いま――」
ミカエルさんから私に視線を移した月光さんの動きが止まる。こちらを凝視してどうしたのだろう……私と同じ疑問を爺さんが尋ねる。
「ん? 月光。なんだ、急に黙って」
「いえ……大変よく似合っています」
「ありがとうございます」
ミカエルさんが奥から茶色のカツラを持ってくる。
「少し大きいかもしれませんが、こちらで髪型を変えましょう」
か、カツラ、この国で初めて見た。カツラがあるのなら毎回髪の毛を染めなくてもと思ったけど――
「お主、菓子をカツラにつけるでないぞ」
「そんなことはしませんが……これ、おいくらですか?」
「砂糖の小袋がたくさん買える値段だ」
「砂糖の小袋がたくさん……」
ニヤニヤしながら言う爺さんとカツラを交互に見ていると、ミカエルさんが苦笑いをする。
「ミリー様、大丈夫ですよ。これは古い物ですので気にせずお使いください」
「は、はい……」
ショートカットのカツラを被ってみる。少し大きいのでミカエルさんが調節してくれた。
「ありがとうございます。本当に男の子のようです」
この格好だったら、たとえ知り合いに会ったとしても私だと気づかれないだろう。
その上、カシアンさんは店先に立っていないとミカエルさんが情報を掴んでいる。
ミカエルさんは菓子店レシアにすでに二回も訪問しているそうだ。オープン前のプレパーティ、その後に視察で一度。
「二回もですか! 知らなかったです」
私も行きたかった……
「ミリー様に報告をしたら、自分も行くと言われそうでしたので……さすがに私と共に訪問してしまうと何かしら勘づく人がいると思います」
確かに、商業ギルドの見習いが特別待遇を受けているようにしか見えない。変に詮索されてしまうのは避けないとね。
「明日は気をつけます」
「お願いいたします」
最初に視察の予定を報告した時、ミカエルさんは少し不安な顔をしていた。
その後、いつもと違う変装をすることやルーカスさんとの設定を固めたことを伝えて、許可こそ貰ったけど……いまだ心配そうな表情だ。
大丈夫。明日、もしリサで働いている少年と同一人物だとバレたとしても、『商業ギルドの見習いが親とお菓子を食べに来た』ということで押し通す予定だ。親役はもちろんルーカスさん夫妻だ。
(明日が楽しみすぎて、どうしよう)
ルンルン気分で鼻歌交じりに家に帰った。
◆
次の日、ウキウキしながら商業ギルドで着替えた後、表でルーカスさんの迎えを待つ。
(早く来ないかなぁ)
そう思っていると目の前に馬車が停車し、中からルーカスさんが降りてくる。
「ジェームズ、おはよう」
「ルーカスさん、おはようございます」
元気いっぱいに挨拶をする。
「早速だが、レシアへ向かおう。予約の時間に遅れてしまう。さぁ、馬車に乗ってくれ」
馬車に乗り込むと、ルーカスさんの奥さんと子供たちが座席の左側に座っていたので挨拶をする。
「こんにちは」
「まぁ。とても可愛らしい男の子ね」
ルーカスさんの奥さんが微笑みながら言う。どうやら本気で私を男の子だと思っているみたいだ。
ルーカスさんが守秘義務を守ってくれているようで良かった。ルーカスさんには今日は息子のように接して欲しいとお願いしていた。ルーカスさんの妻にはルーカスさんが上手く説明したようで『今日はみんなで仲良く食事をしましょうね』と微笑まれた。
ルーカスさんの子供たちも興味深そうにこちらを見ているので、軽く微笑み挨拶をする。
「初めまして、商業ギルド見習いのジェームズです」
降りていたルーカスさんが馬車に乗り込み、私と一緒に右側の座席に腰を下ろす。
「出してくれ」
そう言いながらルーカスさんが軽く馬車の窓を叩くと、馬車がゆっくりと動き始めた。
ルーカスさんが三人を紹介する。
「ジェームズ。俺の妻のカーラと娘のジュリア、それから息子のグレンだ」
ルーカスさんの妻のカーラさんは子供が二人いるとは思えないほどの童顔で、ふんわりとした雰囲気の可愛らしい人だ。娘のジュリアは九歳でルーカスさんにそっくり。息子のグレンは七歳で私と同い年だ。グレンのほうはカーラさんにそっくりなふんわりとした面持ちだ。
子供たちも今日を楽しみにしていたようで、キラキラした目でお菓子の話をする。
「お父さん、お菓子楽しみだね!」
「ああ、ジュリア、ちゃんと行儀良くしろよ」
「僕、パウンドケーキ大好き!」
ルーカスさんは店のパウンドケーキを買って持って帰ったことがあるそうで、その後もパウンドケーキの話で盛り上がった。
リサでは菓子などを従業員が勝手に持ち帰るのは禁止しているが、購入するのなら問題ない。従業員は二割引で、月二回まで購入できるという決まりを設けている。この辺の決まり事についてはミカエルさんからの助言で決めている。
「お客さん。そろそろ着きますよ」
御者から声がかかる。
お喋りであっという間に感じたけど、気がつけば馬車に乗ってから一時間以上過ぎていた。
菓子店レシアは中央街の北の位置に店を構えている。貴族街にも近い立地だ。
馬車を降りると、すぐに菓子店レシアの看板が見えた。白い看板に黒い貴夫人のシルエットのロゴで高級感が漂う。建物は白く、開放的な窓は外から中の様子がよく見えるデザインだ。
店内で紅茶と菓子を楽しんでいる客には上品な男女が多い。貴族だろうか?
外から見ただけでも分かる。ここはお金がないと入れない場所だ。
「とても豪華ですね」
「ああ。予約を取りに訪問した時もやや緊張した」
シンプルだけど洗練された店だ。中央区の東にあったアズール商会も同じコンセプトなので、これはロイさんの趣味かもしれない。やるな、ロイさん。
リサにも貴族は来るけれど、どちらかというと持ち帰りの利用が多い。嬉しいことにいつも相当な量の持ち帰りを予約してくれる。
でもリサでは現状、そのほうが都合がいい。きっと貴族への接客は一味も二味も違うだろうから。偏見はいけないけど、貴族の第一印象がフィット男爵だったからなぁ。ザックさんたちのような貴族がレアなだけだろうな。
菓子店レシアの扉を開き、店内へ入るとすぐに甘いバニラの匂いが鼻をくすぐる。こちらの厨房は一部がオープンキッチンのようで、入り口からでも何かを調理している料理人が見える。
「ようこそ菓子店レシアへ。本日、ご予約はございますか?」
「ブラウンの名前で予約している」
「ブラウン様。五名様ですね。こちらへどうぞ」
店員に席へと案内される。途中オープンキッチンで焼いている物を盗み見たが、あれがミカエルさんに聞いていたアジュール巻きというお菓子なのだろうか?
……もしかしてワッフル?
中庭の見えるテーブル席に腰をかける。
(中庭にも席があるのか……)
中庭では何かのパーティが開かれているのか、着飾った女性たちと十二、三歳の子供たちがベージュ色のパラソルの下で優雅にお茶をしていた。
座った席から店の中を観察する。
(くぅぅ。金があるなぁ!)
店の中は白を基調としたデザイン。テーブルと椅子は猫足仕様で豪華だ。
貴族の客が多いかと思っていたけど、聞こえる会話からして裕福な平民のほうが多そうだ。
今日の服は私たちの中では着飾ったほうなのだが、周りを見ると平均的な格好に思える。
「こちらがメニューです」
メニューと共にグラスに入った無料の水が配膳される。
看板メニューは、やはりオープンキッチンで作っているアジュール巻きか。説明書きを見るとワーフルの果実クリーム盛りと説明があり、値段は銅貨三枚だった。ワーフル……これ、ワッフルのこと?
オプションで粉糖をかけるなら小銅貨五枚の追加料金らしい。
(悪い値段設定ではない――いやいや、十分高いよ!)
感覚がおかしくなってきたのか、良心的な値段に思える。だってリサのマカロンですら一個銅貨二枚なのだから。
周りの席を覗いても看板メニューのアジュール巻きを食べている人が多い。
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