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四話「諦め」*
しおりを挟むヴォルフリック視点
◇◇◇◇◇
「兄上……! ヴォルフリック兄上!」
神に愛されたプラチナブロンドの髪、魔力が高い者の象徴の濃い青の瞳。
「ヴォルフリック兄上!」
肩まで伸びたさらさらの髪、女のような華奢(きゃしゃ)な体。
人を疑ったことのない無垢(むく)な瞳。
王に、兄弟に、城の者に愛されているのが一目で分かる。
そいつは私の前にひざまずくと、私の目を直視した。
「誰だ」
尋ねてはみたが私を兄と呼ぶ者は一人しかいない。
そいつは私の言葉にひどく傷ついた顔をした。
誰からも愛されているなどとは思わぬ事だな。
「エアネストです、兄上の弟のエアネストです!」
「知らん」
短く言い切れば、藍色の目が大きく見開かれた。
「出ていけ」
甘やかされて育ったこいつの顔を見ていると、無性に腹が立った。
くだらない嫉妬心がまだ私の中にあったのだな。
「嫌です! 出ていきません!」
白く柔らかな手が、私の手に触れた。
「触るな!」
とっさに手を払ったが、誰かに触れられたのはこの髪の色になってから初めてだった。
泣きそうな瞳で見上げてくるときの、仔犬のような顔は昔のままだな。
大勢の足音と話し声がかすかに耳に届く。それは少しずつ近づいてくる。
目の前にいるこいつが牢を尋ねて来た事と、外の騒ぎは何らかの関係があるのだろう。
もっとも私にはどうでもいい事だが。
「兄上逃げてください! もうすぐここに農民たちが押し寄せてきます! 彼らは兄上を袋叩きにする気です!」
民衆が徒党を組み私を殺しに来たか。
私に飯を投げつけた牢番は農民の出身だった。
日照りが続き雨が降らないのは、私のせいだと誰かに話したのだろう。
漆黒の者が呪われているだの、そのせいで雨が降らないだの、そんなものは迷信だ、だが……。
「かまわん」
「えっ……?」
「どうでもよい」
民衆が徒党を組もうが、闇の力を持つ私が本気を出せば敵ではない。
それでも防御をしなければ奴らの剣でも私を殺せるだろう。
濃紺の瞳が愕然(がくぜん)と私を見つめる。瞳の端には涙が浮かんでいた。
私のために涙を流す者がまだいたのだな。
「ここだ! 地下室があるぞ!」
「闇の色の髪を持つ忌み子!」
「雨が降らないのはやつの呪いだ!」
民衆の声が地下牢に届く。もうすぐそこまで来ているようだ。
闇の色の髪を持つ忌み子か、面白い事を言うな。
牢に入れられ、家畜のように飯を食らうだけの存在として生きてきたが、それも今日で終わる。
どうでもよいのだ。生きる事も、私の出自も、髪の色も、何もかも。
しょせん私は死なねばここから出れぬ存在。
「それでもボクは兄上を助けたいです……!」
汚れのないひたむきな視線に射抜かれた。
奴の腕が私の首にまわり、唇をふさがれるのを拒めなかった。
まるで金縛りにあったかのように見動きが取れず、口づけを受け入れざるを得なかった。
暖かな光が唇から私の中に入り、全身を包み込むような感覚におそわれる。
まるで母親の胎内にいるような、温かく穏やかで優しい光だった。
やがて私の体から離れていく奴の髪は金の輝きを失っていた。
◇◇◇◇◇
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