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120話「⑬」

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「ノヴァさんしっかりしてください!」

倒れたノヴァさんの体をゆさゆさと揺する。

「言葉だけでカルムを爆発させるなんてすごいね、シエルくんは」

後ろからポンと肩を叩かれ、振り返ると氷のように冷たい笑みを浮かべたヴェルテュ様がいた。

「ぃにゃぁぁぁああっっ!!」

音もなく背後から近づいてこないでくれ! 心臓に悪い! 

「叫ぶなんて酷いな、お化けじゃないから驚かないで」

お化けより怖かったです……とは口が裂けても言えない。

「ヴェルテュ様、どうしてこちらに?」

ヴェルテュ様はボワアンピール帝国にいると思ってた。

「援護射撃に来たんだよ、君たちの事だから水の神子の捕獲に失敗したんじゃないかと思ってね」

ヴェルテュ様がにこやかに微笑む。

「うっ、それは……」

王太子のエルガーが神子は金目の物を持って逃げたと言ってたな。

「安心して、水の神子はこっちで捕らえてあるから」

「すみません」

悪竜オードラッへとの戦いで精一杯で水の神子の捕縛にまで手が回らなかったのは確かだ。

「王太子も捕らえておいたから」

廊下に転がってる王太子を見るとロープでぐるぐる巻きにされていた。いつの間に……? ヴェルテュ様は仕事が早いな。

「ありがとうございます」

「これからバルコニーに言って王太子を処刑するけど、君も立ち会う? それともボワアンピール帝国に転移の呪文で送るから、布団の中でブルブル震えながら結果を待ってる?」

ここで逃げ帰ったらヴェルテュ様はノヴァさんの結婚相手として俺を認めてくれない気がする。

「立ち会います」

「バルコニーは国王が亡くなった場所だよ? 一人で行けるの?」

一人でか……ノヴァさんは一緒じゃないのか、でもこの人からは逃げたくない。

「俺一人でも行けます」

「そう、頑張るね」

この人は俺にできないと言わせたいのだろうか?

ヴェルテュ様の顔が近づいてきて、まっすぐに見られた。

整った顔立ちの人だけど、この人に近寄られたり、まっすぐに見られると……怖い。心臓が嫌な意味でドキドキしてきた、恐怖以外の感情が湧いて来ない……助けてノヴァさん!

「ザフィーアくんの魂は君の中にいないみたいだね」

「ザフィーアは俺の中にはもういません」

威嚇されるみたいにジロリと睨まれたけど、この人からは目を逸したくない。

「アインス公爵の前でザフィーア・アインスの振りが出来る? あなたの息子の魂を追い出して赤の他人の自分がこの体を乗っ取りましたって罪悪感に耐えながら、表面上はザフィーアの振りをして、何食わぬ顔して笑える?」

「アインス公爵には本当の事を話します」

「それはだめだよ、アインス公爵にはボワアンピール帝国の味方についてほしいからね。君は真実を誰にも話さずにザフィーア・アインスの振りをして笑顔の仮面を被って生きていくしかないんだよ、君にそれができるかな?」

この人は人に出来ないって言わせるのが上手だ、巧妙に相手の弱点をついてくる。

「それは……」

でも、負けるな俺! 恐怖で足がガクガクいってるけど、逃げるな俺!

「シエルをいじめるのは止めて下さい、兄上」

背後からノヴァさんの声がした、ノヴァさんは震えている俺を背後から抱きしめてくれた。

「ノヴァさん! 起きたんですか?」

ノヴァさんに抱きしめられた途端に心臓の鼓動が落ち着いた。ヴェルテュ様と対峙しても、そんなに恐怖を感じない。

「シエルの助けを求める声が聞こえた」

ノヴァさん、俺が心の中で発したSOS信号に気づいてくれたんですね!

「いじめるなんて人聞きが悪いな、僕はただシエルくんをテストしていただけだよ」

「ヴェルテュ皇太子、もうそのへんで結構です」

「アインス公爵!」

いつ来たの知らないが、ヴェルテュ様の後ろにアインス公爵が立っていた。

やばい! ヴェルテュ様との会話聞かれてた?! ザフィーアがいなくなったことをアインス公爵に知られてしまった!

「ザフィーア、いやシエルくん、公爵家で再会したときから分かっていた、肉体はザフィーアだが中に別の人間が入っていると」

アインス公爵は寂しげな目をしていた。

「ごめんなさいアインス公爵、ザフィーアはもう俺の中には……でもザフィーアの魂は消えたわけじゃないんです、新しい命に宿ったというか……」

俺は自身の腹を撫でた。

「大丈夫分かっている、その続きはカルム殿下に一番にきかせて上げなさい」

アインス公爵は許してくれたのかな? それにしもアインス公爵はすごく察しがいいな、俺のちょっとした動作で、俺の中に新しい命が宿ってることに気づくなんて。

「シエル、新しい命とは?」

ノヴァさんが不思議そうな顔で尋ねてきた。

「ノヴァさんあのね……」

「はいストーーップ、続きはレーゲンケーニクライヒ国の王族を滅して、アインス公爵を当主とした新しい国を興し、この地をボワアンピール帝国の傘下に加えてからにしようか」

ノヴァさんにもうちょっとで伝えられそうだったのに、ヴェルテュ様に止められてしまった。

ヴェルテュ様がめっちゃ黒い笑みを浮かべてる、これは指示通りに動かないとあとが怖いやつだ。

ノヴァさんに「赤ちゃんができたんです、ノヴァさんの子だよ」って伝えたかったのに。ノヴァさんにその報告をするのはもう少し先になりそうだ。



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俺とノヴァさんに、ヴェルテュ様とアインス公爵を加えた四人でバルコニーに向かって移動していた。

「言い忘れていたけど、今回の悪竜オードラッへとの戦いは千里眼スゴンド・ヴューを通じてレーゲンケーニクライヒ国の民すべてが知っている」

「えっ?」

千里眼スゴンド・ヴューとはヴェルテュ様の持っている水晶玉のことらしい。

世界のあちこちで起こったことを知ることが出来るし、水晶玉に映った映像を別の場所に流すことも出来るんだとか。

異世界のテレビ中継みたいなものかな?

「水竜メルクーアの正体も、国王が民を生贄に捧げろと叫んでいたことも、同時刻にアインス公爵と私兵が民を救おうと動いていたことも、シエルくんとカルムが悪竜オードラッへの攻撃から国民を守っていたことも、この国の民はみんな知っているんだよ」

「まさか……庭で俺とノヴァさんと抱き合っていたのも」

千里眼スゴンド・ヴューを通して国中に流れてるよ」

恥ずかしい、あのときは悪竜オードラッへがいなくなったことに興奮して、どうかしてた!

「えっ……じゃあ、城の中でのことも……?」

ノヴァさんが俺の使用済みパンツを集めていることも、国中に知られてしまったのか?

「城の中での出来事は流れてないよ、ザフィーア・アインスがエルガー・レーゲンケーニクライヒと同じ空間にいたことを、国民は知る必要はない」

「そうですか」

ヴェルテュ様からすごく真面目な答えが返ってきた、パンツ集めがどうのと考えていた自分が恥ずかしい。

確かにザフィーアがエルガーを慕ってたことを国民は知らない方がいいな、俺とノヴァさんの子を、エルガーとの子じゃないかとか誤解されたら嫌だし。

「シエルくんとカルムがキスしていたところも、千里眼スゴンド・ヴューには映ってもうしないないから安心して」

安心してと言いながらヴェルテュ様の目は笑っていなかった。

ノヴァさんといちゃいちゃしてたこと怒ってるんだろうな……。

というかヴェルテュ様はどこから見てたんだろう??

「着いたよ、この扉の向こうがバルコニーだ。シエルくんのことはこれからザフィーア・アインスと呼ぶよ、ザフィーアくんもカルムのことをノヴァと呼ばないように気を付けて、カルムもザフィーアくんのことをシエルと呼ばないようにね」

「分かりました」

「承知した」

ここからはアインス公爵家の嫡男、ザフィーア・アインスとして振る舞わないといけないんだ、緊張する。

「大丈夫だ、シ……ザフィーア、私が側にいる」

ノヴァさんが俺の腰に手を回した、それだけで俺の心は落ち着きを取り戻した。

「うん、じゃなくなくてはい、ノ……カルム様」

「不安しかないな、カルムとザフィーアくん必要がなければ口を開かない方がいいね、二人は中良さげにひっついてニコニコと笑っているだけでいいよ、あとは僕とアインス公爵でなんとかするから」

「はい」

「すまない」

戦力外通告されてしまった。ヴェルテュ様は頭の切り替えが早い、国民の前で話すのにも慣れてそうだ、ここはヴェルテュ様とアインス公爵にお任せしたほうがいいだろう。


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